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Ⅱ‐82 火の国の女王
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■火の国王都 ムーア 女王の間
近衛侍従オットーは女王イージスに呼び出されて王の間、今は女王の間となった場所で首を垂れていた。女王の横には単なる内務官だったブライトがいつの間にか大臣となり、この国の内政全般を取り仕切ることになっていた。
「王国会議の準備は整ったのですね。明日、出立して馬車で3日ですか、長い道のりですね」
「はい、女王。護衛、馬車、食料及び道中の宿泊先も確保してあります。ですが、護衛の兵は50名と聞きましたが、そのような少人数で本当に大丈夫でしょうか?」
「オットー殿、問題ありません。あちらから何か仕掛けてくることは無いでしょう。それに、護衛の中に私がお願いした者が入っているなら心配はありません」
「ええ、それはご依頼通りになっておりますが」
ブライトは魔法士を一人護衛の中に入れるようにとオットーへあらかじめ指示を出していた。その魔法士はまだ若く、しかも女だったのでオットーはどの程度役に立つのか疑問だったが、勇者の一族だったマリアンヌの事を思い返して、性別や年齢は魔法とは関係ないのかもしれないと考え直した。
「メアリーの支度も整っていますか?」
「ええ、着替えなどの用意も万端です。ご本人もセントレア行きをお喜びになっています」
「そうですか、では、もう下がっていただいて結構です」
「はい、一つだけお伺いしたいのですが」
「何ですか?」
「エミリオ様の事ですが、あのまま目を覚まされないと言うことは・・・」
「安心なさい。あなたが言う通りにしていれば、必ず目を覚まします」
「ですが・・・」
「話はここまでです。下がりなさい」
「はい、かしこまりました」
オットーは内心の不満と怒りを顔に出すことなく女王の間から退出して、いまだに目を覚まさない第一王子エミリオの部屋へと向かった。エミリオは王宮が襲撃されて王が連れ去られた時は自室で近衛兵に守られて無事だった。もっとも襲撃してきた奴らの目的は王と大臣を連れ去ることだったようで、金品などの略奪や王族への暴行も無かった。
オットーはその段階では王の無事を信じていたが、王位継承権1位であるエミリオを守ることが自分の仕事であったため、残った王宮兵士のほとんどをエミリオの警護に回した。
―だが、あの日の夜以降エミリオ様は目覚めない・・・。
今もオットーとメイドが見守る中でエミリオは安らかな寝息を立てている。すでに10日以上が経過し、何も飲まず食わず寝ているだけだ。だが、顔の血色も良く、やつれた様子は少しもみられない。丸二日が経ち医者の見立てでも原因が分からずに途方に暮れているところへ、あの女―イージスから呼び出しがあった。
「エミリオには呪いがかかっています」
「呪い?いったい何の? 誰がそんな呪いを?」
「ネフロスの呪いです。後であの子の右腕の内側を見てごらんなさい。六星のしるしが入っているはずです」
「ネフロス? 闇の神の呪いですか? しかし、何故エミリオ様を?」
「あなたが理由を知る必要はありませんが、ネフロスの信者はあの子を王位につけたくはないのです」
「エミリオ様を王にしたくない? ですが、まだカーネギー王の行方も分かっておりませんし、即位を決める時期でもございません」
「いえ、王は戻ってきません。ですから早急に即位が必要です」
「戻って来ない? 何故ゆえにそのようなことがお分かりなのですか?」
「私にはすべてが分かっているのですよ。ですから、王位は私が引き継ぎます」
「な、何をおっしゃっているのですか!? あなたは王妃ではありますが、王家の血を受け継いでいるわけではありません」
「それは今までの決まり事でしょう?王が連れ去られるような事態になれば、今までのやり方など通用しません。エミリオではこの国難を乗り切ることは不可能です。あの子にはしばらく眠ってもらっていた方が良いのです」
イージスはにやりと笑みを浮かべてオットーをじっと見た。
「ま、まさか! あなたがエミリオ様を! もしそうなら許されないことですぞ!」
「許されない? へぇー、面白いことを言うのね。そんなことを言っていると永遠に目を覚まさないんじゃない?」
「脅すと言うのですか!?」
「そんなことは言っていないわよ。だけど、目を覚ます方法があなたに判るのかしらね?」
「・・・、あなたならそれを知っていると?」
「ええ、私ならネフロスの信者から情報を聞き出すことは出来るわよ」
「ならば、今すぐに!」
