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『終わりから始まる物語』
第23話『零の体現者』
しおりを挟む二人の覚悟が固まった瞬間だった。すると、
「はいはーい、覚悟決めてる所悪いけどゲームの説明に入りたいと思いまーす。その前にぃ…………これ、なーんだ?」
「ッ!」
得意げにマストが懐から出した一枚の札。全体的に銀色に配色されており幾何学模様にデザインされている魔具。それは、三人には明らかに見覚えがあって―――。
「そう、これは『空間遮断《エリア・ボーダー》』。特定の空間を囲ってその空間を切り取るっていう優れものだよ。いやぁ便利だよねぇ、だって側から見たらなんら変化はないんだから。例えその中で何をしたとしてもバレやしない」
「じゃあ、王城から盗んだのはやっぱり………………!」
「うん、僕らだよ。一応手元には裏で取引した十五枚くらいはあったんだけど、心許なかったから数枚拝借してきちゃった! 僕の能力と精霊がいるからこそ出来る芸当だよねっ!」
あっけらかんとした表情で肯定し、おどけながらそう口にするマスト。その姿には欠片ほども後悔や反省の念は感じられない。
「でも安心してよ。ちゃんと一枚は残してきたから」
「ハッ! たった一枚だけかよ。だがそれだけ多く盗ってくるってことはよっぽど成功するか不安だったのか?」
「いやぁ? 成功することはもちろん知っていたよ? 検証して複数使用すれば範囲がどこまで広がるのかも、その中で小規模なゲームを開催したらどうなるのかも、ね」
ニヤリとしたマストの含みがある言い方に違和感を抱くエーヤ。まるで自分以外にもこのゲームを提案された者がいるかのような言い草。問題は、何故その事を今エーヤにいう必要があるのか。
エーヤは自らの脳をフル回転させる。マストと自分で何か接点のある出来事、そんなものは数少ない。何かその中で挙げられるならば…………そう、例えば、モーティラン丘陵で出会った―――、
瞬間、エーヤの体内を巡る血液が一気に沸き立つ。
「なぁマスト。一応確認だがモーティラン丘陵でお前を護衛していたっていうあの二人の冒険者、アンドレとミミカはどうした?」
「………………………」
「答えろ!!」
悪い想像ばかりしてしまう自分に嫌気が差してしまうも、眼を細めながら声を荒げるエーヤ。
エーヤ達がモーティラン丘陵へと行った際に出会った二人の冒険者。剣士アンドレ・ディルート、魔術師ミミカ・バージェストとは出会ったばかりとはいえその人柄の良さは直ぐに伝わった。エーヤでさえわかったのだ。尚更マストは彼らと数日は行動を共にしていたのでとっくにそんなことはわかりきっている筈だ。
前方にいる彼の表情は俯かれていてよく伺えない。だが、小さく肩を震わせているようだ。次第に顔を上げるとそこに浮かんでいた感情は、
「………………プッ、アハハハハハハハハッ!」
満面に出た愉しげなモノだった。己の中で孕んだ狂気を前面に押し出したように歯を剥き出しにして笑っている様はまるで本能のままに吼える獣のよう。
「いやぁごめんごめん。まさか今更そんな事に気付くなんて滑稽、まさに滑稽だと思って。―――喰べちゃったよ」
「―――――――――――は?」
「だーかーらぁ、僕の魔物が殺したって言ってるじゃん。あ、でもそういう意味では彼らは友達の血肉、栄養分になったんだよね! なら、存外彼らも役には立ったのかな。まさに一石二鳥!」
エーヤの耳朶に響くが、その内容を理解するのに数秒掛かった。
喰べた、と言ったのだ。この少年はなんの惜しみも、後悔も、罪悪感もなく。ただただ純粋に表情や感情に明るい色を載せて、友達とそう呼ぶ魔物達に。
無残に残酷に無秩序に無意味に、二人の冒険者は命を散らしたのだ―――。
エリーは掌で口元を押さえ眼を見開いている。その視線の先にはマストが固定されており恐怖、というよりも理解そのものができないようだ。
リルはというと、依然として日常にありふれていたその感情の起伏が鳴りを潜めておりじっとマストを注視している。その瞳は、冷たい。
あの村人も、あの冒険者も、僕より小さなあの子供も、と指を折りながら数えているマストを見据えながら宣言する。
「訂正、するよ。お前はただの十三歳のガキじゃない」
「そんなのとっくに―――」
「立派な、異常者だ」
「『ッ!!!!』」
