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創
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──アシュタル国、国王城内にて。
今日もまた意味の無い一日と、意味の無い暴力を受けてまでどうして生かされるのか。
とても城の女の子の部屋とは思えないような内装だ。簡単な無地のベッドに少し穴の開いたレースカーテン、最低限の椅子と机。不思議と掃除は行き届いており、舞う埃が見えるのは朝日と風が舞い込む時だけだった。痣まみれの少女はそんな部屋の外に響いている、規則的だがバラバラな2つの足音が近づくのを感じ体を縮こめて恐れ震えていた。
「お父様とお母様がまたやってくる…どうしてなの…?また、痛いことをされるの…?」
幼子の潤んだ瞳が足音がピタリと止んだ場所…自分の部屋のドアを見つめる。
ドアが軋みながらゆっくりと開く。恐怖と絶望の始まりである。
痣まみれの少女はこの国の姫に値する者、言うならば長女である。だがそんな事実はあの少女が産まれる前から存在は消され、現在もこの世にいないものとして扱われている。その理由も少女には優秀な兄がいる。無論、その兄が次の国王の座と既に決まっており、意地の悪い国王たちは最初から用済みと決めつけている少女をストレス発散の物として有効に使っている。殺されないだけマシだと思え!と声を大にして言う。メイド達も口外する必要もメリットもないため見て見ぬふりを平気で続けている。次は我が身かもしれない、こんなところでなにかされては家族に合わせる顔がない。と。
そんな少女の唯一の救いは、少女がこんな扱いを受けている原因の兄である。兄だけは少女、妹のことを大切に想い、両親に逆らえず止められない自分を許して欲しいと周りの目を盗んでは妹の部屋へたまにやってくる。
両親が部屋から出ていくのを見て使いの者がその場から離れる時を見計らってドアをノックし人目につかないように素早く中へはいる。
「兄様………兄様!」
「ごめんよ、いい子にしてたかい。」
兄は妹の痣が日に日に増えて濃くなっているのを見てある決意を下す。
「必ず助ける。」
その晩、それだけを言った兄はどこかへと消え去り、「王子がいなくなったのはお前のせいだ」と思いもしなかった事態にどうすることも出来ない両親はさらに虐待がエスカレートし、耐え続けて約2ヶ月。少女に転機がやってくる。
──月灯りが自分の肌をゆらゆらと照らしている。殴られたあとがヒリヒリして首の周りにもまだ違和感が残って息がしずらい。起き上がる体力もなく床に寝そべり月と揺れるカーテンをじっと見つめて、少女は初めて死のことを考えた。
「首を絞められた時、辺りが真っ白になった。あれはどこだったのかな。わたしはお星様になろうとしていたの?もしかして──」
まだ幼い少女が月を見てはっと気が付いたことは。
「…死ねたら……」
開けた窓からぶわっと冷たい夜風が吹き、傷口が染みる。痛みにぎゅっと目を瞑り、ゆっくりと目を開けるとそこには居ないはずの兄が2ヶ月前とは一変した目付きで立っていた。まるで無感情で…あるいは違う意味で両親より怖気が走る雰囲気である。
「兄様…?なの?」
ハッとしたように兄はしゃがみ、妹を撫でる。先程見た兄ではなく、あの優しい兄が目の前にいると気づいた少女は安心し、きっと違う人に見えたのは月明かりと痛みのせいだと思う。突然、兄は妹の手を引き、なぜか苦しげに空いた方の手で自身の胸を掴み「ついておいで。俺はもう保ちそうにないから、必ず逃げて生き延び伸びてな。」と少女の目も見ず言った。
幼い少女は意味もわからず大好きな兄と手を繋いで初めて部屋の外へ踏み出す。手をぎゅうと握り遠足にでも行くような輝いた目をしながら。
しんと静まり返った城はなんだか不気味で、コツコツと2人の足音だけが響いて不思議な匂いが充満していた。
なんとなくどこへ向かっているのかは分かっていた。「きっとお母様とお父様のお部屋だ。もしかして、ついにみんなで仲良く暮らす日が来たのかしら。」あの痛みはこのあとの優しさを染み込ませるものなのだと少女は陽気になり小走りで兄の足の速さと鼓動の速さに合わせる。
全身が希望と期待に満たされていく。
両親の部屋らしきところに着くと兄は口に人差し指を当て、しー。と合図した。少女も同じようにしーと真似をしコクコクと頷いた。
部屋に入ると両親がベッドで寝ていた。静かな両親を見るのは初めてだったのでなんだか変な気分であった。兄は何かを手に持ち両親へ近づく。少女もつられて近くに寄り、少し背伸びをして兄が何をしているのか見ようとした。
兄の大きな手に握られた銀色で長いものを少ない月光でキラキラさせ頷くと、それを両親の体へ何度も刺し、それを合図にしたかのように兄の聞いたことの無い嗤い声と耳を塞ぎたくなるほどのお母様とお父様の叫びを聞いて訳が分からない少女は3人の元へ駆け寄る。
「兄様…?何をして…」
その瞬間真っ赤な液体が少女の体に飛び散るベッドの上にも床にも気づけば沢山飛び散っていた。
これが何なのか、少女はよく知っていて、これは痛い時に出てくるものだとも知っていた。あんな少しで痛くてどうにかなりそうなのにこんなに沢山出ていたら…もう死んでいる。そう、何となく思った。
