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『終わりから始まる物語』
第22話『心の在り方』
しおりを挟むそれから時は過ぎ十二之刻となった。現在はマストが指定した場所、つまりエリディアル王国都市部の東門からだいぶ離れた所にエーヤとリルは立っていた。
改めて周囲を見据えるが、草原が辺り一面に広がっており建築物などの人口の物は見当たらない。ざっと確認出来るのは遠くに位置する高くそびえる山々、そしてその手前にある森である。
「なぁリル、東門の周辺って話だったがこんなに離れても良かったのか?」
「こんなに、っていうかたった一キロだよ? マストの操る魔物がどれほどの数かは分からないけど、凶暴化した状態の魔物を近づけるのは王国にとってリスクが高いんだよ」
呆れたようにエーヤの疑問に指摘するリルだが、確かに言う通りではある。魔物の体長には様々な大きさがあり、人間の平均身長の以上をも軽々と越すオークやサイクロプスという身長の高い個体。反対にゴブリンやソニックウルフ、ケルベロスといった前者よりも身長が低い個体が存在する。
それらの魔物は、同じ個体同士で群れや巣を作り集団と化すのが普通だ。だが今回は異常事態である以上、それぞれ元のランクがバラバラな上に凶暴化、そして本来有り得ない筈の異なる魔物同士の統一行動の可能性も視野に入れる必要がある。
今回マストが引き連れる魔物の個体数は不明だが、本人が分からないと手紙に書いていた以上自分たちの想像を超えてくるような魔物の量であるに違いない。
そのように推測しているとリルは何かの気配を察知したのかスイッチを切り替えるようにエーヤに呼びかける。
「エーヤ! 前方から精霊の気配を感じるんだよ………ッシ!」
「リル!」
表情はいつも通りに、ただ感覚のみを鋭敏なものに変えたリルは大地を蹴り前に跳び出すと魔力で構成されたナイフを創造。勢いを付けながら二振りのナイフを何もない空間に投擲した。
すると不意にその空間がうねるように歪みだす。まるで石を投げつけた水面、と言えば想像は付くだろうか。不自然に揺れるように波打つ様子は、エーヤの目から見ても明らかに異常だという事が分かる。
短剣の勢いは衰えず目標へそのまま突き進む。その様子を二人が見ていると目を疑うような光景が飛び込んできた。
「「はぁ!?」」
とぷんっ、と飲み込まれるように吸い込まれていったのだ。その面と接触して跳ね返るなり壊れるなりすると思っていた二人は思わず叫ぶ。
そんなエーヤとリルの衝撃を嘲笑うかのように垂直に歪んでいた空間だったが次第に弾けた。そこにいたのは―――、
「あっはは、滑稽な反応ありがとうございます。お久しぶりですねエーヤさん。あのお手紙は読んでいただけましたか? 僕渾身のとっても愉快な提案でしたよねぇ? 咄嗟に計画を変えた僕はやはり優秀なのではないでしょうか!」
「…………………」
「あれ、だんまりですか。んー、それとも出会った時の僕と現在の僕とのギャップに違和感を感じていらっしゃるんですかね?…………はぁ、敬語も疲れたなぁ」
出会った頃の純朴な表情とは明らかに違う、マスト・ディンブルが醜悪な笑みを浮かべながら佇んでいた。口調の方もこちらを嘲る様子が色濃く出ており、明らかに上辺だけの敬語だ。
そこには少年らしい面持ちはない。むしろ、今のマストが浮かべる表情こそ本物だという事が分かる。分かってしまった。
「なんで、こんな真似をしたんだ」
「うーん、強いて言えば復讐かな?」
「………復讐、だと?」
復讐、とおよそ十三歳の少年が話すには似合わない言葉が紡がれる。エーヤは思わず眉を顰めると繰り返しその言葉を口にした。
マストが一体どれほどの負の感情を抱えているのかは分からない。だがその言葉を口にする以上相当な覚悟を持ってエリディアル王国襲撃を企んだのだろう。彼にとって今から始めるこの戦いはさながら前哨戦、肩慣らしといったところか。
真意の読めない無邪気な表情を携えながら首筋を撫でる。ひと息吸うと―――、
「っていうか普通の十三歳の子どもが誘拐なんてしたり国を襲うとか、強い憎しみが無ければ考えないと思うけどねぇ……………ま―それはいいじゃん、さっさとゲームを始めようよ! ―――彼女も、それを望んでる」
「―――エリーはどこだ? 言っておくが、彼女の身に何かあったら俺はお前を許せなくなる」