エーヤがそう言い切った瞬間、エーヤの体内で普段抑えられている魔力が一瞬だけ膨大に膨れ上がる。それを感知できたのは精霊であるリル、姿の見えないレイン、そして近くにいたエリーの三人だけ。
魔力の反応に敏感ではないのか、その変化に気が付かないマストはただただ眼を細めただけだったがその無頓着さに痺れを切らした未だ姿見えぬ精霊レインは焦燥感を隠そうともせずに声を荒げる。
『マスト! 今すぐに『空間遮断《エリア・ボーダー》』を発動しなさい!!』
「レイン、何を焦って…………?」
「―――もう遅い」
落ち着いた様子で告げるエーヤ。その声音には今までのような慈悲は込められてはおらず、マストを見つめる視線は冷酷だ。そう、情を切り捨てた、非情に徹するように。
すると、
「………っ!? な、なんで? どうして僕が持ってる『空間遮断《エリア・ボーダー》』が発動しないんだ!?」
「簡単だ。俺が発動した魔術で無効化させたんだよ」
「無効化させる魔術………!? そんなのどの属性にも当てはまらない筈だし、聞いた事がない!」
手元にあったはずの『空間遮断《エリア・ボーダー》』だが、魔力を込めても起動しない事に焦りを覚えたマストはパニックになっている。だが、そんな彼を眺めるエーヤの心中は平然としている。まるで一切のさざ波が立つことの無い、平面鏡の水面のよう。
まさにそれは、『無』。
「ハ、ハハハ………! どうせハッタリだよ! どの属性にも該当しない魔術なんて存在しない訳がない! これが反応しなかったのもきっと不良品だったから――」
「本当に、そう思うか?」
「……ぁ………ッ!」
「薄々気付いているんじゃないか? 俺がただの魔術師じゃないって」
「そう、いえば………髪の色も、瞳も、全部黒じゃないか………っ!」
現実逃避をしようとしているマストにヒントを指し示すエーヤ。マストはわなわなと震えた声で眼を見張りながらこちらを指指さしている。それは何故今まで疑問に思わなかった故の驚愕か。
そもそもこの世界では属性が容姿に反映される。主に髪にその特徴が現れる事が多いが、その次は瞳の光彩に現れる場合がある。彩色はその属性によりまちまちで、髪と瞳の色が統一されるとは限らない。寧ろ異なるときの方が多いので大概の属性はその容姿で判断されるのだ。
その際に適正属性というものが発生する。一番の判断材料はやはり髪の色で、その次が瞳の色という具合だ。
最終的には本人が魔術を使用してみないとその属性が分からないというのは玉に瑕だが、中には魔術自体を使用できない者もいるのだ。その点に関しては本人の宿す才能も関係してくるのでどうしようもない。
閑話休題。
話が少しだけ逸れたが、エーヤはこれまでこの世界で暮らした中で気付いた点が一つだけある。それは自分と同じ黒髪黒眼を持つ人物に出会った事がないということだ。
これまで様々な場所へ行き沢山の人物を目にしてきたが、どれも自分と同じ特徴に当てはまらない事実に愕然としたのは今では良い思い出である。精々ブラウンカラーというべきか、栗毛色の髪をした人に出会った程度だろうか。ニアピンである。
未だ驚愕の表情を崩そうともしない様子のマストの態度にどこ吹く風と受け流すエーヤはふと気が付いたように声を上げる。
何処までも平淡で、のっぺりとした声音。そこに含まれる感情の起伏は見当たらない。
「あぁ、そういえばお前にはしっかりと自己紹介していなかったな」
「わ、わかんない。なんなんだよ………お前は一体、何者なんだ!!」
落ち着いた様子を見せるエーヤとは対称的に、恐怖の表情を浮かべながら胡乱げな目を向けるマスト。
モーティラン丘陵では名前だけ名乗ったので、エーヤ自身のことを平凡なただの魔力が多い魔術師と捉えたとしても仕方がない。
だが、それは間違いだ。何故なら、
―――何故なら、エーヤ・クリアノートという魔術師には二つ名が与えられているから。
「久しぶりに名乗ろうか、俺は―――」
さぁ、一歩を踏み出せ。ただ過去を振り返るだけの日々はもうおしまいだ。どちらにしろ、前に進むしか道がないのなら後悔のない歩みを―――!
「俺は無属性魔術師エーヤ・クリアノート。パーティ『永遠の色調』に所属していた第零階位だ。別名、『零の体現者』とも呼ばれていた」
そう言い切る声に何の淀みもなく、ただただエーヤの全身からは自信が漲っていた。
「俺の想像、篤と味わえよ?」
運命の歯車が今、加速する―――。
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