嗤いながらずっと刺していた兄ではない兄が動かなくなった両親を見て口を閉じ、すぐ近くにいる妹をギロっと見る。
普段から殺気を感じ取っていた少女でも尋常ではない殺気を感じ、「これは兄ではない。次はわたし…。」それはまた口の端をあげ次の標的へゆっくり歩みよる。
入ってきたドアへ駆け寄るが部屋から出たことなどないのでドアノブの形が違うだけで分からず扉をドンドンと叩く。
「お願いだして!お兄様を返して!」
振り返るともうそこに銀色の長いもの…赤が滴るナイフを振り下ろそうとしている兄が居た。その奥には先程兄に刺されて酷い絶命をしたら両親、赤い部屋。
「…碧斗兄様…。」
正気に戻ったのか一瞬目付きがいつものへと戻る。その隙をついてもう一度ドアノブに手をかけると勢いよくドアは空き、出口であろう大きな扉が下のホールに見えた。走るがこんなに長い距離を走ったことなんてないから足が縺れる。手をついてでも必死で走った。やっとの思いで扉の前に立ちバッと後ろを振り返ったが兄はもう居なかった。
少女はここにいても仕方ないと扉を押して本当の外へ走っていく。
窓の外から見ていたものとは思ってもいなかった全身で受ける風と香りは少女に不安と勇気を与えた。
城の周りには人なども居らず、森が続いている奥に小さな灯りが見えた。なんとなく、あの光をめざして少女は走り続けた。
森を抜けるとそこは街灯が何本もあり、兄がくれた絵本で見た「街」だということに気がつく。深夜だからか物騒だからか人は誰も居ない。どうしたらいいのかわからない少女はとりあえず走り、その一瞬兄が持っていたナイフが飾られている店に目を引かれ、そちらへよそ見をした時に体へ衝撃が走り尻もちをつく。
「?!」
「子供がこんな時間に何をしている。」
茶色に白髪が混ざった眼鏡をかけたおじさんは少女を立たせ片膝をつき尋ねた。しかし少女は何も答えずじっと瞳を見つめる。
「母親や父親は?」
「さっき死んだわ。」
それを聞いた男は先程から漂う血の匂いの原因を悟った。
「………そうか。お前には居場所がないのか?」
「いばしょ?」
「お前の帰るところだ。」
「もうお城には帰りたくないし、帰っても誰も私を見てくれないよ。」
「そうか、こんな子供がどうしてそんな酷い目に…まぁいい、後で聞こう。居場所がないなら俺たちのところへ来るといい。死ぬかもしれないがな。」
「わ、わたしは───」
今までの事をポツポツと話し、涙をポロポロと零す幼子を男は片膝をつき、ただじっと見つめていた。
泣きじゃくったあと頭を2回目ぽんぽんと撫でられた少女はおじさんの後を小走りでついて行った。
こじんまりとしたアパートの階段を上がり、202と書いてあるドアを開け奥の大部屋へ入ると、夜中にもかかわらず大人が数名男の帰りを出迎えた。
「おかえりアン、ん?その血なまぐさい子供は何?」
「散歩は終わったのアン、やだぁ、隠し子まで連れてきちゃってw」
「あぁ、リー、胡桃、ただいま。…おい、胡桃。バカにするな俺に隠し子なんかいねぇ。」
アンというおじさんとリーという兄と同じくらいの年齢のお兄さんと、胡桃というお姉さんが居た。
よく分からないがこの人達は安心できる、そう、少女はおもった。
「で、どうしたの?その子。」
胡桃はしゃがみ、笑顔で頭を撫でながら迷子?と聞いた。
「そういやお前の名前を聞いてなかったか。」
聞こうとした男は少女の目線が泳いだのを感じ、
「……いや、言わなくていい、お前が言いたくなったら言えばいい。」
「わたしのことは好きに呼んでください。」
「じゃあお前は今日から09と呼ぶ。いいか?」
ちょっと、仕事させるつもりなの?と胡桃は抗議を立てるがアンは無視し、「俺はアンガロフ。アンでいい。」まずは怪我の治療をした方がいいな、そこのソファーに座っていろ。とその場を離れていった。
「ありがとう、おじさん!」
「…名を教えただろう。」
そのやり取りに腹を抱えて震えるリーと胡桃。
シャワーの後胡桃のTシャツを借り、久々にゆっくりとなんの恐怖もなく布団で眠った09を見てアンは、大きな溜息をつきリーと胡桃に09の自分の知る限りの状況と推測を話した。
「おはよ、09。よく眠れた?」
眩しい朝日の中で茶髪のポニーテールが目の前で揺れる。
「お、おはようございます……胡桃さん。」
「もー、敬語いらないよ?胡桃でよし!」
「でも…」
「全く、ずっと閉じ込められてきたのに無駄に敬語とか礼儀とか知ってるのね。ここは09の家なの、帰るべき場所なの。だからそんな言葉使っちゃダメだよ。」
09は今までの暮らしは本当に人以下だったのだと思い、帰るべき場所は暖かく柔らかい人達で溢れている。こんな私が優しくされていいのかなと不安を持ちつつもだんだんと胡桃を本当の姉のように親しむようになった。
そんな幸せな生活を数ヶ月続けたある夕方、09はアンに話があると呼ばれる。
アンの部屋へ入るとアンはこちらへ気づき09の前で片膝をつく。
「…お前には話さなきゃ行けないことがある。」
「知ってるよ。おじさん達は人を殺すお仕事をしてるんでしょう?」
隠し通してきたつもりだったのだが…と09の洞察力には呆れ驚いたアンは続けた。
「そうだ。だが幼いお前にはとてもじゃないがそんなことをさせることは出来ない。」
「わたし、おじさん達の役に立ちたい。頑張ったことないけど、やってみたいの。」
「09お前…これがどんなに罪で危険な仕事なのか分かって言ってるのか?」
