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『セントパール魔術学園~学園ダンジョン編~』
第31話『グッドモーニング、見知らぬ天井』
しおりを挟む「―――! お…………エー……!」
「意識が……た…か?」
誰かが呼びかける声が聞こえる。周りの喧騒が少しだけ五月蠅い。瞼を閉じたまま意識せずに身動ぎをするが手足の感覚が鈍かった。というか、あまり力が入らない。
ここが何処かも分からぬままエーヤはゆっくりと意識を覚醒、静かに瞳を開ける。そこにあったのは、見知った白い天井に、超至近距離の相棒の顔。
「こ、こは………?」
「エーヤッ! ねぇねぇメア、エーヤが目覚めたんだよっ!」
「本当で御座いますねぇ。エーヤ様の身体に帰界化した状態のリル様から事情を御聞きした時にはとても驚きましたが、それから十日もお眠りになるとは思いませんでした」
セイヴフィール家のメイドであるメアの放つ"十日"という言葉にエーヤは思わず耳を疑う。自らの魔力を使い果たしたとはいえ、今までそんなに長く眠り続けたことはあっただろうか。今までの記憶の中を探ってみるも、せいぜい二、三日眠り続けたくらいで、十日というのは初めてだ。
そのように考えていると、エーヤのお腹から空腹による音が響く。僅かに感覚が戻っていないのか、自分が空腹だという事にも気が付くのが遅れた。呆けた頭で考えながらお腹に右手を押さえる。
柔らかな眼差しでメイドである女性がその様子に気が付くと、
「ひとまず目が覚めたばかりですからお腹もすいたことでしょう、何か体に優しい食べ物を持って参りますね」
「よろしくなんだよ! なんなら私も何か食べたいなー」
「うふふ、はい、畏まりました。お嬢さまではなく申し訳ありませんが、私が作った愛情たっぷりの料理をお持ちします」
優雅に一礼をしながら、"暫しお待ちを"という言葉を残しその場を去るメア。木製の扉が閉じるのを確認すると、エーヤはゆっくりとした動作で顔を窓の方へと向ける。ベッドの位置から然程離れていないが、そこからは温かな日差しが伺えた。同時に、清々しい蒼い空の色も。
未だ重苦しさが残る頭で状況を整理しようとするが纏まらず、ふわふわとした浮遊感の方が勝る。とにかく体を起こそうと全身に力を入れるが、やはりどうも起き上がるのが難しい。
「ねぇねぇ身体の調子は大丈夫? どこか違和感とかは無い?」
「あぁ、違和感ありまくりだよ。まるで自分の身体かってくらいバッキバキに節々が悲鳴を上げているところだ」
「筋肉痛だね。いま私がエーヤにダイブしたらどうなる?」
「やめろ」
両手の指をワキワキさせながら聞いてくるリルに対し、起き上がるのが難しいエーヤは冷や汗をかきながらそう返答するしかなかった。「ジョーダンなんだよ」とベッドの端に座り込むと柔らかな表情でエーヤの顔を見やる。
「でも無事で安心したんだよ。エーヤにとって"記憶"というのは力を振るう上で切っても切り離せない重要なモノ。喜びも、悲しみも………『思い出』も全部含めて貴方を象る」
「………ハハッ、どうしたんだよいきなり。んな心配しなくても問題ねぇよ。そりゃもう日本に居た頃の記憶は思い出せねぇけど、俺にとっては今が何よりも大切だからな」
「…………………」
「ま、いずれにしても今回のことで俺は、俺の気が付かない何かの記憶を失った。でもそれがどうした。俺にはお前が、仲間がいる。その想いまでは無くせねぇよ」
「………うん、そうなんだよ。そのとーりなんだよ! だからね―――」
リルはにこりと笑みを深めると一瞬だけ間を空けて言葉を続ける。
「私が、守るんだよ。どんな記憶を無くそうとも、どんな困難から打ちひしがれても、私が」
「お前らしくないな。いってて……頼りにしているに決まってんだろ? なんてったって俺の相棒なんだから」
