いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

日色

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第8章

第426話 クライスSIDE ユジンの呪いと聖女④ 作られた世界

「ダ、ダメです、クライス様!」
「このままじゃ部屋が全壊しちゃいます」

 嵐のように荒れ狂う心に同調するように、暴風が吹き荒れ室温が急激に下がる。 

 パチッ。

 何かと目が合った気がしたその瞬間、
 ーー目の前が真っ白に染まった。



(ここは……)

 眩しい光が去った後に見えたのは、見覚えのある光景だった。
 一面に茂るヒカリビソウ、七色の湖、その湖を見つめる金色の瞳。俺はその光景を天から見下ろしているような図になっている。

(これは俺の記憶か?)

 いや、どうだろう。ただの記憶とは考えられないほど全てが鮮明だ。南の地域特有の暖かな空気、漂う草花の香りは本物としか思えない。

 ではなんだ? と思考を巡らせていたその時、踏みしめた足元がカサリと鳴った。

(うん? どういうことだ?)

 視線を向けてみると、青白い光を放つヒカリビソウが一面に茂っている。隣には湖を見つめるキルナの姿がある。

 さっきまで上空から全体を見る視点だったのに、今度は俺の目を通した視点に切り替わっている。しかし、自分で体を動かせるというわけではなさそうだ。
 ただ視点が移動しただけ。あくまで傍観者という立場であることは変わりないらしい。目だけは動かせるようなので、周囲を見渡し情報を集める。

(妙だな……)

 ヒカリビソウの湖にキルナとルーナの花を探しに行った時の光景に酷似しているが、ところどころ記憶と違っている部分がある。俺のすぐ後ろには、一度も同行させたことのないはずの学友たちの姿がある。
 まだどういう状況か把握できずに戸惑っている俺に向かって、キルナは言った。

『クライス様、僕とここでキスしてください』
『は? 何を言っている。お前とキスなどするはずがないだろう』

 俺の意志とは無関係に答えるおのれの口。

『一度だけでいいのです。お願いです』
『断る』

 拒絶され、それでもしつこく俺に食い下がるキルナをギアが押し退け、リオンが重力の魔法を使い地面に縫いつけた。桃色の爪を地面に立て、その圧から逃れようともがくキルナ。その手に足を乗せ、ぎりと踏みにじるギア。

 信じられないほど非道な行為を前に、「やめろ!」と叫んだが声が出ない。いくら力を入れても体は動かず、魔法も使えない。

(こいつらは……なぜこんなことをしている? なんとかしてギアとリオンを止めなければ!!)

 しかし俺は助けるどころか這いつくばっているキルナに向かって、さらに酷い言葉を吐いた。

『何度でも言ってやろう。俺はお前を愛していない』
『……っ』
『“誓いの湖でキスした恋人たちは永遠に結ばれる”というジンクスがあるそうだが、俺はお前と結ばれるつもりはない』
『……うぅ……』
『だからどれだけ頼まれようと、お前とキスはしない』

 キルナの可憐なピンクの爪から血が滲んでいる。
 地面に染み込んでいく鮮やかな赤い血。それは彼の心が流す血の涙のようで……

(やめろ。やめろ。やめろ!!! これ以上キルナを傷つけるな!!)

 割れるような頭痛にぎゅっと瞬きをすると、その風景がぐにゃりと歪んだ。プツプツと音が途切れがちになり、彼らの声がどこか作り物めいたものになる。さらには演劇を盛り上げるような不穏な曲まで流れ始める。

 ーーやはりこれは作られた世界であって、現実世界ではないのだ。

 だとしたら、最も考えられるのは今自分がビエラの術中にハマっているという可能性だ。

 キルナのことを『厄災のようだな』と父様が発言した日から、俺は処分されずになんとか残った古い禁書を読み漁り、厄災について調べている。その中には白魔法についての記述もあった。

 精神操作系の魔法は【魅了の魔法】や【従属の魔法】などが有名だが、戦時中には敵に最も辛い記憶を思い出させたり、絶望を感じるような幻覚を見せたりする攻撃的な魔法が使われていたという。

 これもそういった類の魔法なのではないかと推測し、周囲を見回して不自然な魔力の出所を探る。が、苦しむキルナの呻き声、ガリガリと土をかく音に感情が乱され正確に感知できない。
 どうにかして彼を助けたい! と、ついそちらに意識が向いてしまいそうになる。
 しかしどんなに望んでもこの世界が現実世界でない以上、傍観者である俺には手出しができない。

(集中しろ!)

 この悪夢からの脱出方法を探るため無理やり目を閉じ感覚を研ぎ澄ますと、一方向から強い魔力のこもった視線を感じた。

 今度は目を開け、注意深く視線を感じた場所を探すと、キラリ……と光るものを発見した。ヒカリビソウの淡い光とは違う、怪しく光る何かがあることに気づく。

(あれは、目だ)

 そしてその目の横にはうつろな目をした俺自身の姿も


(なるほど……原因はアレか。仕掛けはわかった。問題はそれをどうやってリオンとノエルに伝えるか、だが)

 再び目をつぶると白い光は届かなくなり、わずかだが自分の意思で体(ヒカリビソウの湖にいる俺ではなく、現実世界の俺の体)が動かせることに気づいた。

 周囲の魔力を鑑定すると、左に風、右に火の魔力を感じる。左右にリオンとノエルが座っていることは間違いない。どうやら俺は今、意識は別世界に飛んでいるが、実際にはお茶会の椅子に座って出てくる茶を待っている状態らしい。

 “鏡を始末しろ”

 テーブルの下で二人の手のひらに魔力文字で指示を書いて伝えると、リオンとノエルはすぐに動いた。

「申し訳ございません、ビエラ様。クライス様は最近ご公務が多くてお疲れなご様子。魔力が不安定になっているのもそのせいかと思われます。少し休めば落ち着くと思いますので、しばらくこのまま休ませていただけると助かります」

「まあ、大変ねぇ。なら疲れが取れるお茶がいいかしら。リラックス効果のあるハーブティーなんていかが? 私も好きでよく飲むの」

「お気遣いありがとうございます。クライス様もお喜びになると思います。あと、差し出がましいかもしれませんが、割れた食器を片づけさせていただいてもよろしいでしょうか」
「破片が飛び散っていたら大変なので、ぜひお部屋の掃除もさせてください!」

「いいのよ、そんなことはこの子達がやるから。お客様は座ってらして」

「いえ、お怪我をしてはいけませんので!」
「ピッカピカにしますので!」
「「やらせてください!!」」

「そう? それじゃあお願いね。私は新しいお茶を用意するわ」

 ビエラの許しを得て二人が席を立つと同時に、湖にあった意識がまたどこかへと強制的に連れて行かれる。

 キラリ……

 頭の中にチラつくのはまたしても白い光。
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