「おー怖い怖い、そんなに燃え滾った瞳で僕を見つめないでよ―――ムカついてくるからさ」
両者の視線が交差する。目一杯に見開きながら眼光鋭くこちらを睨みつける様子は明らかに肌を刺すような怒気が含まれている。
だがそれも一瞬の出来事で、パッと表情をへらへらとしたものに戻す。
「まぁ安心しなよ。彼女は無事だし、僕も約束事を破るなんて大人のような下らない真似はしない主義だ。ほら」
「……………ッ、エリー!」
空気の流れが変わる。先程のように空間がうねると、その四肢や肩、腰に軽鎧を身に付けた―――云わば戦闘服を着こんだ状態のエリーがゆっくりと姿を現した。
エーヤの元までふらふらと歩いてくる彼女だがエーヤは、彼女の姿を見た瞬間にほんの僅かに違和感を覚える。その直後、前のめりに倒れる彼女を咄嗟に抱きかかえその顔を覗き込むとその正体が明らかになる。
「目が、虚ろ…………? おいエリー、聞こえているか!?」
「あはは、僕の瞳の効力がまだ残っていたんだね。それじゃ、ほいっ!」
指をパチンッと鳴らすと、今まで輝きを失っていた碧眼は次第に光を取り戻す。エーヤの顔を確認すると一瞬息を呑んだかのような表情で見つめるが、今一つ状況を理解出来ないようで辺りを見渡す。
「え、エーヤさん? これは一体どういうことなのかしら…………痛っ、何この頭の痛み、しかもこの格好は………私は確かマスト君を家に招こうとして…………」
「ああ、お前はそのままマストに誘拐されたんだよ。―――アイツの、魔眼の効果をダイレクトに受けてな」
「魔眼…………? マスト君が………」
今一つ信じられない様な眼差しでエリーはマストを凝視する。その視線を受けながらも少年は不遜な態度を崩そうとはしない。
口角を上げながら満足気に頷く。
「うん、やっぱりエーヤは気付いていたみたいだね。さすが僕が見込んだだけはある。『直言の魔眼』、僕が勝手に言ってるだけだけどそれがこの瞳の正体だ」
「『直言の魔眼』……………?」
余裕綽々に言い切るマストが話す聞き慣れない言葉にエーヤは疑問符を浮かべる。
そもそも『魔眼』とは先天的に発現する特殊な個性である。魔眼を持って生まれるという人間は圧倒的に少なく、事故やストレス障害を負うなどといった事柄が原因で後天的に発現するという事例は滅多にないので、大変貴重なモノである。
もし冒険者や商人といった者が魔眼を保持しているとしたら、貴族に抱えられたり自分で恣意的に使用したり様々な手段に使えるだろう。
エリーは呆然と、エーヤとリルは真っ直ぐにマストを見据えながら耳を傾ける。
「そうだね、簡単に言えば『生物を操作して本心を暴く』っていうものかな。一度僕の瞳を見た者はどんなお願いでも聞いてくれるんだ。命令中は自我を保てない、云わば僕の質問に答えるだけの人形になっちゃうけどそれでも十分に重宝しているよ? いやぁ、この国の奴らの魔力が大して多くなくて助かったぁ」
「それが『直言の魔眼』の能力か……………」
本来ならば自分が持つ能力を簡単に敵に話すという行為は愚の骨頂である。それが出来るのは圧倒的強者、もしくは自らのウィークポイントを曝け出したとしてもそれがハンデにならないほどの絶対的な差がある相手だけである。
マストがそういった行為をしたのは自らが秘める魔眼に過剰なほどの自信を持っているからなのか、それともまだ他の引き出しを隠し持っているからなのか。
何はともあれ魔眼の正体ははっきりとした。だが大量の魔力を保持しているエーヤとその契約精霊であるリルには魔眼の能力は効かないが、たった一つだけ心配要素が存在する。
「エリー、今回は何もせずにただ見ているだけでいい」
「――――――――――え?」
マストの行動の機微を見逃さないようエリーに視線を向けずにそう言った途端、全ての表情が抜け落ちたような顔でエーヤの顔を見やる。拍子抜けした声の先に僅かに残った感情の色は、失意。
エーヤはエリーが抱いたその感情の正体に気付くことはなく言葉を続ける。
「今から相手するのは魔物の集団だ。魔眼の影響で疲労が蓄積している状態のエリーには少し荷が重いだろう。だから、エリーは俺の側で休んで――――」
「それは、イヤ」
「………っ」
彼女の口から放たれる拒絶の一言。淀みのない静かで力強い言葉にエーヤは一瞬だけ息を呑む。それは決して無意識的に出たものではない、だが、覚悟を胸に秘めて咄嗟にこぼれ出たのも確かだった。