「胡桃が全部教えてくれたの。全部。」私のことも、みんなのことも、この世界のことも。と初めにあった時よりも真っ直ぐな目でアンを見つめる。
チッ。また余計なことを…だが、子供とは思えない真剣な目付きでものを言うものだ。もしかしたら、09にはとんでもない才能があるのかもしれないな。俺もなんだか親父の気分だ。まだ数ヶ月とはいえ子供の成長は早い。と自分の老いを感じていた。ただ一言。
「キツイぞ?やれるのか?」
09はゆっくりと頷いた。
この世界の人類はある程度の魔法を扱える技術を身につけ、デジタルよりも魔法に頼るようになった。
アン、リー、胡桃には基礎魔力が備わっておりある程度の魔法までは扱うことができ、仕事をする時に補助として利用している。
だが、09は膨大な量の魔力があるが全く扱えないようで、殺し屋として魔法の補助がないのはどの状況でもかなりきついと見なしたアンは諦めた方が身のためだと09を説得するが09は全く聞かず、「魔法が使えなくても何とかなるの。やって見せる。」と言い張り続けた。
ある時、リーは
「09、僕らの仕事を1度見てみるかい?もし見て気分が悪くなったり恐怖を感じたならアンおじさんが言っているように諦めた方がいい。ここを追い出すわけじゃないから、安心してね。」
リーと胡桃の後をついて行き、物陰に隠れるよう指示され09は2人のい言うことを聞いて背の低い物陰にしゃがんで2人を見つめた。
胡桃が足音のする方向を見つめ、少し身構える。
今回の依頼は聞いたところによるとほかの殺し屋、刺客を抹殺するというものであり、普段の依頼で一般人を暗殺するよりも遥かに危険であり、命懸けの任務となる。
普通ならもっと大きな団体が殺し屋には多いのだがアンたちは個人が集まってできた極めて人数のすくないグループである。しかし彼らは業界の中でもトップクラスであった。
名もしれぬ同業の1匹や2匹、彼らの手では簡単すぎる依頼であるがため、子供を連れてでも自信があった。
───2人の戦い方を見て「かっこいい!すごい!」と気付かぬうちに少女は立ってしまっていた。まさかの事態にリー達がそのことに気がつくより前に敵が09の存在に気がついてしまい、標的を一気に09へ変え、距離を瞬時につめる。
「「09!」」
「…」
瞬きをすると腹部に鋭い鈍い痛みと可愛い洋服に赤いものが滲んでいた。
「っ…!」
痛みよりも先に体が動き、自分の体からナイフを抜き取り敵に切りかかる。
敵は驚き回避の動作が後れて09の攻撃を受けて後ずさった所を胡桃が逃さず瞬時に発砲した。
「ごめんなさい…」
音と景色が遠くなる中、微かに聞こえたのは何故か自分の本当の名を呼ぶ2人の声であった。
「……死んでない」
「アンガロフ!リー!09が目を覚ました!」
皆の足音がバタバタと乱れ09を囲むように集まる。
「大丈夫か?痛みは。」
「またおじさんが治療してくれたの?今は、痛くない。」
「あぁ、俺がやった。それならいいが、念の為に鎮痛剤を飲んでおけ。腹も減っただろ。……あとおじさんじゃない、アンだと言っただろう。」
アンは09の近くに軽食と薬を置いた。
ゆっくりと起き上がるとまだ少し痛み、顔が歪んだ。揺れた髪が視界に入り、違和感を覚える。
「あれ、これ、何…?毛先の…?」
「09が刺されて気を失う時に溜まった魔力が暴発して何故か洋服…?が変わったのよね、それと同時に髪の毛も…多分、09の中の魔力が09自身を守る為に過剰反応したんじゃないかって思ってるんだけど…。服…というかドレスはもう消えてるけど髪の毛はなぜかなおんないだよねぇ。」
そんなことがあるものか。と09は思ったが、この数ヶ月で自分の中にある魔力が膨張し続けていたことはうすうすと感じていたこともあり、ひとまず納得することにした。
まさに九死に一生を得ると言った具合だったが、その後も彼らの任務について行き、許可を貰った時には参加もした。
────4年後。
「09、お前はかなり立派になったな。俺らは歳をとるだけだ」
「おじさん、そんな事言わないで?まだまだでしょう?」
「あれからもう4年も経つのね、私たちは体が重いばかりよ…」
「そうだな、アンより全然若いとはいえなかなかに最近は辛いな。」
「大丈夫、私に任せてよ。」
「随分と頼もしいな。」
もう12歳になり1人でほとんどのことがこなせるようになった09は早くも殺し屋業界の上位に昇ろうとしていた。アンの見込みは確かであるどころかそれを遥かに幼い年齢で超えた。
12歳の春、火曜日は家事担当の09が買い物から帰るといつも開いている広い物置のシャッターが閉まっているのが目についたが、まずは荷物を部屋に置きに行った。
部屋の中はもぬけの殻と化していつもは1人は部屋にいるのに誰一人としていない。
「胡桃…?」
たまたまなのかもしれないが先程気になった物置へ行く。
あの大きな物置のシャッターを1人で開けるのは大変なので1度外に出て、裏の扉から物置へ入る。
誰かの話し声が聞こえてきた。聞いた事がある声だ。
武器を構えて注意しながら進んで行くと、いくつもの血痕が床や壁にちらばっていることに気がつく。驚いて声が出そうになったがなんとか抑え、さらに注意して進む。
少し開けたところ大きな箱の後ろ側が1番血が滲んでいる。覗き込むように見ると、そこには見慣れた茶色のポニーテールと白髪頭、黒髪の3人の倒れた姿があった。
「……!!!」
