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第8章

第406話 ルーナの花探し④

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「こっちだよ~」

耳を澄ませクライスの手を引っ張りながら、声の方向へと進んでいく。すると、百合のような甘い香りが鼻をかすめた。

(この香り、嗅いだことがある……)

進めば進むほど濃厚になっていく香りに、確信が強まる。これはルーナの花の香りだ。木々で狭くなっていた道が急に開けたと思うと、一面に淡いブルーに煌めく光の絨毯が広がっていた。

ヒカリビソウの花畑。クライスが光魔法で照らせば、その中心あたりに毅然と佇む一輪の花が見えた。その特徴である花びらの色はこの島を覆う深い闇よりもずっと濃い闇の色をしている。

「「あった!」」

まだ咲いてはいないものの、蕾は大きく膨らんでいて、もう今すぐ咲いてもよさそうに見えた。



(よかった。ちゃんとここにあったんだ……)

自分はもちろん、これで彼を安心させられるということが何よりうれしい。

「もうすぐ咲きそうだね」
「…………」

花を囲んですぐ隣にいる彼に声をかけると返事は無く、代わりに蕾にぽとりと雫が降り注いだ。

(雨が降ってきたのかな?) 

ルーナの花から目線を上げると、理由が分かった。これは、涙だ。意外と泣き虫なんだよね、この王子様。だけど、涙を流すのはいつだって僕のためだった。

「……これが咲けば、キルナは助かるんだな」
「ん、そぅだね」

満開に咲いたルーナの花びらを食べたら、妖精と契約ができて闇の魔力が使えるようになって、もう魔力が暴発する心配はなくなる。そうなったら本当の本当に安心できるのだけど。

「早く咲けばいいな」
「ふふ、クライスはルーナの花が好きだものね。満開の姿を見るの、楽しみだね」
「まぁその時は状況的に咲いた姿を堪能してる場合じゃなさそうだが……」

心配性のクライスのことだから、咲いたら大急ぎで僕に食べさせようとするんだろうな、と思うとちょっと笑えてくる。

「けどさ、どうしてルーナの花が好きなの? もっと華やかで色鮮やかな花はいっぱいあるのに」

王宮の庭園に咲いているジーンの花を思い浮かべる。たくさんの人に人気があり愛される花とはああいった花だろう。

確かにルーナの花は綺麗だけど、花びらは真っ黒だし咲くのも金色に発光するのも満月の夜たった一日だけで咲いた次の日には消えてしまう。しかも毒があって、『死』と『再生』という花言葉を持つ縁起の悪い花なんて好む人は珍しいと思う。

「キルナに似ていると思ったんだ」
「んぇ? 僕?」
「月の光の中で優雅に咲き誇る漆黒の花は、お前に似ている」

(そんな理由でこの花が好きなの?)

まさかそんなことを言われるとは思ってなくて、猛烈な照れに見舞われる。「一番好きな花は」と聞くと、いつだって「ルーナの花だ」と即答していた彼。僕に似ているから好きって、そんなの……、はぁ、だめだ、今は結構真剣な場面だってわかっているのに、嬉しすぎて変な顔をしちゃいそう。

「えとね、『キルナ』って名前はこの花が由来なのだって」

取り敢えず、関係ない話題を振って頭を冷やすことにする。

「そうなのか? ピッタリの名だな」
「ありがと。ほんとはこの花のことも名前のこともずっと嫌いだったのだけど、今は好き。ちゃんと咲けばいいな」
「ああ。きっと咲く。だから寿命のこともきっと大丈夫だ」

ーー七海、きっと病気は良くなるわ。

言葉に込められた願いに、あの時は応えられなかった。でも今度は……。「うん」と頷く僕に向けて、彼女が言った。

「だいじょうぶ~あとはんとしで、はなはさくよ~」
「あ、君は……」


急に話に入ってきたのは、丸くて大きな金の瞳にツインテールに結ばれたクルクルとしたピンクの巻き毛が特徴の、可愛らしい妖精。

彼女は七色の海で出会ったあの頃と、全く同じ姿でそこにいた。

「やっとあえたね~こんどはちゃんとからだもあるね~」
「あ……うん。今度はあるよ」

体があるとか無いとか、変な会話ではあるものの、実際問題以前彼女に会った時には、僕は毒を飲んで死にかけていて、魂だけしかない状態だった。体アリでは初対面だけど、彼女にはちゃんと僕が僕だとわかるらしい。

「きみのからだがしんぱいでね~、これをあげようとおもってよんだんだよ~」

心配なんて一つもしてないようなほがらかな表情で、彼女は金色に光る液体の詰まったペンダントを僕に差し出した。
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