85 / 98
第三幕 天使との距離
回想⑩ ~喪失~
しおりを挟む『結衣さ…………っ!』
『――――――!』
あの時の感覚は今でも覚えている。まるでその一部だけ僕の視界が切り取られたかのようなスローモーションだったよ。
このままじゃ結衣さんが階段から落ちる、と驚いた僕は目を見開きながらすぐに手を伸ばした。彼女も、手を伸ばしていた。
でも僕は、彼女の手を握る瞬間、教室で彼女が言った言葉が頭を過ぎったんだ。
"―――痛い……っ! はな、して……っ!"
痛いと言っていた。離してと言っていた。恐怖や怯えの感情で顔を歪めて、そう僕に必死に訴えていたんだ。
……途端に、触れることに怖くなった。
僕は結衣さんが懸命に伸ばした小さな手を、掴めなかったんだ。
そして、そのまま―――。
『――――――』
『………………!』
僕は呆然としながら結衣さんが勢い良く階段から転落するさまを見降ろしていた。額から血を出して苦痛に満ちた表情で横たわる姿がとてもよく印象に残ってる。
手を伸ばしたまま、僕は何も考えられなかった。途端に体が冷たくなって、視界が揺れて……。身体全体の力が抜けて僕が床に座り込んだその瞬間、隣で喉の奥から洩れ出すような小さな笑い声がした。
『ハハ……ッ!』
『――――――』
紅羽さんは瞳の奥に昏い光を宿しながら口元を歪ませていた。結衣さんが階段から転落したというのに。
僕はそこでようやく理解したんだ。
どうして紅羽さんが僕らを引き剥がそうとするときに僕の方に力を入れていなかったのか。
結衣さんが嫌いだった彼女は、階段とこの状況を利用しようと結衣さんの方にわざと力を入れていたんだ。
その勢いも相まり、頭に強い衝撃を負ったから結衣さんは意識を失っていたんだろうね。
………………。
紅羽さんは僕が見ていることに気が付くと、唇をキュッと結んだ。すぐに大きく息を吸うと、いきなり大声で叫び出したんだ。
『―――キャーーーッ!!! 結衣ッ! 結衣、大丈夫なのっ!?』
『…………!?』
何が何だか分からなかった。階段の下に転落した結衣さんの元へ紅羽さんが急いで駆け寄る姿を、僕はぼうっと見送るしかなかった。
紅羽さんの叫び声が教室まで届いたのか、しばらく経たない内に光輝や勲がやって来た。
『おい来人、さっき紅羽の声が聞こえたがいったいどうし……ッ!』
『結、衣……?』
彼等は僕の方まで近づくと、二人の目線の先には階段の下で頭から血を流しながら横たわっている結衣さんの姿と、その側で心配そうどうすればいいのか分からないフリをしている紅羽さんを見ていた。
二人もいきなり過ぎて、一体どういう状況なのか把握出来なかったんだろうね。
紅羽さんは光輝達が来たことに気が付いたのか、怯えの感情を滲ませながら声をあげた。
『こ、光輝……っ、勲……っ! 結衣が……っ、結衣が来人と揉み合っている内に階段から落ちたのぉ!!』
『『なっ……!?』』
『ウ、ウチは止めようとしたんだけど……っ。止められなくて……っ!』
『――――――』
紅羽さんがそう言い放つと、誰かが座り込んでいた僕の胸倉をいきなり掴んで、立ち上がらせた。
それは、怒りに表情を歪ませた光輝だった。
『来人テメェ!! テメェのせいで結衣が……っ、結衣がっ!!』
『ぶっ……、がふ……っ!』
『ち、くしょう……っ! お前なんて、お前なんていなければ良かったんだ!! 俺らのグループに居たことが間違いだったんだ!! お前と結衣が出会わなければ、こんな事にはならなかったんだよッ!!!』
『……ッ、……っ! ……っ、…………』
『もうそれ以上、止めろ、光輝』
勲が止めるまで光輝は僕を殴り続けた。結衣さんの手を掴めなかった僕に彼へ抵抗する気になんて、どうしてもなれなかった。
『勲……っ! でも……っ!!』
『……今は、結衣のことが、先だろう』
『…………ッ! クソッ!!』
光輝は僕を突き放すと、僕は床に倒れ込んだ。目だけを動かすと、床に横たわった結衣さんの周りには、いつの間にか他の生徒や教師が集まっていた。
心配な声をあげる多くの生徒や、救急車を呼ぶように同じ先生に大声で伝える教師。
心配そうに大勢に囲まれている結衣さんと、たった一人ぼっちの僕。
何も考えられなかったけど不思議と涙が出て―――僕はそのまま気を失った。
……うん、そうだよ風花さん。これが僕のトラウマの原因。僕が女の子に触れるのが苦手になったきっかけだよ。
その日から、僕には"親友"がいなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている
甘酢ニノ
恋愛
クラス一の美少女・強羅ひまりには、誰にも言えない秘密がある。
実は“売れない地下アイドル”として活動しているのだ。
偶然その正体を知ってしまったのは、無愛想で怖がられがちな同級生・兎山類。
けれど彼は、泣いていたひまりをそっと励ましたことも忘れていて……。
不器用な彼女の願いを胸に、類はひまりの“支え役”になっていく。
真面目で不器用なアイドルと、寡黙だけど優しい少年が紡ぐ、
少し切なくて甘い青春ラブコメ。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる