自由の帝国

鋳原 棗

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最悪の出会いとは

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 一度だけ、ガルティアに行ったことがある。私が幼いときに、ローンギルドのメンバーと一緒に。そこでちらりと見えた女性。シーラのように女性は働いていないようだった。その女性は真っ白な腕をしていた。日常的に日に当たらないのだろうか。でも、それはこのギルドでは違う。そう思う。 

 高温の熱でかさついている素肌。それをさすりながら、温度が上がっていく釜の炎を見つめる。もうすぐ二千度を超える。そうしたらナイフ制作に取りかかろう。貰ってきた原石を入れた器を釜の中に入れる。そうして溶かして、不純物を取り除かないと。 

あの朝食の後、アドのところに行き、鉱石が保存されている倉庫の中で要望書を突き合わせて、その通りにできそうなものを貰ってきた。ならば後は使用者の要望が満たせるように私が加工するだけのこと。彼の瞳に見出されたのだから、その秘められた価値というものは十二分にある。だったら私がそれを引き出す。ローンギルドのナイフ作成担当の一人として、そうあらねばならない。 

「さん、に、いち。よし!」 

準備していた器を放り込む。まずは不純物の処理から始めて、成形まで持って行けたらいい。一度、その姿を失わせる。その形をとろかして、人から希望される形の中に沿うようにしていかなければならない。私はそれを強いている。たとえそれが人ではないものに対してだとしても。けれど、私は総じて暴君へとその身を落とすわけではない。そのもの自身に合うように、また、利用される無機物にも沿うように。それが私の腕の見せ所。遙か遠くの先祖から生じた能力は、今でも私を助けている。 

そう、集中していたら、扉が強く蹴られる音がした。ここでは炉に関してのことがあるから、扉も鉄製で作られている。だとしても、少々乱暴な気がする。一体、誰…… 

「そこにいるんでしょう! エルバ、この扉開けなさい!」 

テレジアさんだった。何か用、なのだろう。そうじゃなきゃ、テレジアさんはここまで来ない。急いで、早急の処理を終えて、扉の方に向かう。気付いていると声はかけたものの、扉を蹴る音の方が大きくて聞こえていないんじゃないだろうか。扉を開けば、テレジアさんの整えられた手が、私の両頬をつまむ。 

「あなたといい、サリデニアといい……なんでこう昼の時間だっていってんのにこないの? 放送聞こえてないわけ?」 

「へれひあはん……いはいへふ」 

「とにかく、さっさと作業切り上げて食堂に来なさい。急ぎのものでもないのでしょう?」 

 そういえば、もうそんな時間なのだっけ? あるいは、ギルドマスターの会合の関係で少し昼食の時間が早まったのかもしれない。わからないけれど、とにかく昼の時間らしい。テレジアさんがここまで怒っているということはもう何回も呼ばれた後のことなのだろうか。 

「それは、まぁそうですね。サリはちゃんと来たんですか?」 

「エリスが声をかけに行ったから……なんとかなっていると思いたいわ」 

「なっているといいです……」 

 ね。なんて続けようとしたけれど、別の部屋から聞こえた金属が硬い床に当たる高い大きな音によって阻まれた。それは確かにサリデニアの部屋がある方で。みんなが昼だと集まってるこの時間に大きな音を立てるのは、サリデニアとエリスさんが乱闘騒ぎでも起こしたのかもしれない。それを聞いてテレジアさんはため息と共にこめかみを押さえた。また悩みの種が一つ増えたのか苦労する予感でもしたのか、それとも増えたのは胃痛なのか。もう一度深いため息をついて食堂とは反対方向、サリデニアの部屋がある方へ足を向けた。 

「とにかく、サリデニアはなんとしてでも食堂にはつれていくわ。ガスにそう報告しておいて」 

「わかりました。あの、エリグビーだけは使わないであげてくださいね」 

 今は、テレジアさんは外套を身につけていない、が。いつものように横のベルトにつっこまれた小型の拳銃が見える。作り手によってエリグビーと名のついているものの、もうそれが作られるようになって随分経つ。けれど、テレジアさんは最近の銃ではなく、少し前の時代のものを使っている。聞けば、昔の銃の方が構造が簡単で手入れしやすいからだとか。 