エリーの性格上、否定の言葉を想像しない訳ではなかった。同時に、納得もする。
彼女の境遇はモーティラン丘陵で話を聞いて理解している。魔術を使えなくなった経緯、強くなりたいと思う願い。そして、行動を制限し彼女を縛る守護者の役割。
当然のことながらエーヤはエリーが背負う『盾の守護者』という役目を否定しようなどとは思っていない。寧ろ現在エリディアル王国に在住する一冒険者として国、ひいては国民を護ろうとするその有り方は尊敬に値するものだ。
たとえ母親を殺されたとしても、自分が持っていた力を失おうとも、それ故に学園中の学生から敬遠されたとしても。セイヴフィール公爵家が代々繋いできた想いが変わることはない。
―――だからだろうか、彼女にはそれらの揺るぎない意志に準ずる闘志が見当たらなかった。
多対一などの圧倒的不利になろうとも状況を打破しようとする闘争心、なんとしてでも生き残るという生存力。言い換えるならば、自陣を守る為ならば相手を必ず殺そうとする明確な殺意が、これまで魔物と相対していた際には見えなかったのだ。
センスとしては身体強化の点を踏まえて豊富に恵まれていると思う。あと、もう一歩の切っ掛けさえあれば。
しかし一片でも覚悟を見せた以上、エーヤは改めてエリーに確認する必要があった。
「それは、お前の単なる我儘か? 言うまでもないがこれは今までのような単純な戦いじゃない。王国に住む人々を蹂躙するべく明確な殺意を持つ魔物の集団が相手なんだ。全ては俺が何とかしてくれるなんて甘っちょろい考えをしていたらさっきの発言は撤回した方が良い。俺もお荷物を抱えて戦うなんざしたくはないからな」
「―――ッ、私は、お荷物なんかじゃないわ。…………確かに、私は貴方に嫉妬していた。貴方だけの魔術を使えて、更には圧倒的な魔力保持量、一目で磨き上げてきたと分かる戦闘技術。どれもこれも私には足りないモノ! 守護者らしからぬ醜い感情だったと何度も身を震わせた。でも、その事実に気が付かせてくれたのはエーヤさん、貴方だった!」
何だかんだで身内に甘いエーヤらしからぬ、これまでの努力を全否定したような厳しい言葉。エリーは一度歯を食いしばるとこれまで溜め込んできた防波堤の内部にある激しい感情を吐露する。不安定に揺れ動く羅針盤のようにその感情は震えている。だがその最中でも、毅然とした瞳はこちらを射抜いていた。
「けど、本当に私に必要なのはそんな目に見えるものじゃなかった。過去に置き去りにした、何が起こっても決して諦めない―――揺るがない強固な意志が。私には、私の信念を曲げない覚悟が足りなかった」
「―――――――――――」
くしゃっと顔を歪める彼女の表情は複雑そうだった。泣きそうで、悲しそうで、笑いそうで、嬉しそうで。
エーヤは呆けたように目を見開く。もちろん彼女の表情がどっちともつかない曖昧なモノだったからではない。彼女の言葉で気付いてしまったからだ。
一歩踏み出せば呆気なく罅の入る薄氷の上を足早に歩いていた彼女。急く彼女にとって不安定な選択肢があらゆる方向に伸びている中、様々な諦念がエリーの身体に渦巻いていても仕方がなかった。
―――結局のところ、切っ掛けは何であれ自分を変えるのは自分自身だったのだ。
「それに、このままじゃお母様に厳しく叱られちゃうわ」
「……………はは」
エリーが琥珀色のペンダントを握りしめながらおどけるように呟くとエーヤは思わず額に手を当てて渇いた笑いを溢す。
(まさか年下のエリーに気付かされるとはな……………ままならないもんだ)
このまま格好付けられると思っていたエーヤは心中で舌を巻く。
不思議そうにこちらを見つめているエリーに一瞥して一旦下を向くと一つだけ深呼吸。一先ず落ち着くと改めて彼女に視線を合わせる。やれやれとした柔らかな表情で口を開いた。
「わかった。だけどお前はさっきも言った通り魔眼の影響で心身ともに疲弊している。魔物の大多数は俺とリルが引き受けるから、エリーは残りを頼む。俺にも考えがあるからな」
「―――っ、ええ! 了解したわ!」
エリーの顔を見つめながら頷きあう。公爵令嬢といえど、今までは年下ということもあって妹のような、教え子のように接してきた。
だが今は違う。対等に仲間として魔物達と渡り合う戦力、仲間として認める事でその心底には信頼が降り積もっていた。
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