息を呑み、言葉が喉まで出たがすぐ後ろに殺気を感じ咄嗟にしゃがむ。
「なんだ、お前は生き残りたいのか。このゴミみたいに死んだやつらみたいに一緒に逝けばいいじゃないか。」
声の方を見ると、それはよく知っている人で憧れていて大好きだった人の姿だった。
「……嘘。」
絶望と絶望が織り交ざり、目の前がクラクラしてくる。
「あ?なんだお前。俺のことを知ってるのか。」
知ってるも何も、私の兄様じゃない。そう声を張りたかったが、明らかに様子がおかしい。
ここはとりあえず3人を守る為にも武器を構える。
「何?やる気?その後ろの3匹の死体はなぁ、まずおっさんが2人を守って死んで、その次に男が女を守って死んで残った女が「死ぬわけには行かないの」って死んでったぜ?」
と耳障りな声で笑う。
死のうが生きようが今は全力で戦うだけだ。
「許さない」
「おいで」
兄の動きは胡桃たちよりも遥かに早く、攻撃が当たらないどころかもらうばかりで、あちらこちらの肌がヒリヒリと痛み、手や足が上手く動かなくなってきた。
動きが鈍くなった瞬間に蹴り飛ばされ、胡桃の近くへ倒れる。
「胡桃…………」
ほんの少しだけ胡桃の細い指が動いた。まだ生きてる。その細い指は胡桃がいつも使っていたマグナムを力弱く掴み、09の方へ引きづった。
「…これ…あげるよ。ずっと一緒にいてあげられなくて…ごめんね…」
「胡桃…?待って、ダメ…お願い…返事して……」
靴の音があの1夜よりもさらに低く重い音がこちらへ近づいてくる。迷っている暇はない。
大丈夫、リロードはしてある。でも1発しかないみたい。
こっそり握ったマグナムのトリガーに指をかける。足音が一瞬止まった瞬間に顔を上げ一気にトリガーを引く。
「当たれ…」
弾は真っ直ぐ飛んだが、彼の頬を抉っただけで終わった。死を覚悟したが、彼に傷をつけたことが決め手になり、「ふざけるなよ!!お前のこと必ず殺すからな。」と言い一瞬にして姿を消した。
「兄様のこと、必ず助けるよ。…………私がいたら、なにか変わってたのかな…ごめん…ごめんね。」
09はもはや事切れた3人のことを後目にその場を去った。
再び居場所を失った09は困り果て誰もいない公園で一休みしていた。
「その特徴的な髪。もしかして、胡桃のところの子?」
気がつけばそこにいた私よりも少し年上の女の子が少し離れたところにたっていた。
「どうして、それを?」
女の子は少しふふっと笑い、09に向かって歩き始める。09の手に握られていたマグナムを見てふと足を止め、一瞬で何があったのかを悟った。
「どうやら早めに時が来たみたいだね、私はヴィラ。胡桃たちから君のことを頼まれている者よ。」
「どういうこと?私、あなたのこと知らないし、そんなこと胡桃たちから聞いたことないよ。」
「そりゃそうよ、本人には秘密であり私にとっては極秘任務だもの。胡桃が自分たちが死んだ時のことを君に話すわけがないでしょ」
筋は通ってはいるけど、信じたくない。胡桃たちは自分たちが死ぬことを知っていてそれを受け入れたと言うの?
「それは違うな。胡桃達だって全力を尽くしたんだ。君だってその証を見たでしょう?」
目の前の女の子の行動に驚きを隠せない09は少し身構えた。
「あなた、今…」
「まぁ詳しいことは部屋で話すよ。来る?」
「どうせ行くところなんてない。…案内して。」
以前居た所よりも広い部屋で至って必要最低限の家具しかないさっぱりとした部屋で、あのごちゃごちゃしたアパートとは全く違い少しおどろく。胡桃達がいかに物好きだったか痛感する。
「さて、とりあえず座ってよ。」
「ありがとう。」
熱々のコーヒーが机に出されるのを見ながらソファに座った。
「もう一度言うけど私はヴィラ。札術師よ。札術師は分かる?」
09はいいえと首を振る。
「簡単に説明すると私が生成する紙…札に特殊魔法を乗せることができて、それがメインウェポンになるの。私がその紙に乗り移ることもできるし、君のことを飛ばすことも出来る。…まぁそんな感じかな?」
「な、なるほど…」
分かってないね?と09のことを軽く笑った。
「それで、君の名前は09と聞いているけれど……?」
「…………。」
09は本当の名を伝えるか悩んだ。会って数分の人間に簡単に伝えるものなのか。胡桃たちにすら名前を伝えずに終わったというのに。
先に沈黙を破ったのはヴィラだった。
「……。貰った名は使うべきよ、凜乃。」
出てくると思わなかった名前が宙を舞い、思考が出来なくなる。
「?!…………どうして…それを。」
「胡桃たちもとっくに知ってるに決まってるじゃない……あんなに凛乃を……」
ヴィラはそこまで言葉を発し凛音の気持ちを考えずに口が先走ったことを後悔する。
────あんなに凛乃を、愛していたのに。
「まあ、よろしくね、凛乃。私の札術のことは見た方が早いと思う。とりあえず、ここに今日から君は住むことになるいいね?」
あまりにも意味のわからない既に決まった事が提示され凛音は思考が停止した。
「…え?」
「……え???」
────────。
「今思えばヴィラって本当言葉下手だよね~」
「えぇ、凛音に言われたくないわ…」
さてと。と凛音は立ち上がり武器のチェックを始める。
「今日の依頼は。」
「南3北10のトロス公爵よ。はい写真。」
「どーも。じゃ、行ってくるよ。」
「怪我しないでね、一応視てるけど。」
分かってるって、ほんと、お母さんみたいね。と今日も依頼をこなしに出かけて行った。
