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『セントパール魔術学園~学園ダンジョン編~』

第45話『セントパール魔術学園』⑦

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◇◆◇


「みなさん、申し訳ありませんが緊急時により闘技場アリーナの使用は中止です。只今から点検を行いますので速やかに退場して下さい。明日まで闘技場アリーナの立ち入りは禁止とします」


 闘技場アリーナへ着くとフランシーヌ学園長は拡声器を用いてその場にいた学生たちへと伝える。その内容を聞いた学生たちは学園長による急な話に訝しげな表情を向けるが、彼女の背後に五大公爵家の面々やエリー、見かけないコートを羽織った赤髪の少女が控えていたことによりその指示に素直に従う。

 立ち去る際に若干の喧騒に包まれるが、そもそも事前連絡も無かったのでそれも仕方がないのだろう。


「………これって点検っていう事にするの?」
「あー、多分万が一に発生する二次被害を防ぐためじゃないかな。私たちも一回しか行った時が無いからうまく説明できないんだけど………なにか、ママはあのダンジョンの危険性を感じ取ってた。私含め、エリーとアイツらの親の世代が何て呼ばれていたのかはエリーも良く知っているでしょ?」
「"黄金世代"、ね………」


 かつてエリーたちの親の世代は、学園史上最も優秀な功績と成績を残したとして"黄金世代"と呼ばれていた。エリディアル王国を襲撃した真龍を討伐、遠征の中でいきなり出現したダンジョンを勢いで踏破したりなどといった具合の滅茶苦茶さ。
 ―――正直、今代であるエリーたちは実力もなにも足元にも及ばないと、彼女自身最も痛烈に感じている。

 その中の一人であるフランシーヌがあのダンジョンを危険だと断言したのだったら十分説得力があるだろう。


「私も頑張らなきゃ………」
「え?」
「ううん、なんでもない!」


 エリーは笑みを浮かべる。母を超える「盾の守護者」になるという目標を掲げ、以前のように誰かの強さに羨んだり嫉妬せず、自分が歩む道を一歩一歩確実に進んでいこうと決めたから。
 リーゼは突然笑みを浮かべながら前を向くエリーの様子に疑問を浮かべるが、深くは気にしなかった。


「ね、ねぇエリー、それはそうといつあの娘と出会ったのよっ」
「………リフィアちゃんの事? いつもなにもさっき言ってた通り昨日初めて森の中で会ったわよ。そのときは彼女が『永遠の色調カラーズネスト』のメンバーなんて全く知らなかったわ」
「『永遠の色調カラーズネスト』の似顔絵は新聞とか肖像画で見たときがあったけど、あれは絵師が悪いわね。現実の方がよっぽどカワイイじゃない。でも衝撃だったのはリフィアちゃんだいぶ個性的な娘よね、やっぱり他のメンバーもその通りなのかしら………?」
「あはは、どうなんだろう………?」

 
 もう一人所属していたメンバーを知っているが、彼はリーゼが言う程そこまで個性的な印象ではなかったため誤魔化す。先頭にいる学園長の側にいるリフィアの様子を確認すると彼女は瞳をキラキラとさせながら周囲を見渡していた。
 あの後リーゼはリフィアに声を掛けると雰囲気や気性が合うところがあった為かすぐに打ち解けた。直後、学園内に出現したダンジョンに行ってみようという事でリフィアが提案し、今は闘技場アリーナに立っている。もちろんランカたちも一緒だ。


「というかリーゼ、魔術舞闘技祭まじゅつぶとうぎさいがあるなんて初めて聞いたんだけど」
「あはは~………ごっめ~ん、ママから伝えるように言われてたけど忘れてた、テヘ☆」


 リーゼは片目を閉じながらペロッと舌を出すとエリーに手を合わせるようにして謝る。今まで黙っていたことに若干責めるようにして親友をじとっと見つめるエリーだが、今までもこういう事があったのでその明るさに懐かしく思いながら肩をすくめる。

