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43話 侍従と侍女の解雇

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 「働き方・・・改革、って何ですか?」
 女王陛下は破天荒で有名だけど、やっぱり理解できないことを平気で口にする。と、フランは思いながら尋ねた。
「えっとね、まず、どこから説明したらいいかしら・・・ね?キリウス」
 レーナがキリウスに話しを振ると、キリウスは少し考え、二人に向かって
「まず、レオナードの侍従を解任する。それと、フランの侍女も解任だ」
 そう言われた二人が、稲妻が落ちたような驚愕の表情で、言葉もなく硬くなった。
「今まで大変な労力を私たちのために使ってもらって、心からありがたいと思っているわ」
 言い添えたレーナにフランが、信じられないモノを見るような目をして
「どういうことですか、陛下。私はまだ、構いません。侍女になって、日も浅いし、いたらない点も多いし、私が解任されるのは分かります。でも、レオナードは、彼はずっと、国王陛下に仕えてきたじゃないですか。ずっと、大変な思いをして、陛下を支えてきたじゃないですか。彼はいつだって陛下のために」
「フラン、やめてください。陛下に向かってそのような口をきく事は許されません」
 レオナードの静止にフランは大きな瞳に涙を潤ませて
「だって・・・レオナードのことを・・・陛下が何もわかってないから」
「フラン!」
 レオナードにきつい口調で名前を呼ばれたフランは俯いて肩を震わせた。
「あっ。ごめんなさい。レオナード、フラン。そうじゃないのよ。ちゃんと話を聞いて。二人にはとってもよく尽くしてもらったわ。感謝してるのよ。でも、二人が私たちのために犠牲になるのはよくないわ。もうやめましょうって、だから、侍従と侍女という仕事をなくすってことなの」
 レオナードが隣で泣くのを我慢しているフランを気にかけつつ、レーナに尋ねた。
「侍従と侍女を無くすとはどういうことでしょうか」
「侍従ではなくて、これからレオナードには私たち、国王と女王の『秘書』をしてもらおうって思っているの」
「ひ・・・しょ?」
 聞き慣れない言葉に首をわずかに傾げたレオナードに、キリウスが、
「俺もレーナに説明されたばかりだが、いいと思うぞ。レオナードはこれから俺たちの秘書になって、サポート、とやらをしてくれ」
「つまりね、今までやってきたことと変わらないんだけど、やらなくていいのは、身の周りの世話なのよ。朝は起こさなくていいし、食事の介添えもいらないし、夜の見回りもいらない、私たちの就寝まで待っていなくてもいい。身の周りのことはこれから召使いにやってもらうわ。レオナードは国務のことだけに専念して欲しいの」
「・・・あの、つまり、レオナードはいらない・・・っていうわけじゃないんですか?」
 おずおずと顔を上げてフランが不安そうに尋ねると、レーナは破顔して
「もちろんよ。むしろ、もっと役立ってほしいと思ってるわ。それにね、フランとも家庭で一緒にいられるように、レオナードの仕事は9時から6時の中1時間休憩の8時間労働よ。朝はゆっくりと朝ごはんを食べて出勤して、仕事して、夕方は帰宅して、フランと夕食を食べる・・・そんな生活をしてほしいの」
 フランはレーナの言っていることが、まるで夢物語のように聞こえた。
 レオナードはどう答えるだろうか、とフランは心配になった。侍従としての仕事に誇りを持っている彼が『秘書』という仕事に移行できるのだろうか。
「私の仕事は・・・つまり、両陛下の国務に関することの手助けということでしょうか。それ以外は不要だということでしょうか」
 レオナードの言葉からは感情が読み取れなくて、フランは困惑した。
「原則としてはそうだけど・・・でも、一つだけ、例外があるの。午後のお茶を、たまにはいれて欲しいの。だって、レオナード以上に美味しいお茶をいれられる人っていないんですもの」
 ニッコリと笑ったレーナにレオナードが穏やかな微笑みを浮かべて
「仕方ありませんね。では、職務外のことですが、午後のお茶をいれて差し上げることだけは承るとします」
 えっ、とフランは目を丸くした。
 つまり、レオナードは『秘書』を受けた・・・ってことになる?
「いいの?レオナード」
 囁くような声で尋ねたフランに、レオナードが澄ました顔で
「私は構いません。それで貴女といっしょにいられるなら。侍従でなくても」
 フランの見開かれた目が涙で潤むのを見たレーナが苦笑して「フラン、泣くのはまだ早いわ。話は終わってないのよ」
 はい、と慌てて、服の袖で涙を拭こうとしたフランにレオナードが彼のハンカチを差し出した。
 それを微笑ましく見てレーナが言葉を続けた。
「あなたたちが結婚したら、お城にはいられないでしょう。残念ながら城には夫婦者が住むような設備の部屋はないし。だから、城の近くにあなたたちの家を購入したの」
 家を購入した、と軽く言われてレオナードとフランが唖然となった。
「あ。ちゃんと、財務担当大臣のニーサルには許可をもらったわ。彼、曰く『我がローマリウス国の国王陛下の命を救ったフランには、褒美に領地を与えても過分ではない。たかが民家1件なら安いくらいだ』って言ってたわ。結婚式が済んだら、引っ越しの大仕事があるわ。のんびりしていられないわよ」
「俺とレーナも手伝うから安心しろ」
 キリウスが普通にそう言って、笑った。
 こんなのは夢だ、とフランは思った。自分はまだカチラノスの宿の固いベッドの上で寝ていて、都合のいい夢を見ているだけだ、と。
「それから、最後にもう一つ。フランにはこれからパートのお仕事をしてもらうわ」
「は?パ・・・ト?」
 聞いたこともない言葉にフランが戸惑い、怪訝そうな顔でレーナを見た。
「1日のうちの5時間程度の仕事で、今はアリーシャの世話をして、成長していけばアリーシャの教育係として色んな勉強を教えてほしいの。貴女は貴族の家庭に育ったから、学問も学んでいるわよね?」
「は・・・もちろん、それは・・・え?私が、教育係?アリーシャ様の?」
 やっぱりコレは都合のいい夢だ。
 侍女をやめても、ずっと王家に関わっていけるなんて、しかもアリーシャ様の将来に関わるような、大切な仕事をさせてもらえるなんて・・・
「もちろん、もしあなたたちに赤ちゃんができたら、産休・・・えっと、出産のためのお休みをとっても構わないわ。城にも他の子育て中の召使いのために『託児所』を作ろうと思ってるの。女性も仕事を辞めないで、子育てもできる。働き方改革の要よ」
 レーナの言葉はフランには斬新すぎて、理解するのに時間がかかった。
「えっと・・・私は・・・アリーシャ様の世話役として城で仕事をすれば、いいんですか?結婚をしても、出産しても、仕事は辞めなくていい?」
 そんな、都合のいい話、あるはずが・・・
 レーナが大きく頷くのを見たフランの目から涙が零れ落ちた。
「フラン、これから結婚式だというのに、今からそんなに泣いてどうする」
 キリウスの呆れた声に、レオナードが苦笑して、フランの肩を抱きよせた。
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