彼女の第3のスタートが刻まれる。
今日もまた意味の無い一日と、意味の無い暴力を受けてまでどうして生かされるのか。
とても城の女の子の部屋とは思えないような内装だ。簡単な無地のベッドに少し穴の開いたレースカーテン、最低限の椅子と机。不思議と掃除は行き届いており、舞う埃が見えるのは朝日と風が舞い込む時だけだった。痣まみれの少女はそんな部屋の外に響いている、規則的だがバラバラな2つの足音が近づくのを感じ体を縮こめて恐れ震えていた。
「お父様とお母様がまたやってくる…どうしてなの…?また、痛いことをされるの…?」
幼子の潤んだ瞳が足音がピタリと止んだ場所…自分の部屋のドアを見つめる。
ドアが軋みながらゆっくりと開く。恐怖と絶望の始まりである。
痣まみれの少女はこの国の姫に値する者、言うならば長女である。だがそんな事実はあの少女が産まれる前から存在は消され、現在もこの世にいないものとして扱われている。その理由も少女には優秀な兄がいる。無論、その兄が次の国王の座と既に決まっており、意地の悪い国王たちは最初から用済みと決めつけている少女をストレス発散の物として有効に使っている。殺されないだけマシだと思え!と声を大にして言う。メイド達も口外する必要もメリットもないため見て見ぬふりを平気で続けている。次は我が身かもしれない、こんなところでなにかされては家族に合わせる顔がない。と。
そんな少女の唯一の救いは、少女がこんな扱いを受けている原因の兄である。兄だけは少女、妹のことを大切に想い、両親に逆らえず止められない自分を許して欲しいと周りの目を盗んでは妹の部屋へたまにやってくる。
両親が部屋から出ていくのを見て使いの者がその場から離れる時を見計らってドアをノックし人目につかないように素早く中へはいる。
「兄様………兄様!」
「ごめんよ、いい子にしてたかい。」
兄は妹の痣が日に日に増えて濃くなっているのを見てある決意を下す。
「必ず助ける。」
その晩、それだけを言った兄はどこかへと消え去り、「王子がいなくなったのはお前のせいだ」と思いもしなかった事態にどうすることも出来ない両親はさらに虐待がエスカレートし、耐え続けて約2ヶ月。少女に転機がやってくる。
──月灯りが自分の肌をゆらゆらと照らしている。殴られたあとがヒリヒリして首の周りにもまだ違和感が残って息がしずらい。起き上がる体力もなく床に寝そべり月と揺れるカーテンをじっと見つめて、少女は初めて死のことを考えた。
「首を絞められた時、辺りが真っ白になった。あれはどこだったのかな。わたしはお星様になろうとしていたの?もしかして──」
まだ幼い少女が月を見てはっと気が付いたことは。
「…死ねたら……」
開けた窓からぶわっと冷たい夜風が吹き、傷口が染みる。痛みにぎゅっと目を瞑り、ゆっくりと目を開けるとそこには居ないはずの兄が2ヶ月前とは一変した目付きで立っていた。まるで無感情で…あるいは違う意味で両親より怖気が走る雰囲気である。
「兄様…?なの?」
ハッとしたように兄はしゃがみ、妹を撫でる。先程見た兄ではなく、あの優しい兄が目の前にいると気づいた少女は安心し、きっと違う人に見えたのは月明かりと痛みのせいだと思う。突然、兄は妹の手を引き、なぜか苦しげに空いた方の手で自身の胸を掴み「ついておいで。俺はもう保ちそうにないから、必ず逃げて生き延び伸びてな。」と少女の目も見ず言った。
幼い少女は意味もわからず大好きな兄と手を繋いで初めて部屋の外へ踏み出す。手をぎゅうと握り遠足にでも行くような輝いた目をしながら。
しんと静まり返った城はなんだか不気味で、コツコツと2人の足音だけが響いて不思議な匂いが充満していた。
なんとなくどこへ向かっているのかは分かっていた。「きっとお母様とお父様のお部屋だ。もしかして、ついにみんなで仲良く暮らす日が来たのかしら。」あの痛みはこのあとの優しさを染み込ませるものなのだと少女は陽気になり小走りで兄の足の速さと鼓動の速さに合わせる。
全身が希望と期待に満たされていく。
両親の部屋らしきところに着くと兄は口に人差し指を当て、しー。と合図した。少女も同じようにしーと真似をしコクコクと頷いた。
部屋に入ると両親がベッドで寝ていた。静かな両親を見るのは初めてだったのでなんだか変な気分であった。兄は何かを手に持ち両親へ近づく。少女もつられて近くに寄り、少し背伸びをして兄が何をしているのか見ようとした。
兄の大きな手に握られた銀色で長いものを少ない月光でキラキラさせ頷くと、それを両親の体へ何度も刺し、それを合図にしたかのように兄の聞いたことの無い嗤い声と耳を塞ぎたくなるほどのお母様とお父様の叫びを聞いて訳が分からない少女は3人の元へ駆け寄る。
「兄様…?何をして…」
その瞬間真っ赤な液体が少女の体に飛び散るベッドの上にも床にも気づけば沢山飛び散っていた。
これが何なのか、少女はよく知っていて、これは痛い時に出てくるものだとも知っていた。あんな少しで痛くてどうにかなりそうなのにこんなに沢山出ていたら…もう死んでいる。そう、何となく思った。
嗤いながらずっと刺していた兄ではない兄が動かなくなった両親を見て口を閉じ、すぐ近くにいる妹をギロっと見る。
普段から殺気を感じ取っていた少女でも尋常ではない殺気を感じ、「これは兄ではない。次はわたし…。」それはまた口の端をあげ次の標的へゆっくり歩みよる。
