異之国奇譚3~平凡OL女王のいと愛し~

月乃 影

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添い寝

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 『貴女との結婚は過ちだった。私は真に愛する女性と巡り逢ってしまった。どうか、身勝手な私を許してほしい。貴女の幸せを祈っている』
 
 まるで、メールの文章のように心のこもらない別れの手紙だった。
 
 キリウスの心がまるで見えない。

 こんな、テキストをコピペしたような手紙。

 私の手から落ちた手紙を拾い上げ、サラさんが目を通した。
「・・・こんな、馬鹿なことが!」
 サラさんの声が驚愕と怒りで震えていた。
 手紙を読んだ大臣たちも、レオナードも一様の反応を示した。誰もが「信じられない」と。
「レーナ様、これは、何かの間違いです。キリウス様のお言葉とは思えません」
 レオナードの言葉に皆が賛同している。
「このような手紙ひとつで、女王陛下、いや、ローマリウス国が納得できると思うのか。早急にヨークトリア国に使者を出せ。国王の真意をただすのだ」
 この声は財務担当大臣のニーサルだ。
「ヨークトリア国の出方しだいでは、こちらも考えなければなりませんね。まずは国王陛下の安否の確認を急がねば」
 この声は防衛担当大臣のリトルフ・ガンドールだ。
「申し訳ありません。私がついていながらこの失態」
 この声は外務担当大臣のマルコス・ベネジクトだ。
 皆が騒いでる・・・ 
 
 でも・・・キリウスが帰って来ないのは、現実だ。
 手紙の筆跡もキリウスの癖のある文字だ。
 王女の部屋にいる・・・
 それもきっと現実なんだろう。
 キリウスは・・・私より・・・
 私は

 レーナ様、と誰かが私の名前を繰り返し繰り返し呼んでいる・・・

 聞こえない
 誰の声も聞きたくない
 私は
 キリウスの声を聞きたい
 私を愛してる、っていうキリウスの声を
 聞きたい
 キリウスの声が
 
 あいしてる

 って・・・




 レイブラント医師は細い女王の手首の脈をとり終わると、そっとシーツをかけた。
 何時間も嗚咽していた女王がやっと泣きつかれて眠ったところだった。
「レーナ様の具合はいかがでしょう」
 声を潜めて侍従が医師に尋ねた。
「精神的に不安定になっております。あまり御子にはよろしくない」
 医師はレオナードも女王の妊娠を知っていると聞かされていたので、そう答えた。
「このまま不安定な状態が続くと・・・レーナ様にとっても御子にとっても、危険になるやもしれません」
 医師の言葉にレオナードは沈痛な面持ちでベッドで苦し気な寝息をたてている女王を見た。
「レイブラント先生もお疲れでしょう。ここは私が看ておりますので、休まれてください」
 初老の医師が「そうさせてもらおうか」と腰を伸ばして、疲れた顔で退室すると、レオナードは薄暗くなった部屋に燭台の灯りを灯した。
 「レーナ様・・・私は、もしキリウス様が貴女を泣かせるようなことがあったら、全心全霊でお慰めすると自分に誓った・・・」
 なのに、現実になってみると、慰める言葉も態度もとれない。自分ごときが慰めになるとは不遜もいいところだった。
 レオナードは自分の無力さに深い溜息をついた。
 「レオナード・・・?」
 寝ているはずの女王に名前を呼ばれて、レオナードはっとしてベッドを見た。
「レーナ様・・・起きて・・・」
 言いかけて、レオナードは言葉を失った。女王の目は虚ろで何も映していないように見えたのだ。
「私はここにいます。レーナ様」
 レオナードは蝋燭の燭台を持ち、ベッドの側に立った。
 彼の声が聞こえたのか、女王は消えてしまいそうな声で
「レオナードは、いなくならない?私の側から・・・」
「もちろんでございます。私はいつも貴女様の側にいます」
 レオナードの真実の言葉だった。王女の目から涙がこぼれ落ちた。
 「お願い・・・レオナード・・・私を抱いて」
 レオナードに向かって腕が差し出されていた。
 彼が愛してやまない女性、ローマリウス国の女王、レーナのなまめかしい白い腕が。
 それを拒むなど、どれほどの自制心が必要か。
「レーナ様・・・今は、気が動転していらっしゃいます。侍従にそのようなことをおっしゃってはいけません」
 今すぐにでも愛する女王を抱きしめたい想いに歯止めをかけ、穏やかに侍従は窘めた。
 女王の琥珀色の瞳から溢れる涙を唇で吸い取ってあげたかった。けれど、それをしてしまったら、もう自分を抑えきれなくなると、彼は目を逸らした。
 レーナ様は気を病んでおられるのだ。でなければ、侍従の私に温もりなど求めたりしない。
「おやすみください。レーナ様・・・今はきちんと休まれることが必要です」
 レオナードは手にしていた燭台をテーブルに置き、レーナのシーツをかけ直した。その手にレーナの体の震えが伝わってしまった。
 だめだ・・・放っておくことなどできない・・・
「レーナ様がおやすみになられるまで私が傍にいますから」
 上着だけ脱いでレオナードは女王の床に体を滑り込ませた。薄い夜着に包まれた白い体が小刻みに震えているのを肌で感じた。
 侍従の仕事を逸脱しているという自覚はあるが、疚しい気持ちなどではない。
 ただ、自分の体温で温めてあげたかった。寒さに震える子猫を手で包み込むように。

 キリウス様。

 レオナードは心の中で主君の名を呼んだ。

 キリウス様はいったいどうなされたのだ。誰よりも愛されていたはずのレーナ様にこのような仕打ちをなさるとは。



 夜中、何度もレーナがレオナードの存在を確かめるように目を覚ます。
「大丈夫、ここにいます」彼の言葉でまた眠りにつく。
 ようやくレーナが深い眠りに落ちたのは空が白々と明るくなってきたときだった。
 もう、起きなければ。と、レオナードは思いながらも、こんな風に愛する女王の添い寝をする機会なんて2度と訪れない、と、床を出る決心がつかなかった。
 レーナの規則正しい寝息を聞き、温かい体の温もりを感じながら、彼もいつしか眠りに落ちていった。
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