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『セントパール魔術学園~学園ダンジョン編~』
第32話『揺れ動く天秤』
しおりを挟むエリーは瞳を閉じながら優雅に紅茶を飲んでいる。カップを持つ手元が若干震えている気がしなくもない。
「で、さっきの貴方達は一体何をしようとしていたのかしら。私の目が確かならメアがエーヤさんに覆い被さって、せ……せっ…………いた筈だけれど! 何をしようとしていたのよっ!?」
「あー、それはだな………」
現在エーヤは先程のメアとの事でセイヴフィール公爵邸の数ある内の広い客室間にいた。全身の疲労感や違和感はまだ完全には抜けてはいないが、エーヤが休んでいた部屋からここまで然程距離は離れていなかった為、移動に負担は掛からなかった。
エーヤが座っている席からテーブルを挟んだ目の前にはエリーが顔を仄かに赤く染めながらティーカップを手に持って同じく椅子に座っている。その傍らには通常通りの微笑みを浮かべたメアが控えており、両手を前に組みながら瞳を閉じて佇んでいる。
言わずもがな煌びやかで豪奢な雰囲気に包まれた部屋だが、シャンデリアが照らす温白色の光は通常であれば暖かな気分にさせてくれるだろう。今ではそんな事を考える余裕などさっぱりないだろうが。
「まぁまぁ、そこまでお冠にならなくても良いではありませんか。男の子ですからそういった気分になられてもおかしくはありませんし、何よりお嬢様の恩人ですから私が対応しようと思ったのですよ?」
「その理屈が通るのならまずは私がするべきでしょう!?……………~~~っ、メアのばかぁーー!!」
「お嬢さま!?」
何も考えず咄嗟に言い放った己の言葉に一瞬にして茹で蛸のように赤くなるエリー。ソーサーの上に勢いよくカップを置いたと思ったら叫びながら客室間を出ていく。彼女と会話を始めて数分も満たない時間だった。その場に取り残されたエーヤとメアは共に呆気にとられたような表情を浮かべるが、沈黙を破ったのはメア。
「あらまぁ、お嬢さまも年頃のおませな女の子ですものねぇ」
「ん、どういう事なんだ?」
「……………これは、長く険しく道のりになりそうですね」
メアはエーヤの方をちらりと見やると嘆息し、エリーが出ていった方角を向きながら遠い目を行なう。肝心のエーヤはエリーの行動に未だ不思議そうな顔をしたまま。探索や戦闘の際には高い気配察知能力を有し発揮する彼だが、色恋沙汰にはいささか鈍感だった。
◇◆◇
(何よ何よ何よ、エーヤさんったらメアにあんなに鼻の下を伸ばして!)
あれからエリーは制服のまま屋敷を出ると首都外の森の中を走っていた。元々魔術を使えなくなってから密かに筋力トレーニングや走り込みなどを行なっていたエリーのスタミナの持続力は高い。更に言えばエーヤの指導により身体強化のコツを徐々に掴みかけている彼女は指導前と比べると格段に魔力操作が上手くなっていた。故に平地ではない森の中でも走るスピードは速い。
「私もあれから色々あって大変だったのに………!」
あの戦いから一週間。無属性魔術であるエーヤ・クリアノートと出会ってから少年が操る魔物の襲撃に至るまでの濃密な日々を過ごしたエリー・セイヴフィールには多くの変化があった。
母親の死後、魔術を発動出来ないという欠点を抱えていたエリーはそれが原因で魔術学園では無視やからかい、魔術の的といった所謂"いじめ"を受けていた。他にも友人や先輩後輩、教師までもが離れ人間関係が崩壊した事により精神的なダメージを受け、更には自分自身を責めて逃げ出した結果、不登校になった。
しかし、『光』の属性だけではあるが魔術を再び使用出来るようになった彼女はセンテパール魔術学園に再び通い始めた。
その変化を迎えた学園生活の様子は、また別の機会。
首都部を囲む外壁が完全に見えなくなり、碌に舗装されていない森の中を駆け抜けると一本の木を背にしながら座り込んで一息つく。走る速度やペースは変わりないというにも拘らず疲れた様子は見られない。エリーは顔を上げて木々の間から差す細かな光を見つめるとぽつりと呟く。
「でも彼と出会わなければ、きっと私は何が正しいのか分からず逃げ続けてた。『盾の守護者』である意味と、現実から」
これまでの自分の行動の何が正しくて何が間違っていたのか、きっとそんな考えなど無意味なのだろう。けれど、自らが掴み取った選択肢を経てここまで歩んで来た事は誰にも変える事の出来ない事実だ。それを実感出来るようになったのは自分だけの力じゃない。支えてくれた父母やメア、そして一人の青年のおかげ。
「………好き」
彼の姿を思い浮かべると自然に言葉に出た。体全体がじわじわと暖かくなる様な感覚を覚え、両手を包みながら胸をギュッと押さえる。
「私は、エーヤさんの事が好き」
今一度確認するように言葉にすると自然に口角が上がる。心の中がむず痒くなるが、今のこの行き場のない想いはとてもではないが消化出来るモノではなかった。
彼は決して容姿が優れている訳ではない。ダンジョンでの出会いも物語のように劇的なものではなかった。しかし、戦闘を行なう姿や自分を見捨てずに側にいてくれた以外に惹かれる魅力があったのは確かなのだ。
彼の過去にどんな出来事や事情があったのかは分からない。それでも、彼の側にいて見守りたいという想いが次第に強くなる。
だが、
(私は将来『盾の守護者』を引き継ぐ。けれどこのまま、守護者としての役割を果たす為にエリディアル王国に留まり続けなければいけないの………?)