入ってきたドアへ駆け寄るが部屋から出たことなどないのでドアノブの形が違うだけで分からず扉をドンドンと叩く。
「お願いだして!お兄様を返して!」
振り返るともうそこに銀色の長いもの…赤が滴るナイフを振り下ろそうとしている兄が居た。その奥には先程兄に刺されて酷い絶命をしたら両親、赤い部屋。
「…碧斗兄様…。」
正気に戻ったのか一瞬目付きがいつものへと戻る。その隙をついてもう一度ドアノブに手をかけると勢いよくドアは空き、出口であろう大きな扉が下のホールに見えた。走るがこんなに長い距離を走ったことなんてないから足が縺れる。手をついてでも必死で走った。やっとの思いで扉の前に立ちバッと後ろを振り返ったが兄はもう居なかった。
少女はここにいても仕方ないと扉を押して本当の外へ走っていく。
窓の外から見ていたものとは思ってもいなかった全身で受ける風と香りは少女に不安と勇気を与えた。
城の周りには人なども居らず、森が続いている奥に小さな灯りが見えた。なんとなく、あの光をめざして少女は走り続けた。
森を抜けるとそこは街灯が何本もあり、兄がくれた絵本で見た「街」だということに気がつく。深夜だからか物騒だからか人は誰も居ない。どうしたらいいのかわからない少女はとりあえず走り、その一瞬兄が持っていたナイフが飾られている店に目を引かれ、そちらへよそ見をした時に体へ衝撃が走り尻もちをつく。
「?!」
「子供がこんな時間に何をしている。」
茶色に白髪が混ざった眼鏡をかけたおじさんは少女を立たせ片膝をつき尋ねた。しかし少女は何も答えずじっと瞳を見つめる。
「母親や父親は?」
「さっき死んだわ。」
それを聞いた男は先程から漂う血の匂いの原因を悟った。
「………そうか。お前には居場所がないのか?」
「いばしょ?」
「お前の帰るところだ。」
「もうお城には帰りたくないし、帰っても誰も私を見てくれないよ。」
「そうか、こんな子供がどうしてそんな酷い目に…まぁいい、後で聞こう。居場所がないなら俺たちのところへ来るといい。死ぬかもしれないがな。」
「わ、わたしは───」
今までの事をポツポツと話し、涙をポロポロと零す幼子を男は片膝をつき、ただじっと見つめていた。
泣きじゃくったあと頭を2回目ぽんぽんと撫でられた少女はおじさんの後を小走りでついて行った。
こじんまりとしたアパートの階段を上がり、202と書いてあるドアを開け奥の大部屋へ入ると、夜中にもかかわらず大人が数名男の帰りを出迎えた。
「おかえりアン、ん?その血なまぐさい子供は何?」
「散歩は終わったのアン、やだぁ、隠し子まで連れてきちゃってw」
「あぁ、リー、胡桃、ただいま。…おい、胡桃。バカにするな俺に隠し子なんかいねぇ。」
アンというおじさんとリーという兄と同じくらいの年齢のお兄さんと、胡桃というお姉さんが居た。
よく分からないがこの人達は安心できる、そう、少女はおもった。
「で、どうしたの?その子。」
胡桃はしゃがみ、笑顔で頭を撫でながら迷子?と聞いた。
「そういやお前の名前を聞いてなかったか。」
聞こうとした男は少女の目線が泳いだのを感じ、
「……いや、言わなくていい、お前が言いたくなったら言えばいい。」
「わたしのことは好きに呼んでください。」
「じゃあお前は今日から09と呼ぶ。いいか?」
ちょっと、仕事させるつもりなの?と胡桃は抗議を立てるがアンは無視し、「俺はアンガロフ。アンでいい。」まずは怪我の治療をした方がいいな、そこのソファーに座っていろ。とその場を離れていった。
「ありがとう、おじさん!」
「…名を教えただろう。」
そのやり取りに腹を抱えて震えるリーと胡桃。
シャワーの後胡桃のTシャツを借り、久々にゆっくりとなんの恐怖もなく布団で眠った09を見てアンは、大きな溜息をつきリーと胡桃に09の自分の知る限りの状況と推測を話した。
「おはよ、09。よく眠れた?」
眩しい朝日の中で茶髪のポニーテールが目の前で揺れる。
「お、おはようございます……胡桃さん。」
「もー、敬語いらないよ?胡桃でよし!」
「でも…」
「全く、ずっと閉じ込められてきたのに無駄に敬語とか礼儀とか知ってるのね。ここは09の家なの、帰るべき場所なの。だからそんな言葉使っちゃダメだよ。」
09は今までの暮らしは本当に人以下だったのだと思い、帰るべき場所は暖かく柔らかい人達で溢れている。こんな私が優しくされていいのかなと不安を持ちつつもだんだんと胡桃を本当の姉のように親しむようになった。
そんな幸せな生活を数ヶ月続けたある夕方、09はアンに話があると呼ばれる。
アンの部屋へ入るとアンはこちらへ気づき09の前で片膝をつく。
「…お前には話さなきゃ行けないことがある。」
「知ってるよ。おじさん達は人を殺すお仕事をしてるんでしょう?」
隠し通してきたつもりだったのだが…と09の洞察力には呆れ驚いたアンは続けた。
「そうだ。だが幼いお前にはとてもじゃないがそんなことをさせることは出来ない。」
「わたし、おじさん達の役に立ちたい。頑張ったことないけど、やってみたいの。」
「09お前…これがどんなに罪で危険な仕事なのか分かって言ってるのか?」
「胡桃が全部教えてくれたの。全部。」私のことも、みんなのことも、この世界のことも。と初めにあった時よりも真っ直ぐな目でアンを見つめる。
