歪んだ日常の片隅で

暁基朋也

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見えない存在

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宅配ボックスを開けると、見慣れない小包が入っていた。
差出人は不明。中には、ガラスの小瓶と「透明人間になれる薬」と書かれた紙切れ。

──怪しい、でもちょっと面白い。

その夜、酔いの勢いで瓶を開け、男は薬を飲んだ。
味は苦かった。気分も悪くなったが、ベッドに倒れ込むように眠った。

翌朝、目を覚ますと妙に静かだ。家族の声も聞こえない。
リビングに行っても、誰もこちらを見ない。声をかけても反応がない。

「……おーい?」

学校でも同じだった。誰にも声が届かず、目も合わない。
友人の肩に手を置いてみると、彼は「ヒッ」と肩をすくめて振り返ったが、すぐに首をひねって去っていった。

──もしかして、本当に透明人間に?

確認のために、鏡を見る。何も映っていない。
驚きより先に、好奇心が勝った。

その日、男は様々な実験をした。
着ている服は──見えない。手に取ったペンは──手を離すと浮いて見える。
触れている間だけ、物は一緒に“透明”になるらしい。

彼は“悪戯”がしたくなった。
コンビニに入り、レジの中から数枚の札を抜く。店員が慌てて「金が足りない!」と叫び、確認作業を始めた。

その光景を見て、男はこみ上げる笑いを堪えながら外に出た。
そして気づく。……金を持っていても、何も買えないのだ。

コンビニの店員は、目の前で差し出された札を見もしない。
レストランでは注文もできない。
自動販売機に金を入れても、商品は出ない。

「俺、どうやって……生きていけば……」

時間が経つにつれ、身体に異変が現れる。
冷たい風を感じなくなった。
食べ物を口にしても、味がしない。そもそも通らない。

「俺って……まだ、生きてるのか……?」

数日が過ぎ、彼は街中の誰とも会話できず、誰にも触れられず、何もできなくなった。
時間の感覚も曖昧になり、意識がぼやけていく。

そんなある夜、彼は自分の部屋に戻った。
机の上に、あの小瓶が置いてあるのに気づく。空だったはずの瓶の中に、新たな液体が揺れていた。

そして横には新たな紙切れが一枚──

「透明人間になった代償は、“存在の消失”です」

彼は震える手で紙を掴もうとした。
──だが、掴めなかった。
手が、紙をすり抜けた。

次の瞬間、瓶の中身は蒸発するように消えた。

……それが、彼がこの世界で最後に見たものだった。
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