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17. 羽衣
しおりを挟む演奏会が終わってお客様が帰った後、ピアノを弾いていたぬりかべの妖怪は人の姿に戻った。
ぬり壁になっていた時は、壁に着ていたタキシードが張り付いた絵のようになっていたのは驚きだった。ぬり壁から人間になる時の変身シーンは年配の男性なので、皆、さりげなく目を逸らしていた。
今は殆どのお客様は帰って、『喫茶AYASHI』のメンバーとぬりかべのピアニストが残っている。 会場を片付けている片隅でお茶を飲んでいたぬり壁紳士は時折、リナのほうを見ながらマスター翼と何やら話している。
「リーちゃん、ちょっと、こちらに来て」
翼が手招きするのでリナは二人の元に行った。先ほどまでぬりかべの姿でピアノを弾いていたとは思えない穏やかな紳士がリナに話しかけてきた。
「君がリーちゃんか」
「あっハイ。はじめまして。とても素敵な演奏でした」
「ありがとう。ピアノの演奏会を聞きに行った事は?」
「ないです。目の前でこんな演奏を聞けるなんて本当に良かったです。CDとかで聴くのと全然違います」
「そう言って貰えると嬉しいよ。どうしても熱が入ると本来の姿になってしまうから、普通の人の前では弾けないんだ。でも、いつものメンバー以外の人に聞いてもらえるのは有難いなぁ。リーちゃんもピアノを弾くんだって?」
「いえ、私は子供の頃、時々学校で弾いていたぐらいですから。今はマスターに教えてもらっています」
「リーちゃんはとても綺麗な音を出すんです。心の美しさがあらわれているんでしょうか」
「ほうほう、そうか。それは楽しみだ。じゃぁ、ちょっと弾いてごらん」
「えっ? いえ、そんな今、ですか?」
「そう、大丈夫。軽く指導するだけだから」
そのまま、ピアノ教室が始まり、リナはぬり壁紳士がかなり厳しいスパルタ教師である事を身を以て知る事になった。
そして、いつの間にか、ぬり壁紳士の隠れ家に招待される事になり、翌日曜日にはリナはいつものメンバー。マスター翼とケルベロスのナキンと店員Aと一緒に車に乗っていた。
「まったく、なんだってぬり壁の隠れ家にいく事になったんだ?」
「彼がリナちゃんを気に入って、何か渡したいものがあると言うからですよ」
「じゃぁ、持ってくればいいじゃないか」
「いや、何か来てもらわないと渡せないって言ってましたよ」
「なんだろう? あれはヨーロッパから渡ってきた妖怪だから、シューベルトの使っていたピアノが貰えるとか」
「まさか!? ですよね」
「ヨーロッパで有名な作曲家の弾くピアノが置いてある壁に擬態してウロウロしていたらしいから、有名な作曲家の使っていた羽ペンとか楽譜とか見せてもらった事はありますね」
「どうやって?」
「壁収納ができるみたいです。壁に隠されると見えなくなりますから」
「あのおっさん、穏やかそうに見えるけどかなり長生きしているし妖力もでかいんだ」
「力が強いから穏やかでいられる」
「そうなんですね」
なんて話をしながら指定された場所に着くと、またしてもそこは険しい山の麓だった。かつては村があったらしいのだが、廃村になっていて各所に家は残っているけれど誰も居ないようだった。
「ここ?」
「この村のどこかにぬり壁の家があるのか?」
「どうでしょうね」
突き当たりの家の庭、と言うか広場のようになっている所に車を停めてしばらく待っていると地面からぬり壁紳士がポコリと現れた。よく見ると地下に階段が続いている。
「やあやあ、ようこそ」
「お招きにあずかりまして」
「地下に住んでいるのか?」
「いや、ここは私の土地ですが、滅多に来ない隠れ屋敷なんです」
「この地下道を通って隠れ家に行くんですよ」
そう言って案内してくれた地下道はひんやりしていたがしばらく歩いてまた、階段を上がると開けた土地にでた。ここは天井と側面が崖に面していて横から採光できるようになっている。しかし、白砂がひいてあるその場所に何かが落ちていた。