チッ。また余計なことを…だが、子供とは思えない真剣な目付きでものを言うものだ。もしかしたら、09にはとんでもない才能があるのかもしれないな。俺もなんだか親父の気分だ。まだ数ヶ月とはいえ子供の成長は早い。と自分の老いを感じていた。ただ一言。
「キツイぞ?やれるのか?」
09はゆっくりと頷いた。
この世界の人類はある程度の魔法を扱える技術を身につけ、デジタルよりも魔法に頼るようになった。
アン、リー、胡桃には基礎魔力が備わっておりある程度の魔法までは扱うことができ、仕事をする時に補助として利用している。
だが、09は膨大な量の魔力があるが全く扱えないようで、殺し屋として魔法の補助がないのはどの状況でもかなりきついと見なしたアンは諦めた方が身のためだと09を説得するが09は全く聞かず、「魔法が使えなくても何とかなるの。やって見せる。」と言い張り続けた。
ある時、リーは
「09、僕らの仕事を1度見てみるかい?もし見て気分が悪くなったり恐怖を感じたならアンおじさんが言っているように諦めた方がいい。ここを追い出すわけじゃないから、安心してね。」
リーと胡桃の後をついて行き、物陰に隠れるよう指示され09は2人のい言うことを聞いて背の低い物陰にしゃがんで2人を見つめた。
胡桃が足音のする方向を見つめ、少し身構える。
今回の依頼は聞いたところによるとほかの殺し屋、刺客を抹殺するというものであり、普段の依頼で一般人を暗殺するよりも遥かに危険であり、命懸けの任務となる。
普通ならもっと大きな団体が殺し屋には多いのだがアンたちは個人が集まってできた極めて人数のすくないグループである。しかし彼らは業界の中でもトップクラスであった。
名もしれぬ同業の1匹や2匹、彼らの手では簡単すぎる依頼であるがため、子供を連れてでも自信があった。
───2人の戦い方を見て「かっこいい!すごい!」と気付かぬうちに少女は立ってしまっていた。まさかの事態にリー達がそのことに気がつくより前に敵が09の存在に気がついてしまい、標的を一気に09へ変え、距離を瞬時につめる。
「「09!」」
「…」
瞬きをすると腹部に鋭い鈍い痛みと可愛い洋服に赤いものが滲んでいた。
「っ…!」
痛みよりも先に体が動き、自分の体からナイフを抜き取り敵に切りかかる。
敵は驚き回避の動作が後れて09の攻撃を受けて後ずさった所を胡桃が逃さず瞬時に発砲した。
「ごめんなさい…」
音と景色が遠くなる中、微かに聞こえたのは何故か自分の本当の名を呼ぶ2人の声であった。
「……死んでない」
「アンガロフ!リー!09が目を覚ました!」
皆の足音がバタバタと乱れ09を囲むように集まる。
「大丈夫か?痛みは。」
「またおじさんが治療してくれたの?今は、痛くない。」
「あぁ、俺がやった。それならいいが、念の為に鎮痛剤を飲んでおけ。腹も減っただろ。……あとおじさんじゃない、アンだと言っただろう。」
アンは09の近くに軽食と薬を置いた。
ゆっくりと起き上がるとまだ少し痛み、顔が歪んだ。揺れた髪が視界に入り、違和感を覚える。
「あれ、これ、何…?毛先の…?」
「09が刺されて気を失う時に溜まった魔力が暴発して何故か洋服…?が変わったのよね、それと同時に髪の毛も…多分、09の中の魔力が09自身を守る為に過剰反応したんじゃないかって思ってるんだけど…。服…というかドレスはもう消えてるけど髪の毛はなぜかなおんないだよねぇ。」
そんなことがあるものか。と09は思ったが、この数ヶ月で自分の中にある魔力が膨張し続けていたことはうすうすと感じていたこともあり、ひとまず納得することにした。
まさに九死に一生を得ると言った具合だったが、その後も彼らの任務について行き、許可を貰った時には参加もした。
────4年後。
「09、お前はかなり立派になったな。俺らは歳をとるだけだ」
「おじさん、そんな事言わないで?まだまだでしょう?」
「あれからもう4年も経つのね、私たちは体が重いばかりよ…」
「そうだな、アンより全然若いとはいえなかなかに最近は辛いな。」
「大丈夫、私に任せてよ。」
「随分と頼もしいな。」
もう12歳になり1人でほとんどのことがこなせるようになった09は早くも殺し屋業界の上位に昇ろうとしていた。アンの見込みは確かであるどころかそれを遥かに幼い年齢で超えた。
12歳の春、火曜日は家事担当の09が買い物から帰るといつも開いている広い物置のシャッターが閉まっているのが目についたが、まずは荷物を部屋に置きに行った。
部屋の中はもぬけの殻と化していつもは1人は部屋にいるのに誰一人としていない。
「胡桃…?」
たまたまなのかもしれないが先程気になった物置へ行く。
あの大きな物置のシャッターを1人で開けるのは大変なので1度外に出て、裏の扉から物置へ入る。
誰かの話し声が聞こえてきた。聞いた事がある声だ。
武器を構えて注意しながら進んで行くと、いくつもの血痕が床や壁にちらばっていることに気がつく。驚いて声が出そうになったがなんとか抑え、さらに注意して進む。
少し開けたところ大きな箱の後ろ側が1番血が滲んでいる。覗き込むように見ると、そこには見慣れた茶色のポニーテールと白髪頭、黒髪の3人の倒れた姿があった。
「……!!!」
息を呑み、言葉が喉まで出たがすぐ後ろに殺気を感じ咄嗟にしゃがむ。
「なんだ、お前は生き残りたいのか。このゴミみたいに死んだやつらみたいに一緒に逝けばいいじゃないか。」