「だから、判らない人ね。それは私を女王にすることが条件よ」
「だが、先ほども申した通り、あなたに王位継承権は無い。仮にエミリオ様が目を覚まされないとしても、継承権は第二王子にあるのです」
「だからぁ、それは今までの決まりでしょ。あなたは王命に従って、この紙に書いてある通りにすればいいのよ」
「王命?」
イージスは丸められた書簡をオットーに手渡した。中を開いてみたオットーは内容を確認して手が震えた。
「こんなものをいつの間に・・・、いや、こんなものを王が書くはずがない」
「そこには、王とエミリオに万一の事があった場合はイージスが王位を継承し、第二王子が18歳になったら即位すると書いてあるでしょ?ちゃんと王の署名のある正式なものよ」
「だが、私は聞いていない!」
「さあ?何故あなたが聞いていないのか私は知らないけど、王命に背くつもりなら覚悟が必要ね。それに、そうなるとエミリオはこのままでしょうしね」
結局、オットーはイージスの言う通りに王の書類に基づいて、王位をイージスに継承させるべく国内の調整を行った。多くの者が反発したが、カーネギー王の命によるものであることを丁寧に説明すると、オットーの人望もあり表立って反対するものはいなかった。第二王子のロイドはまだ10歳と幼く、何が起こっているのかを今のところは全く理解していない。
オットーはエミリオが目覚める方法を探して国内外に自らの配下を派遣したが、今のところ何一つ情報を得ることが出来なかった。これがネフロスの呪法かどうかは確かではなかったが、通常の病によるものでないこと間違いないし、イージスの言った場所に六星のしるしが赤く浮かび上がっていた。手掛かりが見つかるまではイージスの言う通りにしておくしかない・・・、そう考えていた。
―エミリオ様、早くお目覚めください。
§
女王の間に残った内務大臣のブライトは女王に向かって指示を再確認した。本来なら女王が指示を出すはずだが、内務大臣の物言いは主人のそれだった。
「良いな、お前たちの使命は相手の情報を得ることだけだ。決して相手に手を出すな」
「はい、仰せのままに。それで、メアリー様をあちらに預けて来る件ですが、相手が拒んだ場合はどうすれば良いのでしょうか?」
「これが和平の条件だと言ってやれ、もし我が国からの申し出を断るならば敵対する証だとみなして、いずれかの国が滅びるまで徹底的に戦い続けるとな」
「ですが、あの者たちはどの国の者でも無いと聞いておりますが・・・」
「案ずるな、あの者たちは人が死ぬのを嫌っておる。血を流さない案を拒むとは思えん」
「承知しました。仰せのままに」
黒い死人達の首領である男が成りすましている内務大臣ブライトは、軽く頷いて女王の間を後にした。イージスは机の上の呼び鈴を鳴らして、女王付のメイドを呼んだ。
「女王様、いかがされましたか?」
「今日の夜は旅の無事を祈って、豪華な晩餐にしてください。メアリーと魔法士のアイリスも席に着くようにと」
「かしこまりました。女王様」
―長い旅が始まる。でも、これでようやく私もネフロス様のお役に立てる。
イージスはネフロス教の後押しとその美貌を武器にカーネギーの正妃になることが出来たが、今までは表立った活動は控えていた。イージスが動かなくとも、火の国は黒い死人達と結託しており、その必要が無かったからだ。だが、一夜にして状況が変わった。謎の男と勇者の一族が王宮から王を拉致すると言うあり得ないことを成し遂げた。王はまだ生きているらしいが、この国へ戻ることは無いと聞いている。そうなれば、第一王子のエミリオが王となるが、エミリオは善良な男だった。カーネギーと異なり、黒い死人達との結び付きは許さないだろうし、獣人たちを奴隷にすることも認めないだろう。ましてや、エルフの命を奪うなどと言うことは・・・。それはイージスにとってもネフロス教にとっても都合の悪いことだった。
王が連れ去られたその日のうちに黒い死人達からイージスの元にカーネギー王の書状が届いた。どうやって作ったのかも分からないが、署名も封印もすべて本物のように見えた。そして、いつの間にか内務官だったブライトの中身が首領の一人に変わっている。本当の首領は見たことが無いのだが、間違いなく首領の一人だとイージスにはわかっていた。後はその首領ーブライトの言う通りに振舞っているだけなのだが、ここまでは順調のようだ。自分が女王になるなど信じられなかったが、指示通りに動くとあっという間に即位することが出来た。
だが、ここまでは目的のための準備に過ぎない。ブライトからの指示は謎の男の情報を得ることだった。そのためにはまず王国会議で男と近づく必要がある。そして、その後も情報を得るために・・・、詳しい話と手順をメアリー様と確認しておくべきだろう。