「あれは何ですか?」
「タヌキ?」
「ええ、久しぶりにこの隠れ家に来たら、あれが落ちていたんです。多分あの上から落ちたんだと思うんですけど」
「見るからにタヌキですね。でも……」
ナキンが店員Aに目配せすると
「えーと、リーちゃん後ろ向いててくれる?」
「えっ、でもタヌキですよね」
「うん。タヌキだけれどね」
「アーッと、お嬢さんは隠れ家の中に入っていましょうか」
リナはぬり壁紳士に促されて店員Aと共に隠れ家の中に入った。隠れ家はこんな地下の洞窟のようなところにあるのに、和洋折衷の屋敷になっていて、広いリビングには見事なグランドピアノが鎮座していた。
しばらくして、ナキンとマスター翼がリビングにやって来た。
「あれはタヌキだが、あれだ、田塗家の誰かだな」
「タヌキの血が濃いので殺された後、タヌキになってしまったのでしょう。多分、崖のどこかに着ていた服とかが落ちているんじゃないでしょうか」
「殺された、ですか」
「やっぱり、死体がタヌキですから届けなくてもいいでしょうか? あまりここへ警察は呼びたくないのですが」
「うーん。行方不明になっている田塗家の誰か、なのは間違いないと思うのですが、取り合えず、警視庁第9課の御大さんがこの一連の田塗家殺害事件を担当していますから連絡しましょう」
「田塗家殺害?」
「そう、ここの所、やたらと田塗家の連中が殺されているんです。殺されて魔石を抜き取られて」
「何故?」
「さぁ? でも不思議な事に彼らはあの、例のバラバラに隠された防具の近くで亡くなっているんです」
「まさか、羽衣? いや、防具だから羽衣はないか」
「羽衣?」
「いや、この村に以前住んでいた村長から預かって、地下の隠れ家にしまっておいてくれと言われたんだが」
「その羽衣ってあれ?」
店員Aが指さした先には美しい赤い羽衣が宙に浮かんでいた。羽衣はゆったりと進みリナの上でヒラヒラと衣を揺らしている。
「いつものパターンだ」
「リーちゃん、好かれているね」
リナは思わず立ち上がり、羽衣と対峙した。羽衣はゆったりと頭を下げる。頭はないのだけれど。
リナはひょっとして、鎧が迫ってくる事があるかもとは思っていたが、羽衣は想定外だった。
(羽衣を着て歩いている人はいないし、これが変化するとして何になるのだろうか? いや、もう受け入れる気持ちになっちゃダメでしょう)
店員Aはウーンと唸りながら何やらスマホを操作している。
「これに害意はないし、色んな服に変化してくれるのなら受け入れてもいいんじゃないでしょうか。実際、防具なのですから何かあった時には役に立つかもしれません」
「でも、……今は羽衣で」
リナが羽衣という言葉を口にした途端に羽衣がクルクルとリナの周りを回り、一瞬、霧が立ち込めたと思うとリナは羽衣を身に付けていた。
「えっ、羽衣という言葉で!」
「鎧じゃなかったんだ……」
「本当に、油断も隙もないな」
「まるで、絵本に出てくる仙女みたいな」
「あーらら、もう装備してしまったのか、リーちゃん、これなんてどう?」
そう言いながら店員Aが見せてくれたのは小さな布のコサージュがペンダントになったものだった。
「あっ、これなら目立たなくていいですね」
そういったとたんに羽衣はスマホの写真に写っていたコサージュと全く同じペンダントに変化してリナの胸元に納まり、ピカピカと光った。と同時に他の靴やブレスレット、帽子もピカピカと光って存在を主張した。
「布だからいけると思ったんだ。多分、服も色んな物になれると思うからその辺は後で確かめるといいよ」
「そうですね。ありがとうございます」
もう、リナは諦めの境地だった。刃物さえなければ、もういいかと思い始めている。
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