「もちろん。ギルド内で傷害沙汰なんて嫌だもの」 

 テレジアさんはそう言って、別れた。早く食堂に行って、料理長であるガスさんにサリデニアは遅れてくるから昼食とっておいてって言わないと。というより自分も早く行かなくては。昼食は時間ぴったりに行かなければならない訳ではないけれど、それでも、ギルドメンバーと話す良い機会だし、ギルドマスターから何か追加で言われるかもしれない。でも今日は仕事もまだ終わっていない事だし、早く食べ終わって仕事の続きしないと。 

 そう思って少し急ぎ足で食堂に向かう。昼食の時間から結構な時間が過ぎているからか、もう人はまばらにしかいなかった。みんな食事を終えて、午後の仕事に取りかかったらしい。 

「エルバ、また集中していたのか? テレジアとサリデニアと……それからエリスはどうした」 

 床に擦りそうな銀色の髪。白シャツと、紺のパンツという料理をしている食事係でそろえた服装。違いとしてとれるものは、そのシャツの首元に巻かれた真っ赤なルージュ色のタイ。口悪くそう聞いてくるのは、この食事係でも上の立場にいるガス・タルスモアさんだ。 

「ガスさん。ぇーっと……サリデニアはエリスさんとちょっとたぶん乱闘してて、それをテレジアさんが止めに行きました。なんとしてでも食堂には連れて行くって言っていたので、たぶん来ると思います」 

「そうか。まぁ、あいつの性格を考えれば仕方のないことか。ほらよ、昼食。まだ仕事残ってるんだろ?」 

 納得したような、少し呆れているような。サリデニアのことは仕方ないとは思うけれど、心配はしてくれているのだろう。差し出されたトレーの上には一人分の食事。それを受け取って、手短な席に座る。そうして、食べ始めた。 

 サリデニアは集中すると周りが見えなくなる。けれど、単純に声をかけてこちらに意識を向かせればいいのかと言われるとそうでもないところが難点だ。彼は目の前のものに集中してしまうから、何かしらの方法でサリデニアに自分がいることを認知させないと彼の意識は向かない。集中しているから声をかけても反応しない。だからこちらに意識を向かせるためには、なにがしかの方法で彼の作業を妨害しなければならない。これが問題だ。 

 彼の作業を中断させるということは、彼にとって攻撃されたととって差し支えのないものだ。だからこそ、彼は手がかかる。あの大きな音も、エリスさんがサリデニアの意識をこちらに向かせようとして起こした行動なのではないだろうか。それとも、サリデニアからの反撃であの音が出たという可能性もなきにしもあらずなのだけれど。また縛られてここにくるのだろうか。 

「……はぁ……これ、よろしくー」 

 食事も半分が終わったときに、疲れた顔をしながら、エリスさんが小脇に意識を失っているサリデニアを抱えて入ってきた。テレジアさんはどこに行ったのだろうか。また誰かに、ダメージを受けたであろうサリデニアの部屋の修復を頼みに行ったのかもしれない。 

「……あ、そうだエルちゃん」 

私の近くに縛られたままのサリデニアを下ろして、エリスさんは何かを思いついたようにこちらを向いた。何か私に要件があるらしい。それとも、誰かに言伝でも頼まれたのだろうか。 

「これは個人的なお願いになるんだけど。ちょっとこれ、食事終わってからでいいから取りに行ってくれる?」 

 ひらりと目の前にメモが差し出される。そこには、外に備蓄してある資材の名前と個数が記されていた。でもこれは、エリスさんの筆跡ではない。他の誰かのものだろうか? 誰かに持ってくるように頼まれた、とか? この筆跡は、誰のだったかな。 

「本当は、カッツァがやる案件なのよね。それの手伝いに……ほら、最近入った男の子も使ってさ」 

「クラリア、ですよね。何かあったんですか?」 

 幼馴染みの一人であるカッツァ・キドとクラリア・アンディラは確か刃物部門の下請けというか、資材の運搬だったり何だったりの手伝いをしているはずだ。そうなると、カッツァが頼まれたのは、この書かれた資材を持ってくること、なのに何か頼まれごとをされてできなくなってしまったのだろう。 

「そうそう、そのクラリアくん。……カッツァがテレジアさんから、サリの部屋の修復頼まれちゃったみたいで。新入りのその子は別の紙をもう始めてるから、先に行ってると思う。頼まれてくれる?」 