その考えはエーヤに出会う前からずっと胸の中に燻っていた。そして彼に出会ってからはより一層燃え盛る。そんな思いを抱くようになったのは彼女の運命の分岐点である―――、
『魔人による母親の殺害』だ。
自信が魔術を発動出来なくなったきっかけ、と思っていたがあの空間での母親との再会により厳密には違うと知った。それでも幼いエリーにとって母の死は心に大きな傷跡を残す事となったのだ。
その原因となる魔人は未だ発見には至らなく、エリーにとって魔人という種が人間とどう違うのかは全く分からない。というのも、これまで目を背けていたからだ。
この世界に存在する魔人に関する資料・文献が少ないというのも理由の一つだが、『憎い』と思うと同時に『怖さ』が上回った。先代『盾の守護者』であり、冒険者としても屈指の実力を持った母を不意打ちとはいえ殺した。実際にその光景を見た訳ではないのだが、その執念と狡猾さに幼いながらも背筋が凍るような感覚を覚えたのは確かなのだ。
だからこれまで魔人を忌避し、恵まれた環境にも拘らずそれに関わる情報を集めようとは思わなかった。最後に触れた、母の冷たさも思い出すから。
「でも今は違う。どんな事があっても前に進むと、人々を守り抜く意思を貫き通すと決めた」
それが、あの空間で最後に誓った母への言葉。色々あったけど、心残りは無い。
抱いた覚悟を改めて言葉にするとエリーは両手で自らの頬をパンパンッと勢い良く叩き押さえる。衝撃でひりりとした痛みを覚えるが、気持ちは決まった。
「そうと決まったら『魔人』に関する情報を手に入れなきゃ。学園の図書室を調べる他にも、メアにも情報を集めるように伝えて………正直エーヤさんとのあの光景を見た以上頼みづらいけど、しょうがないっか………。お父様にも、守護者の事を聞きたいし」
これからの方針を口に出しながら整理する。少しでも多く母を殺した魔人の手がかりを掴み、行動する為に。
(でもそれに並行して………ううん、ほんの少しだけ優先しなくてはいけない事があるわ)
それは、彼女にとって全力で行わなければならない目下の課題。
「エーヤさんへのアプローチよ! 異性への免疫はあまりないけど、これからはどんどん頑張らなきゃ!」
力強く頷くと僅かに顔を赤くしながら拳を握る。彼女は守護者を志していても年頃の少女、どこをどう見てもその様子は恋する女の子だった。
すると、近くの茂みからガサガサと揺れる音が聞こえた。警戒を怠っていた訳ではないが、気が逸れていたエリーはすぐさま行動に移せるように意識をそちらに向ける。細心の注意を払い恐る恐る茂みの方へ向かって呼び掛けた。
「………誰なの?」
「う、ゔぅぅぅぅにぁぁぁぁぁぁぁ………………」
まるで地の底から這い出るような悍ましい声が聞こえた。次の瞬間にはその正体が露わになる。
「お、女の子………?」
身長が小柄でエリーよりも年齢がいくつか下という辺りだろうか。本来であればボブカットに整えられた艶のある赤髪なのだろうが、髪に絡まった木の葉や土のせいで現在ではその輝きは失われている。
注目するべきは身に纏う服装。所々に赤いラインが二本入った軍服のような黒いコートを着ているのだ。つい最近どこかで見た様なコートに思わず首を傾げ思い出そうとするが、目の前の人物の声に現実に引き戻される。
「………お」
「お?」
「………………お腹、すい、た」
どしゃん、と膝から力が抜けたように前のめりに顔面から倒れる少女。もし意識があれば痛みで悶絶するのは想像に難くないその様子は、エリーが一旦屋敷に連れ帰ろうと思うには十分だった。
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