「わぷっ………んふふ、どーんと任せて欲しいんだよ。なんてったって、頼りになる・チョーゼツ・カワイイ! 幼女精霊なんだからね!」
頭を撫でられながらも白い歯を見せながらニカッと笑みを浮かべるリル。小さな容姿ながらもその身に秘めるのは大きな強い意志。出会ったのはこの世界であれど、積み重なった信頼の証が確かにそこにあった。
パッとその手から離れると、
「よーし、シリアスシーンはもうおしまいなんだよー! さぁエーヤ、今わたしがしたいことといえば何かわかる―? ヒント1、エーヤが目覚めた」
「ちょっと待って、唐突な話の切り替えに起きたばかりの俺は対応しきれないんだけど。なんでそんなに何かを企んでいるような嫌な笑みを浮かべてんの? そして手をワキワキさせながらなんで滲み寄って来るの!?」
「ふっふっふー、さっきはまだそのタイミングじゃないなーって思って諦めたけれどもエーヤも考えが甘いね! さっきは『ジョーダン』だって言ったけれども―――誰がやらないなんて言ったんだよ? ヒント2、エーヤは今動けない」
「ちょ、まっ……! それ最後のヒントが無くても分かっ—――! ギャァァァァ!!」
しばらくして温かいスープとおかゆを運んできたメアが見たのは、白目を剥いたエーヤに何度も飛び掛かるリルという不思議な光景だった。
◇◆◇
リルからの攻撃(?)により意識を失ったエーヤが目覚めたのは、それから時計の長針が二週周った後。もう少しで正午に差し掛かる時間だった。
目覚めるまでまで青年をずっと見守っていたリルは先の戦闘から疲労が溜まっていたのか帰界化している。エーヤは身体の鈍さや痛みに顔を顰めながらも、なんとかスプーンを手に持ちながらおかゆを口に入れていた。一週間も意識を失っていたという事もあり、食べ物を口にしても咀嚼出来るかどうか不安であったが、自称スーパーメイドはそこまで考慮した上でこの食事を持ってきたようだった。感心すると同時にこの優しい味に頬を綻ばせる。
「エーヤ様、私を誰だと思っているのですか。由緒あるセイヴフィール家で長年勤めているこのメアですよ? "自称"などではなく、自他共に認めるスーパーメイドに決まっているじゃないですか」
「あれ、心を読んでる!?」
「顔に書いてありましたよ。他にも『げっへへ、凄腕スーパーメイドの作ったかゆうま。あースカートの下にある瑞瑞しい美脚をすーは―すーは―してぺろぺろして頬擦りしてぇなぁ』とも書いてありますね。うわぁ、お嬢様の恩人とはいえ流石にここまで下心丸出しだと引きますねぇ………」
「そんな変態染みた事考えるか!!」
一歩引いたような笑みから一転、「あらあら」と頬に手を当てながら朗らかな笑みを浮かべる。そのやり取りに若干疲労感を感じない訳でもないのだが、何故だか嫌ではないのが不思議だ。
現在メアはというとエーヤの側で椅子に座りながらリンゴを剥いているのだが、その技術が凄い。
「というかリンゴを剥くというよりは寧ろ芸術を創作しているよな。ラビットの形に剥くのは分かるけど花とか、どんだけ手先が器用なんだよ………」
「うふふっ、ナイフの扱いは得意なんですよー。一度夢中になってしまうととことん拘りたいタイプでしてね。ほら、綺麗じゃないですか?」
そういって彼女は花の形に模したリンゴをエーヤに見せる。赤と白のコントラストが何重にも薄く細かく連なる花弁に美しく現れているのは、食べてしまうのが勿体無いほどの芸術品のよう。エーヤは肯定の返事をしながら再びスプーンでおかゆを掬い口に入れようとするも、腕に一瞬だけ電撃が走ったようにも似た痛みがありスプーンと共に零してしまう。
「ぐ………っ、ぁ、すまん……。やっぱりまだ本調子じゃないみたいだ」
「あらあら、汚した事なんて気にしなくても大丈夫ですよ。そのままじっとしてて下さいな」
