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『終わりから始まる物語』

第8話『無属性魔術師の実力』

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『ヴモォォォォォォォォォォォォォ!!!!』



 突如、爆音が轟く。血走った目を細めながらミノタウロスが咆哮したからである。唾液を撒き散らしながら獰猛に叫ぶ姿は酷く荒々しい。手には二メートル程の武骨な斧がしっかりと握りしめられており、何もない場所へ向けてぶんぶんと振り回している。その様子は自身の得物の調子を確かめているようにも、力んだ体をほぐしているようにも見えた。


「さて、いっちょカッコいい姿でもみせますかねー」
「こ、この魔物ってまさか………っ!」
「いいなー、ミノタウロスって確かBランクの魔物でしょ? でもって限りなくAランクに近いBランクで、動きも俊敏だし加えて剛腕。パーティならまだしも冒険者一人で挑むとなると苦戦必死の相手だよ? ねぇエーヤ、今でも遅くないよ。代わって♡」
「はっ、そんなに可愛く言っても嫌だね。俺も少し体を動かしたい気分だからここは俺がやるよ。エリーもしっかり見ておくんだぞ………っ!」


 そう言うや否や、エーヤはミノタウロスには直進せずに自身に注視させるようにミノタウロスの周囲を走り始める。その足遣いは決して俊敏な訳ではないが、確実に標的をただ一人に定めて貰う為。ミノタウロスとエーヤの距離は決して近くも無いが遠くも無い、僅かな敵意の気配が届く極めて絶妙な間合いを保つように意識する。
 ミノタウルスの様子を伺いながら駆けると、こちらに向けてドシンッ、と地を揺らしながら近付いて来る。離れた距離は約十メートル。慎重に間合いを見定めながらエーヤは立ち止まると魔力を体内に循環させた。


「―――纏え、『身体強化フィジカルアップ』」


 口にした瞬間、身体の周りを白銀の粒子が覆う。まるでそれは、オーラの波動がエーヤの身体から放出されているようにも見える。
 素早く距離を縮め、エーヤの間合いに入ったミノタウルスは手に持つ斧を振り上げるモーションを行う。相手は外見の特徴で理解出来るほどの剛腕の持ち主。たった一撃を受けるだけでも瀕死の重傷、もしくはばっさりと身体が半分に切り裂かれて死んでしまうだろう。


(さて、どう動こうか……っと!)


 瞬時にどのように行動すれば最適なのかを考える。その間にもエーヤの瞳には斧の刃をこちらに振り下ろす姿が克明に映っていたのだが、全身に魔力を循環させ、外側に魔力の膜を施したせいかその動きは遅く感じる。魔術を発動する為に魔力を巡らせるが、エーヤの頭上に振り下ろす斧との距離はもう十五センチ程となっていた。

  受け止めるか回避するか、それともこちらから攻撃して相手の攻撃を中断させるか、そんな考えが頭に浮かんでいたが、このまま受けの姿勢だと割に合わないとも考える。


「ふっ!!」


 エーヤは眼前スレスレに斧が迫っていたが、バックステップで背後に跳躍する。尋常ではない風圧が確実に届いていたが、自らの体を覆っていた魔力の膜がその衝撃をものともしない。
 十分に距離をとって離れると、力任せに振り落とされた斧はズシンッ!!と激しい振動を震わせながら地面にめり込んだ。地面に亀裂が出来ると同時にその攻撃の余波により煙や小石が舞い上がるとミノタウロスの姿が消える。


「エーヤさんっ!!」


 エーヤを心配する必死な声が遠くから聞こえる。その音を耳で捉えながらも、エーヤは決してミノタウロスがいるであろう煙の中から目を逸らさずエリーに呼びかける。


「大丈夫だ! 悪いな焦らせて」 
「エーヤ、自分の間合いに来るまでどうしようか考えてたでしょ? それエーヤの悪い癖だからねー! 戦闘になっていちいち自分の取るべき行動を考えてたらきりがないんだよ」
「それはリルの戦闘センスが抜群に優れているから言えることなんだからな? だがまぁ、今度はキメる」


 前方の様子を伺っていると煙の中で仄かに紅く煌めく。エーヤが来ると認識した瞬間には、煙幕から何かが勢いよく回転しながら真正面に飛来してきた。

 突然の飛来物を避けようとエーヤは状態を大きく反らす。風の切る音を鳴らしながら上を過ぎ去ったそれは変わらず勢いがとどまるところを知らず、ガンッ!と壁に突き刺さった。思ったよりも迫る速度が早くほぼ反射的な行動で避けたが、体制を整えつつ数瞬後ろを振り向いて刺さった箇所を見てみると、そこには巨大な斧の刃の大部分が壁に刺さっている。

 じとっとした冷や汗を浮かび上がらせつつ驚愕したが、その巨体は言葉に出す間もなく雄叫びをあげながら突進してくる。上体を前に傾けながら頭部にある一際目を引く鋭利な太い角をこちらに向けて攻撃性の高い一撃を繰り出そうとしているようだった。

 そんな様子を見据えつつエーヤは溜息を洩らしながらひとりごちた。


「ったく、あっぶねぇな。牛の頭に赤い肉体、見た目通り闘牛じゃねぇか。さっきよりも鼻息荒くしながらすげぇ興奮してるし」


 まさに”赤帝牛”の異名を持つほどの魔物である。攻撃、防御、スピード、知性などのあらゆるステータスが優れている上位ランク。

 リルが先程言っていたが、ミノタウロスはAランクに近いBランク。ステータス的にはAランクに届いているのだが、下のBランクに選定されているのには理由がある。
 それは、常に興奮しているという点だ。ミノタウロスがこの場所に出現してから続いている特徴と言えばそれに限る。何せ興奮しているということは、相手をしっかり敵と認識していたとしてもどうしても行動がフラットになりやすい。攻撃や移動をするにしても途中で軌道を変えたり、力の加減をする事を知らない。要するにトリッキーな動きが出来ない、猪突猛進な魔物なのだ。

 その分、冷静に対処すれば討伐出来る魔物なのでBランクに選ばれている。だが、ランクが低い冒険者が軽視することの無いようにギルドでも要注意指定されている魔物として、パーティならまだしも一人で遭遇したのならばすぐさま逃げる事を推奨されている。それ程、用心が必要な魔物なのだ。

 魔物を鋭い視線で射抜くとエーヤ魔術発動の為に魔力を己の想像に注ぎ込む。
 エーヤの直線上には太い角を突き出しながら突貫してくるミノタウロスが刻々と迫っている。
次こそはギリギリではなく、十分な範囲を維持する為に魔術を組み立てる。
 さて、と深く息を吐く。まずは―――、



「動きを封じ込める。拘束せし身体の停滞、『クリア・バインド・チェーン』」


 詠唱の一節を唱えながら魔術名を宣言するとミノタウロスを囲むように空中から魔術陣が出現する。四方から怒涛の勢いで放たれた何連もの白銀の鎖は、ジャラジャラと鈍い音を立てながらその巨体に巻き付く。
 動きを封じられたミノタウロスはなんとか抜け出そうと激しく身をもがいたりしているが、鎖の方はびくともしない。


「ヴ、ヴモォォォォォォォォォォォォォン!!!!!」
「無駄だ。いくら力を込めようとその鎖が解かれる事はない」


 身動きが自由に取れない状態にされたせいだろうか、さらに興奮が増したように叫び声を上げた。心なしか、充満した熱が体中から放出されるように、湯気が上がっているように見える。

 動きを封じ込めることに成功したエーヤ。風塵により飛んできた砂を払おうと羽織ったローブを軽くはたく。捻った首からコキッ!っと景気のいい音を鳴らすとうなじに片手を添えながらさする。


「次、相手が動けないのならば何をするか。必要があれば警戒するも良し。観察するも良しだ。でも今は、何はともあれ――――――」


 一拍空けると、爛爛と瞳の奥を輝かせながら掌を前へ伸ばす。


「―――攻撃だ」


 静かに、冷静に、氷を熱で徐々に融解させていくように。秘めたる熱を伺わせる様な声でそう言った。

 直後、掌の前に魔術陣|《サークル》が出現。そこからは魔力弾がミノタウロスへ無数に放たれる。ハンドボールほどの大きさの弾は放物線を描くことはなく、レーザーのように真っ直ぐに目標めがけて疾風怒濤の如く連続して射出される。
 自身に巻かれた鎖によって機動力を失ったミノタウロスは身じろぎをしているが、成すがままの状態でどうしようも出来ず、ただ咆哮する。そこには、どうすることも出来ないことへの悲壮感が滲み出ていて。

 対象へ放たれた魔力弾。思いのほか衝撃が強かったのか辺りには微塵が発生する。それが晴れると、辺りにはミノタウロスと分かる程度の肉片と血が無数に飛び散っていた。
 脅威は取り除かれると同時にあっという間に血のにおいが充満するが、さほど気にもせず呆然としている少女へと視線を向ける。


「さて、見ての通り俺は無属性・・・魔術師だ」




 エーヤは嘆息する。




「ま、期待には応えられたかな?」


 そういって、自分の戦闘を見ているであろう少女らに声をかけた。



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