異之国奇譚3~平凡OL女王のいと愛し~

月乃 影

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サラの懸念

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 私は布団に潜りこんで頭をフル回転させた。
 妊娠したというのは間違いない。心当たりは死ぬほどあるし、医者もそう言ってるし、なにより、私の体に症状が出ている。
 この気分の悪さは悪阻・・・そう、つわりってやつだ。
 たしか、妊娠初期・・・4、5週間目に始まるのが一般的。ってことは私は妊娠5週目くらいだろう。
 そして、これからが問題。安定期にはいるのは妊娠5ヶ月くらいってことだから、それまでは無理はできない。
 朝食をとったら吐き気が治まったってことは、私のつわりは「食べつわり」ってことだな。
 妊娠した会社の同僚や結婚した友だちに聞かされて、妊娠の知識は無駄に高い私だ。妖物を退治したり、敵を粉砕したりはできない、微妙なスキルなのだけど。
 この異世界では、それほど妊娠に対する高い知識があるとは思えない。
 そうだ、厚生の分野で妊婦さんを対象にした「マタニティ教室」でも作ったらどうだろう。うん、いいかも。
 すぐに厚生担当大臣のアランフェットと話をして。
 と、なんとなく前向きになってきた私は、のそのそとベッドから起き出して、着替えをするべく召使いを呼んだ。そして、ドレスもマタニティ用にしなくちゃいけないことに気がついた。
 これから、お腹も出るんだよね。
 ・・・・・・キリウスは、妊娠を喜んでくれるのだろうか。
 大丈夫、きっと喜んでくれる。お世継ぎだもん。欲しいって思ってくれてるはず。
 そういえば、全然、キリウスとは子供のことについて話したことがなかった、と、私は今さらながら気づく。
 彼が子供を「欲しい」とか聞いたことがなかった。
 やばい、不安になってきた。
 吐き気もしてきた。
 私は着替えを手伝ってくれている少女召使いに
「料理長に、カロリーの少ない・・・いえ、甘くない食べ物を作ってくれるようにお願いしてきて」
 少女召使はキョトンとした後、「はい、ただいま」と退室した。
 食べつわりのやっかいなところは、食べると吐き気がおさまるけど、太りすぎになっちゃうことだ。妊娠糖尿病とかなったらアウトだし、異世界での出産はけっこう大変かも。
 

 侍従のレオナードが調理長の作ってくれた寒天ゼリーみたいなのとお茶を持ってきてくれた。
 レオナードは遠慮がちに私の顔色を見て尋ねた。
「レーナ様、ご気分はいかがですか」
「ええ、大丈夫・・・これは病気ではないから」
 私の言葉の意味はやはり未婚のアラサーの男性には通じないみたいで、レオナードは少し首を傾げた。
「それよりも、レオナードはキリウスに付いていかなくてよかったの?」
 レオナードはキリウスの侍従だけども、最近は何かと私の身の周りのこともやってくれてる。私に侍女がいないせいで彼にはとっても苦労をかけていると思う。
「キリウス様に、留守中、レーナ様のお世話をするように言い付かっておりますので」
 そうなのか。キリウスはよほどレオナードのことを信頼しているんだ。私だったら、キリウスの世話は他の女には任せられない。なんか、やっぱり嫉妬しちゃうような気がする。
 そうだ、レオナードは私の身の周りのことをしてくれるわけだし、言っておいたほうがいいかも。私が妊娠してるって・・・
 そう思い、お茶のおかわりを白い陶磁器のカップに優雅な手つきで注いでいるレオナードに言った。
「私、赤ちゃんできたの」
 ガチャガチャガチャーン
 派手な破壊音をたててティーセットが粉砕された。
「あっ・・・赤ちゃん・・・あ、申し訳ありません、今、かたづけを・・・いや、あの、赤ちゃんができたって・・・私は何もして・・・あっ、キリウス様の、ですよね」
 すごい、珍しい。こんなに狼狽うろたえてるレオナードは初めて見た。
「ああ、レオナード、落ち着いて・・・あっ、ダメ、割れたカップにさわっちゃ」
 レオナードの繊細な人差し指に一筋の血が流れた。沈着冷静な侍従がここまで取り乱すとは、私はよほど衝撃的なことを言ったのだろうか。
 私がハンカチでレオナードの指を押さえると、彼は萎縮したような、戸惑うような顔になって
「申し訳ありません・・・大丈夫です。もう落ち着きました」
「ごめんなさい・・・驚かせてしまって」
 そう謝罪する私にレオナードはいつもの知的で穏やかな微笑みを見せて
「いえ。・・・それよりも、ご懐妊、おめでとうございます」
「これから、安定期に入るまで、レオナードにはもっとお世話になると思うけど・・・いいかしら?」
 私がおずおずと尋ねると彼は温かさのこもった口調で
「もちろんでございます。レーナ様のお世話は私にお任せ下さい」
 お任せ下さい・・・と言われたけど、男に任せてもいいものか、私はちょっと、考えてしまった。すると、彼は私の考えを読んだように
「レーナ様、男の私では至らない面もあると思いますので、差し支えなければ法務担当大臣のサラ・アミゼーラ様にもお話なさったらいかがでしょうか」
 あ、サラさん。私の元優秀な侍女だ。彼女ならば、色々と相談にのってくれるだろう。私はレオナードの提案をありがたく受け入れることにした。
 頷いた私を見て、微笑んだレオナードが、ふと思い出したように
「そういえば・・・サラ様は、キリウス様のヨークトリア国への訪問を案じておられました」
 え?
「それは、どうして?」
「申し訳ありません。そこまでは伺っていませんでした。よろしかったらサラ様をお呼びいたしましょうか?」

 サラさんを呼びにレオナードが部屋を出ていくと、私は食べかけの寒天ゼリーを口に入れて、考え込んだ。
 サラさんが「案じる」ときには何か理由があるときだ。
 どうしてキリウスがヨークトリア国に行くのを案ずる必要があるのだろう。
 キリウス、ちゃんと帰ってくるよね?
 なぜだか私は無性に彼のことが心配になった。
 
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