ベッドに近寄るとメアは優し気な手つきでおかゆの白濁とした液体を準備していたおしぼりで拭き取る。ふわりとしたラベンダーのような香りが鼻を掠めて思わずメアの横顔を見つめるがその表情は変わらない。彼女が何度も何度も擦るが中々その染みは取れず残り続けたまま。
「んー、やっぱり中々取れませんねぇ。とろとろしている分しぶといです。これは私のメイド魂が燃え盛りますねぇ」
「ちょっ、ちょっと待とう………! そこを熱心に拭かれると色々困るというか危ないというかなんていうかっ」
「ん~? なにをそんなに取り乱しているのですか? 私はただ後処理をしているだけで何の他意もありませんよ?」
布団越しに下腹部に掛かる圧力や彼女の色香を間近に感じながらエーヤは思わずどぎまぎする。メアの近くだとはっきりと分かる顔の小ささや色白のきめ細かい肌。目覚めたばかりで反応が鈍いといえども、そういった免疫がほとんど無いエーヤに反応するなという方が無理な話だろう。
エーヤは僅かに頬を赤く染めながら顔と視線をメアから逸らすのだが、そんな面白い反応を見逃す彼女でもない。
「あらあらまぁまぁ、顔が赤いですよぉ? もしかして熱でもあるのでしょうか。少しだけ失礼しますね………んっ」
「――――――」
少しだけひんやりとした滑らかな手で自身の前髪を搔き上げたと思いきや、エーヤにも同様な事を行ない、突如互いの額をくっつける。メアのいきなりの行動で反応出来なかったエーヤはもはや固まるしかなかった。眼を見開いた状態で硬直し、彼女の為すがままになっている彼の思考はうまく纏まらず。
親切心で身体の変化を確認してくれたのだという事は理解出来る。しかし、ただそれだけ。
「うぅん、熱は無いようですねぇ………。となると、戦闘中に蓄積した熱が急にぶり返し、身体の変化として現れたという可能性も無きにしも非ず、ですね。あぁ、これは大変です。一刻も早く、早急に、なんとしてでも、セイヴフィール家に仕えるメイドとしてエリーお嬢様の恩人ともいえるエーヤ様の熱を鎮めなければいけません」
「はぅ………ん……っ」
メアは青年から額を離すと饒舌に言葉を続けるが、互いの身体の距離の近さは変わらず。加えて、エーヤに身を寄せるように片手を彼の胸元に添えるとその手は艶めかしく蠢くように這う。
目を細めながら嬌艶な微笑を浮かべると、彼女は青年の首元に近付いた。僅かに感じる吐息の仄かな熱が尾を引く。
「貴方はエリーお嬢様を、ひいてはこの王国を襲う脅威から救ってくれた恩人以上の存在です。ここで『欲』に駆られたとしても不思議ではありませんし、私の伝手を利用して『本職』の方を今すぐここに呼び寄せる事も可能です。―――しかし、どうやらエーヤ様は先程から今もずっと『反応』されていらっしゃるご様子―――んっ」
暑い吐息をエーヤの首元に当て、赤くざらついた艶めかしい舌で首筋をひと舐めすると、自然な様子でそのまま耳へ口元を寄せる。
「良いですよ。―――私を、ご所望ですか?」
返事は必要ないとばかりにそのままエーヤに覆い被さろうとするが―――、
「エーヤさんが目を覚ましたって本当な…の………」
ドアをノックもせずに大きな音を立てながらとある少女が息を切らして入室してくる。
制服姿のその娘は言葉尻を濁しながらもその視線を一点に集中していた。時が止まったかのように固まっていた彼女だが、しばらくすると目が据わっていき徐々に怒気が膨れ上がっている事を読み取るが、言葉に出来ない。
「………へぇ。どういうことか、明確な理由も含めて説明してくれるのよね?」
「は、ははは…………」
暗に『説明しろ』と有無を言わさぬように自らのメイドに呼び掛けているのか、それとも青年に尋ねているのか。よく分からず、エーヤは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
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