歪んだ日常の片隅で

暁基朋也

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夢の代償

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「どんな願いでも叶えてやろう。ただし、それに見合った代償はいただくがな」

 夢の中で、悪魔はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら、俺に向かってそう言った。
 真っ赤な背景、足元から立ち昇る黒煙、そしてツノ――いかにも、ってやつだ。
 バカバカしい。でも、これが夢だとわかっているからこそ、ちょっと遊んでやる気になった。

「じゃあ……食べ物をくれ。給料日まであと三日、財布には346円しかないんだよ」

「ふふふ……よかろう」

 悪魔は指を鳴らすと、黒い霧の中へと消えた。

 目を覚ますと、いつもの部屋、いつもの天井。
 夢だった。当たり前だ。
 でもその日の帰宅時、玄関の前に段ボール箱が置かれていた。

「ん? なんだこれ……?」

 宛名は自分。差出人不明。
 中身は、5キロの米だった。

 混乱しながらも、同封されていたメモを読んだ。「ご当選おめでとうございます!」
 ……いや、応募した覚えがない。

 まさか、夢の……?

 翌朝。猛烈な腹痛で目が覚めた。
 腸がねじれるような痛みと冷や汗。救急車を呼ぶ一歩手前で、数時間後にようやくおさまった。

 米の代償……?

 そしてその夜、また夢を見た。

「気に入ったぞ、お前。次の願いはなんだ?」

 悪魔はまた、あの笑みを浮かべていた。
 俺は怖くなりながらも、つい口にしてしまった。

「じゃあ、今日の面接、うまくいくようにしてくれ」

「承知した」

 翌日。ありえないほど和やかな雰囲気で、面接は無事に通った。
 翌週から新しい職場。まるで運命が味方したようだった。

 ――だがその日、飼っていた猫がベランダから転落死した。

 まさか。まさかそんな因果関係……いや、偶然だ。たまたまの不幸だ。

 けれど、悪魔はまた夢に現れた。

「まだ願いはあるだろう? 代償に耐えられる限り、私は応えよう」

 俺はもう、完全に恐怖していた。でも、どこかで抗えなかった。
 金も、仕事も、恋愛も、すべてがうまくいくように願ってしまった。

 そして、代償はどんどん大きくなっていった。

 父が事故で意識不明になり、実家が火事になり、恋人が俺を避けるようになった。

 それでも、願うたびに、現実は一見うまくいく。
 周囲からは「最近、運がいいね」なんて言われる。

 でも俺は知ってる。そのたびに何かを失ってることを。
 気づけば、身近な人はみんな離れていった。笑顔が怖く見えた。
 悪魔は、今日も夢で言った。

「そろそろ最後の願いにするか? お前にふさわしい、永遠の幸福を」

 俺は震えながら答えた。

「お願いだ……この契約を終わらせてくれ。もう何もいらない……!」

 悪魔は口の端を吊り上げて言った。

「ようやく、“心からの願い”を聞けたよ。契約は終了だ。代償を受け取れ」

 その瞬間、視界が暗転した。

***

 目を覚ますと、俺は病院のベッドにいた。
 担当医が言うには、職場で倒れて三日間昏睡していたらしい。

 ……すべては、ただの脳の錯覚だったのか?
 悪魔との契約も、夢で見たことも、全部幻?

 俺は笑ってしまった。そうか、夢だったのか。

 しかし――ナースステーションに飾られたテレビに映るニュースが、俺を凍りつかせた。

《◯◯市で今朝早く、五キロの米を積んだトラックが横転。複数の通行人が巻き込まれ……》

 ナレーションの後、犠牲者の名前が読み上げられた。

 そこには、俺の両親の名前が含まれていた。
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