白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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白衣の天使編

腹黒と腹黒の攻防 1

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「桜井君、ちょっと良いですか?」



 いつも通り時間内に仕事を終え、あとは秒針が一周もすれば退勤時刻となる頃。

「お、たかみーだ」

 その人物の声に、恭平は座ったまま椅子をくるりと回転させて後ろを仰ぐ。

 他の医師と比べて鷹峯が病棟に来る率は低い。総合内科が他科に比べて抱えている患者の全体数が少ないからだ。

「じゃあ恭平、私は先に行ってるから」

「おう、またあとで」

 定時になったのを見計らい、真理亜が椅子から立ち上がる。


「おや、デートの約束ですかぁ? それはそれは、勤務終わりに呼び止めて申し訳ありません」

 少しも申し訳なさそうには見えない鷹峯だが、いつもの事だと特に気にもせず大人しく呼ばれた方へ向かう。

「今日はひなっちの代わりに真理亜が出勤してくれたからな、その礼に飯奢ることになった」

 大雑把に説明する。鷹峯は不思議がるでもなく、むしろ「ああ」と納得したように頷いた。

「雨宮さん、昨日は随分酩酊していましたからね。そして内科のオンコールは私が担当していました」

「へぇ、そうなんだ」

「まぁ、昨夜雨宮さんをバーに連れて行ったのは私なんですけどね」

「へぇ、そう……は?」

 一瞬スルーしそうになるも、聞き捨てならない言葉に恭平は信じられないという顔で鷹峯を見つめる。

「鷹峯お前……この前も雨宮のこと酔い潰したくせによくも……」

 しかも受診が必要なレベルで飲ませたとなれば、さすがの恭平も黙ってはいられない。そのおかげで、仕事を休んだ雛子は他のスタッフからの心象も少なからず悪くなっているのだ。

「まぁまぁ落ち着いて下さい。私が貴方に声を掛けたのもその事についてですよ」

 胸倉を掴んできそうな雰囲気の恭平に、鷹峯は両手を前に出してストップをかける。

「まずはこれを見て頂けますか?」

 そして鷹峯は電子カルテを指差すと、昨夜雛子が受診した際の記録を開いて見せた。
















 


 寮に帰り一度自室に荷物を置くと、恭平は真理亜の部屋に向かう。

「お疲れ様、恭平。早かったわね」

 インターホンを鳴らすと、程なくしてドアが開いた。病棟にいる時とは違い、長い髪を解いた真理亜がにこやかに恭平を迎え入れる。

「まだ出かける準備が出来ていないの。少し上がって待っていてくれる?」

「……ああ」

 招き入れられた部屋の中は、どこか少し甘ったるいような香りが立ち込めていた。真理亜の部屋には何度となく立ち入っているが、彼女の部屋の香りに気が付いたのは今回が初めてだった。

「何系のお店に行く? それによって服を決めるから」

 クローゼットを開けながら、真理亜が恭平に訊ねる。

「今日はえっと……あ、金曜日。この時間ならまだどこのお店も入れるかしら?」

 続いてカレンダーを見ながらそう話しかける。

「恭平……?」

「……」

 やがて真理亜は、何を話しかけても恭平が答えないことに気が付く。どうしたのかとその綺麗な顔を不安げに翳らせて手を止めた。

「……真理亜、お前」

「なに……?」
 
 無表情、けれどどこか真剣な顔付きで、恭平は真理亜を見つめた。二人の視線がぶつかる。



「……お前、雨宮に一服盛ったろ」



 部屋の中を、一瞬の静寂が支配した。



「……え?」



 真理亜は訳が分からないと言うように首を傾げる。



「なに、言ってるの……?」




 真理亜が恭平に詰め寄る。





「ねぇ恭平。どうしたの? 何でそんな酷いこと言うの?」


「……」



「ねぇってば!!」



 口を閉ざした恭平に、真理亜が声を荒らげる。詰め寄られた反動で恭平の身体が床に倒れ、真理亜が押し倒す形になる。



「……飲んでないんだ」



 その体勢のまま、恭平はぽつりと呟いた。



「昨日の夜、彼女は酒なんて飲んでいない……」




「は……?」




 何を言っているか分からない。真理亜はそう言いたげに顔を歪める。
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