白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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出会いと別れ編

病棟会

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「雨ちゃーん、病棟会の時間だよー」

「あ、はい! 今行きます!」

 時刻は十七時になろうとしていた。雛子以外の日勤者は既に隣のカンファレンスルームに集まっているようで、一学年先輩の原つばきがパソコンと睨めっこしている雛子を呼びに来てくれた。

(いっけない……考え事してて危うく遅刻するところだった)

 病棟会は、師長を含めた病棟看護師により二ヶ月に一回行われる大事な会議だ。たとえその日が休みや夜勤明けでも、用事がない限りは出席することが暗黙の了解となっている。

 原が声を掛けてくれて助かった。カンファレンスルームに着くと、二人は空いていた後ろ端の席に座す。

 その後からちらほら非番のスタッフも到着し、病棟会の開始となった。




「えーっと、ではそろそろ次の議題です。八月にある病棟の納涼祭についてですが──── 」

 司会の水嶋未来ミズシマミライは、少し強ばった表情で会を進めていた。

 きっとこんなに大勢の前で司会進行を務めるのは緊張するだろうな。そう思いつつ、雛子の頭の大半を占めているのは翔太の事だった。

(翔太くん、病気のことはどう受け止めてるんだろう……カルテは確認してるけど最新の情報じゃないしな。御家族の受け止めも気になるし……)

 最近はやっと日常会話が出来るようになってきた程度で、病気や治療の事については踏み込めていない。

 センシティブな内容だけにタイミングを図る必要はあるが、そうこうしている間に病状は刻一刻と変わっていく。

「……ちょっと、雨ちゃん」

 隣にいる原が小声で呼びながら雛子の脇腹を突っついた。

「は、はい!」

 反射的に返事をして顔を上げると、全員の視線が雛子に注がれていた。その中にはもちろん、恭平の姿も。

 少し遠くに座った恭平は、長い白衣の足を投げ出し気だるそうにパイプ椅子に凭れている。

「毎年、納涼祭に使ううちわ作りは新人さんの担当なの。今年は雨宮さん一人だから大変だと思うけど、プリセプターの桜井と協力して頑張ってもらえるかしら?」

 真理亜がいつもよりよそ行きの声で優しくフォローしてくれる。

「無理そうだったら早めに教えてちょうだい。あとは来年のために全体の流れもちゃんと覚えるようにしてね。桜井、しっかり教えてあげて」

「……うっす」

 続いて普段通りの大沢と恭平。

「が、頑張ります! よろしくお願いします!」

 雛子は勢いよくぺこりと頭を下げる。チラリと恭平を盗み見ると、いかにも面倒臭そうな顔で欠伸を噛み殺していた。

「では今日の病棟会はこれで終わりになります。お疲れ様でした」

 水嶋の言葉を締めに、各々「お疲れ様でした」と言って立ち上がり部屋を後にする。

「はぁ~緊張したぁ~」

 「未来~お疲れ~」

 気の抜けたような顔の水嶋がふらふらとやって来て、原がその労をねぎらう。

「ていうか雨ちゃん!? 私が話振った時絶対聞いてなかったでしょ! 真理亜さんがフォローしてくれなかったら危なかったよぉ」

「す、すみません……ちょっと考え事を……」

 雛子は会議中に上の空だった事を指摘され、素直に頭を垂れる。

「まぁ、雨ちゃんは今プライマリーの翔太君で大変だもんね。ちょっと疲れてるんじゃない?」

「いえ! そんなことは!」

 そんなやり取りをしていると、水嶋と原の間からひょいと顔を出す長身の男。

「あ、桜井さんおつでーす」

「おー」

 水嶋がフランクな挨拶をするのに適当に返事をしつつ、恭平は雛子の顔を覗き込む。

「ひなっち、なんか悩んでる?」

 恭平の問いに、雛子は下唇をきゅっと噛む。

(気付かれてた……)

 頭の中は翔太の事で一杯のはずなのに、ぐるぐると考えているだけで何一つ上手くいっていない。何だか恥ずかしくなって目を伏せる。

「翔太の事で悩んでるのは分かるが……」

 恭平の長い腕がすっと雛子の頭の上に伸びる。

「お前なら出来ると思って任せてるから」

 二回ポンポン、と頭に触れた後、大きな掌はすぐに引っ込んだ。

「じゃ、俺終わったから帰るわ。お疲れ~」
 
 恭平はいつもの飄々とした態度でカンファレンスルームを去っていった。

「うーわ、出たよ桜井さんの天然人たらし」

「あ~、患者さん達を老若男女虜にしちゃうあれね」

「……」

 雛子はすくっと立ち上がる。ただ悩んでいても時間は過ぎていくばかり。やることは山積みだ。

「ひとまず今日の記録をやっつけてきます! 頑張ります!」

「あっ、ちょっと……」

 一方的に意気込みを宣言し、カンファレンスルームを後にする雛子。

「あーあ、行っちゃった」

 水嶋がやれやれとばかりに溜息を吐く。

「なぁんか肩に力入ってるんだよなぁ、雨ちゃん」

 原は少し心配そうに、雛子が出て行ったドアの方を見つめる。

「頑張り過ぎて空回らなきゃ良いけど……」
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