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黒い獣
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リュシエールの前まで来ると、うっとりと魔法使いの美少年を見つめて、その女性は言った。
「その衣装は魔法使い様でしょう?妖物を退治にきてくださったのね」
こんな大変な状況なのに、全身から媚びをあふれ出している女性に私は眉をひそめてしまった。リュシエールはその女性が誰だか知っているように、手を胸の前で合わせ王族用の挨拶をした。
「お初にお目にかかります。マーガレッタ・デ・ヨークトリア王女。僕は上級魔法使いのリュシエール・カルロと申します」
リュシエールはさっき王女のことを「男癖も性格も悪い」とか言ってたくせに、そんなことはおくびにも出さずに綺麗な顔に頬笑みをたたえて王女を見つめている。
私はリュシエールの美貌に魂を持っていかれているマーガレッタ王女を無作法にしげしげと見つめた。
この女性がマーガレッタ王女。キリウスが「真に愛する女性」とか手紙で書いてきた女性。
確かに男性だったら、気が迷ってしまいそうな体つきと蠱惑的な顔だ。色気は私より100倍はある。
だけど、まだ少年のリュシエールにも色目を使うとか、なんて守備範囲の広いことだろう。
マーガレッタ王女は、私の存在に気づき、やはり無作法に私をジロジロと見ると、リュシエールに「魔法使い様、この方はどなた?」と聞いた。
リュシエールはなぜか、楽しそうに「レーナ・デ・ローマリウス。ローマリウスの女王陛下だよ」と答えた。
私の名前を聞くとマーガレッタ王女は体中から嫌悪感を滲ませて「あら、そう。ローマリウス王の・・・」
私はマーガレッタ王女の険のある視線を無視して
「いったい私の夫に何があったんですか。なぜ、キリウスが妖物なんかになってしまったの?」
マーガレッタ王女はふんと鼻を鳴らして、甘ったるい声で答えた。
「そんなのわからないわ。私と愛しあっていたら、いきなり妖物になってしまったのですもの。私、驚いてすぐに逃げたのよ。もう少しで取り込まれるところだったわ」
愛しあって、という言葉をあえて聞かないふりをした。
「それで、キリウスはどこにいるんですか?」
マーガレッタ王女は私の冷静な態度が気に入らなかったようにムッとした表情で「地下よ。地下の扉を今衛兵が守ってるけど、破られるのは時間の問題ね。でも」
マーガレッタ王女はリュシエールを見ると艶然と微笑み「魔法使い様が退治に来てくださったのだもの。もう安心ね」
リュシエールは肩をすくめただけだった。
女同士の不毛な争いに首を突っ込まないリュシエールは賢明だ、と私は思った。
「マーガレッタ王女、何をなさっているのです。早くお逃げになってください」
初老の身なりのよい男性が焦りを顔に浮かべてマーガレッタ王女に声をかけた。
王女はその男性を一瞥すると
「大丈夫よ。魔法使い様が来てくださったから」
男性はリュシエールを見て「おお」と声を上げ、隣にいる私に気がついて眉をひそめて尋ねた。
「この女性は・・・」
「ローマリウスの女王陛下よ」
素っ気なくマーガレッタ王女は私を紹介した。
男性の目が大きく見開かれ、慌てたように私に向かって腰を折ると
「ご無礼をお許しください、女王陛下。私は宰相のサイナス・デ・カタローネと申します」
この男性が、宰相。ヨークトリア国の実質の統治者。柔和な雰囲気を纏わせながらも如才なさが感じられる。私はそれとなく観察しながら
「突然の訪問で申し訳ありません。急を要しましたので、魔法使いを伴い入城いたしました」
宰相は納得したかのように頷くと
「こんなことになり・・・私もなにがなにやら。私どもの不徳の致すところです。女王陛下にはなんとお詫びすればよいか」
宰相は責めるような目でチラと王女を見て、肩を落とした。
ドンっと地鳴りのような、大きな音がして広間中に振動が伝わった。
「扉が破られたみたいだよ」
魔法使いの少年がこともなげに言う。衛兵すらも逃げ出してしまった大広間は閑散として、残っているのは私とリュシエールとマーガレッタ王女と宰相だけだった。
空気を振動させるような唸り声が聞こえた。どんどん大きくなるのはこちらに近づいているからだ。
キリウス。
私は心の中で彼の名を呼んだ。
やっと、会える。
「怖いわ。早く退治してくださいませね、魔法使い様」
マーガレッタ王女が自分より頭半分ほど背の低いリュシエールの肩にもたれかかる。魔法使いの少年はうっすらと微笑み
「君は愛する人を退治しろと言うんだね」聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
高さが3メートルほどもある大広間の頑丈な扉がメキメキと音を立てて粉砕された。
扉を破壊して目の前に現れたのは、巨大な黒い獣だった。
狼のようにとがった口からは荒く臭気を洩らし、双眸は赤く燃えている。体は獣の形だけど黒いスライムのように濁り、逃げ遅れて取り込まれてしまった人間の姿が中にうっすらと見える。
「ひいっ」とマーガレッタ王女が息を吸い込むような悲鳴を上げリュシエールにしがみついた。
宰相もリュシエールの後ろに隠れ、祈るように手を合わせている。
魔法使いの少年は私を見て
「行くかい?レーナ」と、尋ねた。
もちろん。
だってそのために来たのだもの。
私が躊躇うことなく妖物の前に足を進めると、マーガレッタ王女が狼狽して叫んだ。
「魔法使い様が退治してくださるのではないの?」
リュシエールは悪魔のように魅惑的な笑みを浮かべると