 リフィアがしばらく学生生活を送ることに驚いたのは事実だが、エリーにとっては魔術舞闘技祭まじゅつぶとうぎさいが開催されるという知らせが一番衝撃的だった。

 三年前までは毎年開催されていた学園内の一大イベントだったのだが、王国関係者であり学園卒業者であったエリーの母、アンジェリカが自国内の大臣と協力関係にあった魔族によって殺害されたという事もあり、学園内全てのイベントは自粛。それには大勢の観客が招かれる魔術舞闘技祭まじゅつぶとうぎさいも含まれる。
 少なくともエリーたちが卒業するまでは開催されない筈だったのだが、話を聞くとどうやら最近王国上層部内でそろそろ解禁しても良いのではないかという議題が出たとの事。賛成意見が多数あり、急遽きゅうきょ開催される事になったようだ。それも、一か月後にだ。

 父であるグランが忙しそうにしていたのは恐らくこのことに関係していたのだろうと納得するが、同時に気に掛かることを言っていた事を思い出すエリー。


(私やエーヤさんにも関係するって言ってたけど、なんなのかしら………?)


 魔術学園に在籍するエリーならばともかく、エーヤは全く関係が無い。心中で疑問に思うエリーだったが、リーゼから言葉が続く。


「あ、それと今回は外部の方から指導しに来てくれるヒトがいるみたいだよ! 冒険者ギルド、清聖祈教会セイントクロイツ、王国騎士団から二人ずつで………あとこれはホントかどうか怪しいんだけど、国王直属の粛清部隊から一人が来るらしいんだ。人柄にも問題無くて実力や指導力がある人が選考されるっぽいから楽しみだよねぇー!」
「へ、へぇー、そうなんだぁ………」
「………? なんかエリー歯切れ悪くない?」


 不自然に目を逸らすエリーの様子にリーゼは首を傾げるが、彼女の心中などリーゼが知る由もないだろう。
 先日の父の言葉もあり、冒険者であるエーヤの姿がエリーの脳裏に過ぎるのだがどうしても打ち消そうにも打ち消せない。それどころかその可能性が色濃く浮き出た瞬間だった。


(ダメダメ、これが"フラグ"っていうのね。ふと思った事でも現実になるっていう魔術的な言葉、気を付けなきゃ)


 エーヤと共に暮らすリルから教えて貰った知らない言葉。先程までの考えを頭の中から振り払い「き、気のせいよ、どんな人が来るのか楽しみね」とエリーがリーゼに伝えるとその怪訝な顔を直視出来なくて前を向いた。

 次第に闘技場アリーナにいた学生たちが退出していく。ついにダンジョンが出現したという用具室の一室に向かうと思われたが―――、


「………そうですね、ダンジョンに行く前にみなさん疑問に思っているのではないですか?―――彼女が、本当に実力を取り戻したのかと」
「………………」


 フランシーヌの視線がエリーに向けられると同時にその場にいる全員がエリーへ振り向く。内心、きたか、と僅かに身構えるが、それはこの学園に再び通う事にすると決意した時から想定済み。その言葉が示す真意はただ一つ。


「魔術を、みんなの前で発動して見せれば良いのですか?」
「いえ、それだけではエリーさんにとってつまらないでしょう。せっかくリフィアさんがいらっしゃいますし、こう見えて彼らもエリーさんが学園から去ってから大分実力を上げました。上級魔術の他にも特殊魔術オリジナルも習得しましたし」
「っ、特殊魔術オリジナルまでも………!」


 エリーは目を見開きながら驚嘆の声を上げる。初級から上級の魔術ならともかく、特殊魔術オリジナルを構築するには素質はもちろん、魔術発動の工程プロセスを把握し、魔術陣を自分で組み立てなければいけない。初級から上級魔術は詠唱のみで発動可能となっているが、それらの魔術と違い特殊魔術オリジナルはそれらの基本魔術の下地が完璧でないといけないので魔術師の中でも難易度は高い。
 中には魔術への理解が浅くても感覚的に魔術を組み立ててしまい、偶然発動してしまう者もいるがそれは極僅かの一握り。実を言うとこの場の人間の中ではエリーもその中の一人だった。