「わかりました。いつもの場所でいいですよね? 持って行くのは」 

 エリスさんから、紙を受け取る。そうそうよろしくね~、なんていう軽い言葉と共にエリスさんは足早に去って行く。エリスさんにも、何か仕事があるらしかった。でも、このギルドには、仕事のない人間なんていないのかもしれない。お休みであったとしてもそれなりに活動しているみたいだし……お休みだからこそ、忙しくしている人もいるくらいだし。 

「……縄くらい、ほどいていきゃ良いのに……なんだ、また仕事押しつけられたのか? 無理するなよ」 

 サリデニア用の食事をのせて持ってきたガスさん。長椅子の上に転がされたサリデニアの少し離れたところに食事を置き、私の持っている紙を見てそう言う。 

「押しつけられた訳じゃなくて、私が引き受けただけですよ。サリデニアは、起きてからでいいと思います。誰が沈めたかはわからないけれど……また何かあったら困りますから」 

 目を覚まして、すぐにこちらを認識するのかはわからないし、また暴れるかもしれない。手早く食事を終えて、立ち上がった。仕事を頼まれたのなら、できる限り早くこなさないと。 

「それもそうか。後はこっちでやっておく。はよ行け」 

「はい。ありがとうございます、ガスさん」 

 ひらひらと手を振って私を追いやるような仕草をするガスさん。口は悪いけど、悪いやつじゃないから。連れてきたテレジアさんがガスさんを私たちに紹介するときに彼のことをそう言っていたのを思い出す。テレジアさんは私の母親と同年代らしくて、結構このギルドでも古参メンバーとして名を連ねている。そのテレジアさんが連れてきたのがガスさんだった。テレジアさんはなんだかんだ世話焼きだから、きっとガスさんの事が放っておけなかったんだろうと思う。どこから連れてきたのかはわからない。でも、世話を焼いてくれたり、心配してくれたりと悪い人ではないと私も思う。 

 紙を持って、とりあえず自分の部屋へ。しばらく作業に戻れないから火の始末をしておかないと。材料だっていくらでも手に入るわけじゃないからね。火の始末を簡単に済ませて、紙を片手に廊下を進む。 

「あ! エルバ!」 

そう声をかけられて後ろを振り向く。抱えている布の塔から、こちらを見えているのかいないのか。こちらに声をかけてきたのだから見えているのだろうか。だとしても、こちらからは顔はわからない。 

 ただ、腰に揺れる束ねられた鞭と聞き覚えのある男性にしては少し高めの声に彼はカッツァだと判断する。はて、彼はサリデニアの部屋の修繕を頼まれたのではなかったか。それでも、これだけの布を運んでいるというのはどういうことだろう。 

「無視か! 無視なのか! とりあえず助けてくれ!」 

「……何を、どう……?」 

「……上から持てるだけ持ってくれるか」 

 両手に抱えている布を、よっこいしょ、と持ち上げる。そうして半分程度持てば、ぷはっ、と今まで水中にでもいたかのように荒い呼吸を繰り返すカッツァがいた。跳ねた赤色の髪を後ろで結び、動きやすい服装をしている。布は持ってみれば、ずっしりと重い。水を多分に含んでいるようだ。 

「おし、このまま外まで出るぞ。いやー息苦しくて死ぬかと思ったわ……」 

「シーツの洗濯? 一度に運ばずに回数分ければよかったのに」 

「いや……洗濯係のテラに「じゃ、これよろしく」って腕の上にのっけられたんだよ。くそ、あいつぜってぇ俺のこと馬鹿にしてる……」 

 洗濯係のテラリグ・グレィデフ。私の一歳上の一六の割に身体が大きい。でも、年齢は同じでもカッツァは小柄……仕方ないのかもしれない。彼ら二人とは幼馴染みではあるけれど、最近はあまり会ってないな。仕事が違うのだし、仕方ないのかもしれないけれど。行く方向が一緒だからということでそのまま一緒に歩いて行く。 

「エルバは……アレか。俺の仕事の代わりか」 

「そう。クラリアは手伝わなくても大丈夫そう?」 

「んー、今日のヤツなら多分な。そんな変なもんはなかったはずだぜ。あったとしても俺の方で引き受けてるはずだ。それに、わからないならその辺にいるメンバーに聞くだろ」 

 それなら、私が急いで行く必要はないのかもしれない。それに新入りだとするなら、みんなに顔を覚えられるように努力してるだろうし、腰に新入りであることを示す簡略化されたスカラベがあしらわれたローンギルドの家紋を模した印を下げてるだろうし……こうやって、みんなの手伝いをしながら行くのもいいのかもしれない。たぶん、仕事を早く進めなきゃいけないときにはあまり褒められた行為ではないのかもしれないけれど。 