―メアリー様、私の娘であり選ばれし神の娘・・・。
近衛侍従オットーは女王イージスに呼び出されて王の間、今は女王の間となった場所で首を垂れていた。女王の横には単なる内務官だったブライトがいつの間にか大臣となり、この国の内政全般を取り仕切ることになっていた。
「王国会議の準備は整ったのですね。明日、出立して馬車で3日ですか、長い道のりですね」
「はい、女王。護衛、馬車、食料及び道中の宿泊先も確保してあります。ですが、護衛の兵は50名と聞きましたが、そのような少人数で本当に大丈夫でしょうか?」
「オットー殿、問題ありません。あちらから何か仕掛けてくることは無いでしょう。それに、護衛の中に私がお願いした者が入っているなら心配はありません」
「ええ、それはご依頼通りになっておりますが」
ブライトは魔法士を一人護衛の中に入れるようにとオットーへあらかじめ指示を出していた。その魔法士はまだ若く、しかも女だったのでオットーはどの程度役に立つのか疑問だったが、勇者の一族だったマリアンヌの事を思い返して、性別や年齢は魔法とは関係ないのかもしれないと考え直した。
「メアリーの支度も整っていますか?」
「ええ、着替えなどの用意も万端です。ご本人もセントレア行きをお喜びになっています」
「そうですか、では、もう下がっていただいて結構です」
「はい、一つだけお伺いしたいのですが」
「何ですか?」
「エミリオ様の事ですが、あのまま目を覚まされないと言うことは・・・」
「安心なさい。あなたが言う通りにしていれば、必ず目を覚まします」
「ですが・・・」
「話はここまでです。下がりなさい」
「はい、かしこまりました」
オットーは内心の不満と怒りを顔に出すことなく女王の間から退出して、いまだに目を覚まさない第一王子エミリオの部屋へと向かった。エミリオは王宮が襲撃されて王が連れ去られた時は自室で近衛兵に守られて無事だった。もっとも襲撃してきた奴らの目的は王と大臣を連れ去ることだったようで、金品などの略奪や王族への暴行も無かった。
オットーはその段階では王の無事を信じていたが、王位継承権1位であるエミリオを守ることが自分の仕事であったため、残った王宮兵士のほとんどをエミリオの警護に回した。
―だが、あの日の夜以降エミリオ様は目覚めない・・・。
今もオットーとメイドが見守る中でエミリオは安らかな寝息を立てている。すでに10日以上が経過し、何も飲まず食わず寝ているだけだ。だが、顔の血色も良く、やつれた様子は少しもみられない。丸二日が経ち医者の見立てでも原因が分からずに途方に暮れているところへ、あの女―イージスから呼び出しがあった。
「エミリオには呪いがかかっています」
「呪い?いったい何の? 誰がそんな呪いを?」
「ネフロスの呪いです。後であの子の右腕の内側を見てごらんなさい。六星のしるしが入っているはずです」
「ネフロス? 闇の神の呪いですか? しかし、何故エミリオ様を?」
「あなたが理由を知る必要はありませんが、ネフロスの信者はあの子を王位につけたくはないのです」
「エミリオ様を王にしたくない? ですが、まだカーネギー王の行方も分かっておりませんし、即位を決める時期でもございません」
「いえ、王は戻ってきません。ですから早急に即位が必要です」
「戻って来ない? 何故ゆえにそのようなことがお分かりなのですか?」
「私にはすべてが分かっているのですよ。ですから、王位は私が引き継ぎます」
「な、何をおっしゃっているのですか!? あなたは王妃ではありますが、王家の血を受け継いでいるわけではありません」
「それは今までの決まり事でしょう?王が連れ去られるような事態になれば、今までのやり方など通用しません。エミリオではこの国難を乗り切ることは不可能です。あの子にはしばらく眠ってもらっていた方が良いのです」
イージスはにやりと笑みを浮かべてオットーをじっと見た。
「ま、まさか! あなたがエミリオ様を! もしそうなら許されないことですぞ!」
「許されない? へぇー、面白いことを言うのね。そんなことを言っていると永遠に目を覚まさないんじゃない?」
「脅すと言うのですか!?」
「そんなことは言っていないわよ。だけど、目を覚ます方法があなたに判るのかしらね?」
「・・・、あなたならそれを知っていると?」
「ええ、私ならネフロスの信者から情報を聞き出すことは出来るわよ」
「ならば、今すぐに!」
「だから、判らない人ね。それは私を女王にすることが条件よ」
「だが、先ほども申した通り、あなたに王位継承権は無い。仮にエミリオ様が目を覚まされないとしても、継承権は第二王子にあるのです」