 彼女ら五大公爵家は代々親から子に特殊魔術やある力・・・を伝える『継承』という形もあるのだが、その魔術の威力は地形を変形してしまうほど威力が高い。エリーは一度見たきりだが、広範囲の魔物を一気に屠るほどの物。
 その分魔力を多く消費してしまうので、簡単に会得出来るものではない。


「なので、決闘、という形式はいかがでしょうか?」
「決闘………」
「エリーさんと、彼らの中から一人を選出し選ばれた者がエリーさんと戦う。魔術はもちろん、武器の使用も任意で可能です。制限時間は通常の決闘と同様に十分間。審判は学園長である私が行ないますが、相手が重症や気絶といった戦闘不能に陥った場合でも戦闘を行なうのならば私が介入し、その方は負けとします。この条件でどうですか?」
「ぉもしろそぅだねぇ、ウチもエリっちの実力は気になるかなぁ。気ままに見てるからじゅぅにドンパチやっちゃってぇー☆」


 無邪気な笑みを浮かべながら闘技場アリーナの壁に寄り掛かる。このままエリーがこの中の誰かと決闘するのを傍観するつもりなのだろう。

 魔術が使えなくなってからのエリーにとって、決闘というのは自らの無力さをまざまざと突きつけられる瞬間に他ならなかった。
 しかし様々な経験を経た現在では、ここまで至る為の道だと思えば不思議と悪いことでは無かったと感じているのも確か。エリーは覚悟を決めてフランシーヌへ双眸を向ける。


「わかりました。決闘は久々ですが、自分の今持てる力を全力で相手に振るいます」
「ありがとうございます。それでエリーさんの決闘の相手ですが―――」
「オレがやるぜ。ちょうど身体を動かしてぇと思っていたところだ」


 そういってエリーの前に立ちはだかるのはグレンだが、その表情には僅かに苛立ちが見えた。恐らくだがリフィアとのやりとりがまだ尾を引いているのだろう。
 フランシーヌはそんな彼の様子に一瞬だけ目を細めるが、この場にいる全員に確認を行なう。


「と、言う事ですが何か異論はありますか? なければこのままグレンさんという事に決まりますが」
「―――私も、その決闘に立候補致しますわ」
「ランカさんも………はい。ではあまり時間も掛けられないので二人ですね。二人の内、どちらがエリーさんと決闘するという事なのですが―――」
「私は、二人一緒でも構いません」


 グレンの後にランカがエリーとの決闘に立候補したのは意外であったが、さほど驚くほどの事では無かった。むしろエリーとの決闘を行なうのならば、彼女がその意思を示さないなどおかしいと思う程。現在時点の二人の実力は不明だが少なくとも上級魔術や特殊魔術オリジナルを習得したという事なので以前よりも強くなったのは確実。
 そんな彼らに挑みたいという気持ちはエリーが前に進み出したという証に他ならない。



「舐めやがって………!」
「………………」


 二人はエリーの言葉を聞いて表情を険しくする。フランシーヌはじっとエリーの紫紺の瞳を見つめるが、その奥に覚悟が秘められているのを見抜いたのか息を吐きながら了承の旨を伝えた。
 

「っ、ママ!!」
「黙りなさいリーゼリット。貴方が口出しするのはお門違いですし、なにより彼女の決意を踏みにじる行為ですよ」
「く………っ!」


 リーゼは鋭く向けられた視線とその言葉に顔を歪めるとエリーを心配そうに見つめた。エリーを想う娘のことを気にも留めずフランシーヌは彼女らへ視線を向ける。


「それでは決まりましたね、ではそれぞれ位置について下さい。決闘を―――始めましょう」


 その言葉を皮切りに三人は無言で闘技場アリーナの中心へと歩き出した。
 



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