声の方を見ると、それはよく知っている人で憧れていて大好きだった人の姿だった。
「……嘘。」
絶望と絶望が織り交ざり、目の前がクラクラしてくる。
「あ?なんだお前。俺のことを知ってるのか。」
知ってるも何も、私の兄様じゃない。そう声を張りたかったが、明らかに様子がおかしい。
ここはとりあえず3人を守る為にも武器を構える。
「何?やる気?その後ろの3匹の死体はなぁ、まずおっさんが2人を守って死んで、その次に男が女を守って死んで残った女が「死ぬわけには行かないの」って死んでったぜ?」
と耳障りな声で笑う。
死のうが生きようが今は全力で戦うだけだ。
「許さない」
「おいで」
兄の動きは胡桃たちよりも遥かに早く、攻撃が当たらないどころかもらうばかりで、あちらこちらの肌がヒリヒリと痛み、手や足が上手く動かなくなってきた。
動きが鈍くなった瞬間に蹴り飛ばされ、胡桃の近くへ倒れる。
「胡桃…………」
ほんの少しだけ胡桃の細い指が動いた。まだ生きてる。その細い指は胡桃がいつも使っていたマグナムを力弱く掴み、09の方へ引きづった。
「…これ…あげるよ。ずっと一緒にいてあげられなくて…ごめんね…」
「胡桃…?待って、ダメ…お願い…返事して……」
靴の音があの1夜よりもさらに低く重い音がこちらへ近づいてくる。迷っている暇はない。
大丈夫、リロードはしてある。でも1発しかないみたい。
こっそり握ったマグナムのトリガーに指をかける。足音が一瞬止まった瞬間に顔を上げ一気にトリガーを引く。
「当たれ…」
弾は真っ直ぐ飛んだが、彼の頬を抉っただけで終わった。死を覚悟したが、彼に傷をつけたことが決め手になり、「ふざけるなよ!!お前のこと必ず殺すからな。」と言い一瞬にして姿を消した。
「兄様のこと、必ず助けるよ。…………私がいたら、なにか変わってたのかな…ごめん…ごめんね。」
09はもはや事切れた3人のことを後目にその場を去った。
再び居場所を失った09は困り果て誰もいない公園で一休みしていた。
「その特徴的な髪。もしかして、胡桃のところの子?」
気がつけばそこにいた私よりも少し年上の女の子が少し離れたところにたっていた。
「どうして、それを?」
女の子は少しふふっと笑い、09に向かって歩き始める。09の手に握られていたマグナムを見てふと足を止め、一瞬で何があったのかを悟った。
「どうやら早めに時が来たみたいだね、私はヴィラ。胡桃たちから君のことを頼まれている者よ。」
「どういうこと?私、あなたのこと知らないし、そんなこと胡桃たちから聞いたことないよ。」
「そりゃそうよ、本人には秘密であり私にとっては極秘任務だもの。胡桃が自分たちが死んだ時のことを君に話すわけがないでしょ」
筋は通ってはいるけど、信じたくない。胡桃たちは自分たちが死ぬことを知っていてそれを受け入れたと言うの?
「それは違うな。胡桃達だって全力を尽くしたんだ。君だってその証を見たでしょう?」
目の前の女の子の行動に驚きを隠せない09は少し身構えた。
「あなた、今…」
「まぁ詳しいことは部屋で話すよ。来る?」
「どうせ行くところなんてない。…案内して。」
以前居た所よりも広い部屋で至って必要最低限の家具しかないさっぱりとした部屋で、あのごちゃごちゃしたアパートとは全く違い少しおどろく。胡桃達がいかに物好きだったか痛感する。
「さて、とりあえず座ってよ。」
「ありがとう。」
熱々のコーヒーが机に出されるのを見ながらソファに座った。
「もう一度言うけど私はヴィラ。札術師よ。札術師は分かる?」
09はいいえと首を振る。
「簡単に説明すると私が生成する紙…札に特殊魔法を乗せることができて、それがメインウェポンになるの。私がその紙に乗り移ることもできるし、君のことを飛ばすことも出来る。…まぁそんな感じかな?」
「な、なるほど…」
分かってないね?と09のことを軽く笑った。
「それで、君の名前は09と聞いているけれど……?」
「…………。」
09は本当の名を伝えるか悩んだ。会って数分の人間に簡単に伝えるものなのか。胡桃たちにすら名前を伝えずに終わったというのに。
先に沈黙を破ったのはヴィラだった。
「……。貰った名は使うべきよ、凜乃。」
出てくると思わなかった名前が宙を舞い、思考が出来なくなる。
「?!…………どうして…それを。」
「胡桃たちもとっくに知ってるに決まってるじゃない……あんなに凛乃を……」
ヴィラはそこまで言葉を発し凛音の気持ちを考えずに口が先走ったことを後悔する。
────あんなに凛乃を、愛していたのに。
「まあ、よろしくね、凛乃。私の札術のことは見た方が早いと思う。とりあえず、ここに今日から君は住むことになるいいね?」
あまりにも意味のわからない既に決まった事が提示され凛音は思考が停止した。
「…え?」
「……え???」
────────。
「今思えばヴィラって本当言葉下手だよね~」
「えぇ、凛音に言われたくないわ…」
さてと。と凛音は立ち上がり武器のチェックを始める。
「今日の依頼は。」
「南3北10のトロス公爵よ。はい写真。」
「どーも。じゃ、行ってくるよ。」
「怪我しないでね、一応視てるけど。」
分かってるって、ほんと、お母さんみたいね。と今日も依頼をこなしに出かけて行った。
彼女の第3のスタートが刻まれる。
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