歪んだ日常の片隅で

暁基朋也

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あの道は知らない

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その日、僕は初めて寄り道をした。

 小学五年生の僕――加藤悠真(かとうゆうま)は、先生にも親にも「真面目」と言われるタイプで、毎日決まった時間に決まった道を通って、学校に行き、帰っていた。
 寄り道なんて怒られるし、そもそも怖かったから、したことがなかった。

 でも、その日だけは違った。
 通学路の途中に、一本の道が“生えて”いたのだ。

 そう、本当に「生えていた」という感じだった。
 曲がり角を曲がったところに、今まで見たこともない小道。
 古びた石畳、低い塀の向こうには小さな祠みたいなものも見える。
 でも僕は、その道がずっと前からあったような気もしてしまった。

「おかしいな……ここ、いつも壁だったよな?」

 何かが変だと感じながらも、僕はふらりと足を踏み入れた。
 初めての寄り道だった。

 小道を数分歩くと、急に視界が開けて、見覚えのある場所に出た。
 そこは――いつもの通学路の終わり、僕の家のすぐ近くだった。

「え……? ぐるっと回っただけ?」

 ガッカリしたような、ホッとしたような気持ちで家に帰ると、母が眉をひそめて出迎えた。

「悠真……どこ行ってたの? 心配したのよ」

「え? ただいま帰っただけだけど……」

 母の反応が変だった。時計を見ると、いつも帰る時間から一時間以上も過ぎていた。
 自分ではほんの10分くらい歩いた感覚だったのに。

 その日からだ。
 僕の周りが、少しずつズレはじめた。

 教室の席順が変わっていたり、先生の名前が違っていたり、友達の持ち物が見知らぬものになっていたり。
 小さな違和感が、毎日のように積み重なっていった。

 ある日、勇気を出して母に聞いてみた。

「ねぇ、僕って……この家にずっと住んでたっけ?」

「何言ってるの? 引っ越してきたのは先月でしょ」

 その瞬間、背筋が凍った。
 引っ越しなんてしていない。僕はずっとこの町に住んでいたはずだ。

 ――あの道のせいだ。

 僕は確信した。あの見知らぬ小道に入ってから、何かがおかしくなった。

 そして僕は決意する。あの日通った道を、もう一度探しに行くことを。

***

 数日かけて、僕は同じ角を何度も回った。だけど、道は現れなかった。
 学校帰りの空は、いつもより重く、沈んで見えた。

 諦めかけた日、ふと道の影に目を向けると――あった。
 石畳の小道。古びた祠。
 あの日の、あの道だ。

 僕は迷わず足を踏み入れた。

 気がつくと、目の前には壁。何もない行き止まりだった。
 振り返ると、見慣れた景色。
 家の近くの通学路だった。

 家に戻ると、母が泣きながら抱きしめてきた。

「どこに行ってたの! もう5日も帰ってこなかったのよ!」

「え……?」

 僕の中では、ほんの数十分しか経っていなかった。

 先生たちも、心配したと言ってくれたけれど、僕を見つめる目はどこかよそよそしかった。

 世界は、少しだけ違ったままだ。
 でも、それでもいい。
 少なくとも僕は、“僕の通学路”に戻ってこれたのだから。
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