「だからぁ、それは今までの決まりでしょ。あなたは王命に従って、この紙に書いてある通りにすればいいのよ」
「王命?」
イージスは丸められた書簡をオットーに手渡した。中を開いてみたオットーは内容を確認して手が震えた。
「こんなものをいつの間に・・・、いや、こんなものを王が書くはずがない」
「そこには、王とエミリオに万一の事があった場合はイージスが王位を継承し、第二王子が18歳になったら即位すると書いてあるでしょ?ちゃんと王の署名のある正式なものよ」
「だが、私は聞いていない!」
「さあ?何故あなたが聞いていないのか私は知らないけど、王命に背くつもりなら覚悟が必要ね。それに、そうなるとエミリオはこのままでしょうしね」
結局、オットーはイージスの言う通りに王の書類に基づいて、王位をイージスに継承させるべく国内の調整を行った。多くの者が反発したが、カーネギー王の命によるものであることを丁寧に説明すると、オットーの人望もあり表立って反対するものはいなかった。第二王子のロイドはまだ10歳と幼く、何が起こっているのかを今のところは全く理解していない。
オットーはエミリオが目覚める方法を探して国内外に自らの配下を派遣したが、今のところ何一つ情報を得ることが出来なかった。これがネフロスの呪法かどうかは確かではなかったが、通常の病によるものでないこと間違いないし、イージスの言った場所に六星のしるしが赤く浮かび上がっていた。手掛かりが見つかるまではイージスの言う通りにしておくしかない・・・、そう考えていた。
―エミリオ様、早くお目覚めください。
§
女王の間に残った内務大臣のブライトは女王に向かって指示を再確認した。本来なら女王が指示を出すはずだが、内務大臣の物言いは主人のそれだった。
「良いな、お前たちの使命は相手の情報を得ることだけだ。決して相手に手を出すな」
「はい、仰せのままに。それで、メアリー様をあちらに預けて来る件ですが、相手が拒んだ場合はどうすれば良いのでしょうか?」
「これが和平の条件だと言ってやれ、もし我が国からの申し出を断るならば敵対する証だとみなして、いずれかの国が滅びるまで徹底的に戦い続けるとな」
「ですが、あの者たちはどの国の者でも無いと聞いておりますが・・・」
「案ずるな、あの者たちは人が死ぬのを嫌っておる。血を流さない案を拒むとは思えん」
「承知しました。仰せのままに」
黒い死人達の首領である男が成りすましている内務大臣ブライトは、軽く頷いて女王の間を後にした。イージスは机の上の呼び鈴を鳴らして、女王付のメイドを呼んだ。
「女王様、いかがされましたか?」
「今日の夜は旅の無事を祈って、豪華な晩餐にしてください。メアリーと魔法士のアイリスも席に着くようにと」
「かしこまりました。女王様」
―長い旅が始まる。でも、これでようやく私もネフロス様のお役に立てる。
イージスはネフロス教の後押しとその美貌を武器にカーネギーの正妃になることが出来たが、今までは表立った活動は控えていた。イージスが動かなくとも、火の国は黒い死人達と結託しており、その必要が無かったからだ。だが、一夜にして状況が変わった。謎の男と勇者の一族が王宮から王を拉致すると言うあり得ないことを成し遂げた。王はまだ生きているらしいが、この国へ戻ることは無いと聞いている。そうなれば、第一王子のエミリオが王となるが、エミリオは善良な男だった。カーネギーと異なり、黒い死人達との結び付きは許さないだろうし、獣人たちを奴隷にすることも認めないだろう。ましてや、エルフの命を奪うなどと言うことは・・・。それはイージスにとってもネフロス教にとっても都合の悪いことだった。
王が連れ去られたその日のうちに黒い死人達からイージスの元にカーネギー王の書状が届いた。どうやって作ったのかも分からないが、署名も封印もすべて本物のように見えた。そして、いつの間にか内務官だったブライトの中身が首領の一人に変わっている。本当の首領は見たことが無いのだが、間違いなく首領の一人だとイージスにはわかっていた。後はその首領ーブライトの言う通りに振舞っているだけなのだが、ここまでは順調のようだ。自分が女王になるなど信じられなかったが、指示通りに動くとあっという間に即位することが出来た。
だが、ここまでは目的のための準備に過ぎない。ブライトからの指示は謎の男の情報を得ることだった。そのためにはまず王国会議で男と近づく必要がある。そして、その後も情報を得るために・・・、詳しい話と手順をメアリー様と確認しておくべきだろう。
―メアリー様、私の娘であり選ばれし神の娘・・・。
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