「そっちの制作は順調なのか? 俺の仕事を引き受けるくらいだし、余裕はあるんだろうと思ってんだけどさ」 

「……うーん、まぁまぁってところかな? 仕事は切れることなく来てるから、それなりに認められているんじゃないかなって思ってるよ」 

「そっかー……やっぱそんなもんか。まぁでも、無理はすんなよな」 

 みんな、私の実力を認めてくれる。だから、なのかもしれない。無理するなよって、言われる。それは別に悪い言葉じゃない、と思う。みんな私の身を案じてくれているんだし。私も親譲りの、温度見極めの力がなければ、こんなに早くにナイフ作りに取りかかれなかったと思う。才能があるだけじゃ駄目なんだなんて思うけれど、自分がそこまでの努力をできているかどうかなんて、自分であってもわからない。 

「ん、ここまででいいわ。あんがとな、エルバ」 

「へっ、ぁ、うん。じゃあこれは返すね。そっちも無理しないで」 

分かれ道でそう言われて、自分がこれまで別の事を考えていたとはっとする。自分は果たしてそんなことがいえるのかどうかはわからないけれど、彼のことは、きっといつか守ると思うのだ。 

 彼と別れて、そっと資材の置き場に向かう。資材の置き場は搬入のために、ローンギルドの正面玄関に近い場所にある。そこに、黒い服を着た、男性が立っている。 

 あの服は。あの腕にある、獅子が後ろ足で立ち上がっているシルエットが中央にある紋章は。帝国都市ガルティアのものだ。となるとあの男性は帝国都市ガルティアの人間。どうして、ここにいるのだろうか。そんな考えに、背中に冷たい汗が伝う。ここに来るのには何か理由があるはず。そう、用もなしにガルティアのものがこのシーラに来るわけがない。でも、どうして。アポイントメントを取っていないのだろうか。そのくらいのことはガルティアでも認知されているはずのこと。それなのにどうして。どうして、ここにいるの? 

「……聞かなきゃ」 

 相手はまだ、こちらに気付いていない。ずっと入り口に立って、ギルドの奥を見ている。正面玄関は、こうやって資材を取りに来る時以外はあまり人は近寄らない。ならここで私が行かなければ誰が行くというのだろうか。 

 

「ねぇ。どうして。ここにいるの」 

 声は震えていなかっただろうか。震えていたとしたら、相手にどう思われていただろうか。シーラの人が、ましてやギルドメンバーが絶対に向けない冷たい視線。見定められている、と言って差し支えないような。 

「……職人か。ギルドマスターはどこにいる?」 

 冷たい、こちらを見る眼。シーラでは見かけない軍服姿なのだから、きっとガルティア側の人なのだろう。だったら、どうしてその人がこちらにいるのだろうか。自由にこちら側に来ることは許されている。けれど、なんの用もなしにこちら側まで足を運ぶだろうか。生活のもの一通りはガルティア側でだって揃うはずだ。わざわざシーラ側まで来る必要はない。それに、彼は見たところ軍人のようだし。何か理由があるとするならば武器のこと。だとするならば。でも、迎えのメンバーは来ていないみたいだから、きっと。 

「ギルドマスターに会いに来たの? だとしても会うためにはアポイントメントが必要なの。きちんと取っているのなら、他のギルドメンバーが迎えに来るわ」 

「アポイント、か。そうか」 

「そう、そうでなければ早く帰っていただける? 目の前にガルティアの人間がいるのはあまり心やすいことではないの」 

 見慣れない人、見たことがない人。だとしてもまるで追い返すような口のきき方に相手は気分を害したかもしれない。けれど、今の自分にはこれ以上に何を言えば良いのかわからなかった。どういう口をきけばいいのか、だって今まで誰も教えてなどくれなかったから。 

「……そうか。なら今日は帰る」 

 相手はそう言って背を向けた。よかった、何も言ってこないということは私の心配は杞憂と言うことだった。けれど、彼はシーラのことを知らないガルティア側の人。そういう人もいるのだなと思う。私はまだ直接的にはあったことなどないけれど、今まで来たガルティアの人がシーラで騒ぎを起こしたという話は聞いたことがないから。 
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