「君はキリウスを退治しろと言うんだね。彼が生きていたら何かマズイことでもあるの?」
王女はリュシエールの笑みに不吉なものを見たかのように青くなって口をつぐんだ。
「その衣装は魔法使い様でしょう?妖物を退治にきてくださったのね」
こんな大変な状況なのに、全身から媚びをあふれ出している女性に私は眉をひそめてしまった。リュシエールはその女性が誰だか知っているように、手を胸の前で合わせ王族用の挨拶をした。
「お初にお目にかかります。マーガレッタ・デ・ヨークトリア王女。僕は上級魔法使いのリュシエール・カルロと申します」
リュシエールはさっき王女のことを「男癖も性格も悪い」とか言ってたくせに、そんなことはおくびにも出さずに綺麗な顔に頬笑みをたたえて王女を見つめている。
私はリュシエールの美貌に魂を持っていかれているマーガレッタ王女を無作法にしげしげと見つめた。
この女性がマーガレッタ王女。キリウスが「真に愛する女性」とか手紙で書いてきた女性。
確かに男性だったら、気が迷ってしまいそうな体つきと蠱惑的な顔だ。色気は私より100倍はある。
だけど、まだ少年のリュシエールにも色目を使うとか、なんて守備範囲の広いことだろう。
マーガレッタ王女は、私の存在に気づき、やはり無作法に私をジロジロと見ると、リュシエールに「魔法使い様、この方はどなた?」と聞いた。
リュシエールはなぜか、楽しそうに「レーナ・デ・ローマリウス。ローマリウスの女王陛下だよ」と答えた。
私の名前を聞くとマーガレッタ王女は体中から嫌悪感を滲ませて「あら、そう。ローマリウス王の・・・」
私はマーガレッタ王女の険のある視線を無視して
「いったい私の夫に何があったんですか。なぜ、キリウスが妖物なんかになってしまったの?」
マーガレッタ王女はふんと鼻を鳴らして、甘ったるい声で答えた。
「そんなのわからないわ。私と愛しあっていたら、いきなり妖物になってしまったのですもの。私、驚いてすぐに逃げたのよ。もう少しで取り込まれるところだったわ」
愛しあって、という言葉をあえて聞かないふりをした。
「それで、キリウスはどこにいるんですか?」
マーガレッタ王女は私の冷静な態度が気に入らなかったようにムッとした表情で「地下よ。地下の扉を今衛兵が守ってるけど、破られるのは時間の問題ね。でも」
マーガレッタ王女はリュシエールを見ると艶然と微笑み「魔法使い様が退治に来てくださったのだもの。もう安心ね」
リュシエールは肩をすくめただけだった。
女同士の不毛な争いに首を突っ込まないリュシエールは賢明だ、と私は思った。
「マーガレッタ王女、何をなさっているのです。早くお逃げになってください」
初老の身なりのよい男性が焦りを顔に浮かべてマーガレッタ王女に声をかけた。
王女はその男性を一瞥すると
「大丈夫よ。魔法使い様が来てくださったから」
男性はリュシエールを見て「おお」と声を上げ、隣にいる私に気がついて眉をひそめて尋ねた。
「この女性は・・・」
「ローマリウスの女王陛下よ」
素っ気なくマーガレッタ王女は私を紹介した。
男性の目が大きく見開かれ、慌てたように私に向かって腰を折ると
「ご無礼をお許しください、女王陛下。私は宰相のサイナス・デ・カタローネと申します」
この男性が、宰相。ヨークトリア国の実質の統治者。柔和な雰囲気を纏わせながらも如才なさが感じられる。私はそれとなく観察しながら
「突然の訪問で申し訳ありません。急を要しましたので、魔法使いを伴い入城いたしました」
宰相は納得したかのように頷くと
「こんなことになり・・・私もなにがなにやら。私どもの不徳の致すところです。女王陛下にはなんとお詫びすればよいか」
宰相は責めるような目でチラと王女を見て、肩を落とした。
ドンっと地鳴りのような、大きな音がして広間中に振動が伝わった。
「扉が破られたみたいだよ」
魔法使いの少年がこともなげに言う。衛兵すらも逃げ出してしまった大広間は閑散として、残っているのは私とリュシエールとマーガレッタ王女と宰相だけだった。
空気を振動させるような唸り声が聞こえた。どんどん大きくなるのはこちらに近づいているからだ。
キリウス。
私は心の中で彼の名を呼んだ。
やっと、会える。
「怖いわ。早く退治してくださいませね、魔法使い様」
マーガレッタ王女が自分より頭半分ほど背の低いリュシエールの肩にもたれかかる。魔法使いの少年はうっすらと微笑み
「君は愛する人を退治しろと言うんだね」聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
高さが3メートルほどもある大広間の頑丈な扉がメキメキと音を立てて粉砕された。
扉を破壊して目の前に現れたのは、巨大な黒い獣だった。
狼のようにとがった口からは荒く臭気を洩らし、双眸は赤く燃えている。体は獣の形だけど黒いスライムのように濁り、逃げ遅れて取り込まれてしまった人間の姿が中にうっすらと見える。
「ひいっ」とマーガレッタ王女が息を吸い込むような悲鳴を上げリュシエールにしがみついた。
宰相もリュシエールの後ろに隠れ、祈るように手を合わせている。
魔法使いの少年は私を見て
「行くかい?レーナ」と、尋ねた。
もちろん。
だってそのために来たのだもの。
私が躊躇うことなく妖物の前に足を進めると、マーガレッタ王女が狼狽して叫んだ。
「魔法使い様が退治してくださるのではないの?」
リュシエールは悪魔のように魅惑的な笑みを浮かべると
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