白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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トラウマ編

ヤケ酒

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「で、せっかくのクリスマスイブにここまで荒んじゃっているわけですかぁ」

 病院スタッフがこぞって通う馴染みの居酒屋『呑んだくれ』から、鷹峯に支えられよろよろと出てきたのはもちろん、桜井恭平である。

 ここまで泥酔させてやっとぽつりぽつりと不機嫌の理由を語り始めた恭平に、鷹峯は物凄く嗜虐心を煽られ笑みを堪えきれない。

 店を出る前に呼んでおいたタクシーに恭平を押し込み、自身も隣に乗り込む。

「別に~? アイツだって内心喜んでるんだろ~。玉の輿ってやつに乗れるんだからさぁ」

 恭平は完全に出来上がっている。寮まで徒歩圏内だというのに、タクシーに乗せられたことすら何の疑問も抱いていない。

「そんなタイプじゃないと思いますけどねぇ、彼女」

 鷹峯の見解にも、恭平は懐疑的だ。

「だってアイツの歯の浮くようなキザな台詞に顔赤くしてたもん。ぽーっとしてあのイケメンを見つめてたぞ~。今頃新宿の? 夜景の見える? レストランで? フレンチだかイタリアンだか食ってるっつーの」

 不貞腐れながらそう吐き捨てる恭平に、鷹峯はやはり愉しくなってにんまりと口角を上げる。

 多忙で余暇時間の少ない鷹峯にとって、周囲の人間のゴシップは唯一の趣味なのだ。

「フレンチでもイタリアンでもなく、創作料理の『塔』って店ですよ」

 鷹峯は胡散臭い笑みを浮かべながら人差し指を立てる。

「んぁ? 詳しいのな、たかみー」

 目を座らせ不機嫌さを隠さない恭平に、鷹峯は苦笑した。どうやら恭平はこういった事に無自覚な様子だ。

「ええ、塔山商事の社長はうちのVIP患者。多額の寄付も頂いています。しかも私の担当患者でしてね。彼、塔山優次郎は社長の次男坊。社長の座は長男が継ぐということで、優次郎さんは趣味の創作料理店を始められた、とのことですよ?」

 趣味で経営者かよ、と恭平は毒を吐く。

「優次郎さん、相当雨宮さんの事が気に入ったんでしょうね、普段は我儘を言うタイプではありませんから。彼が院長と看護部長に頭を下げてデートをもぎ取っただなんて……いやぁ~漢気を感じますねぇ」

 その言葉に、恭平はそっぽを向きながら鼻で笑う。

「……病院のツートップがOK出してんのに、俺に止める権利なんかあるわけねぇ」

「あれ、止めたいんですか?」

「……別に?」

 一瞬間を置いて、恭平はぼそりと否定した。

「ふふ……」

「笑うんじゃねぇ……」

「いや、笑いますよ。本当は止めたいくせに」

 タクシーのドアにもたれ掛かりながら、恭平が鷹峯を睨む。

「はいはい、止めたいですよぉ~。だぁってひなっちはぁ~、俺の~……」

「俺の~?」

「大事な……」

「大事な……?」

 そこで恭平は言葉を切り、ふと何か考え込む様子を見せる。一体このあとどのような『答え』が彼から導き出されるのか、鷹峯は黙って続きを待つ。

「大事な……そう、大事なプリセプティだからなぁっ!」

「……」

 やっと答えが出たとばかりに膝を打つ恭平に、鷹峯は思わずずっこけそうになる。

(まぁ、ここで何か言っても覚えていないかも知れませんしねぇ……)

 案外自分の心に鈍感な男だ。

 鷹峯が恭平に対しそんな評価を下している間にも、タクシーは順調にビル群を走り、やがて新宿にあるタワーホテルのロータリーへと入り徐行した。

「一つアドバイスしますと」

 タクシーが止まる直前、鷹峯は笑みを深めながら恭平の顔を覗き込んだ。

「嘘でもいいから『俺の女』と言っておけば解決する事もあるんですよ、時には」

 思案顔の恭平に構わず、鷹峯が運転手に声をかけるとタクシーの自動ドアが開かれた。ドアに凭れていた恭平は何とか転げ落ちずに車外へと降り、鷹峯もそれに続く。

「ほら、ここの最上階ですよ」

 鷹峯が恭平の背中を押しながら、エントランスの回転ドアを抜ける。そこは世界にも名の通る超高級一流ホテルのフロントだった。

 広い吹き抜けのロビーには遥か上に豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっており、談笑しながら通りすがる人々もどこか上品で、住む世界の違いを感じさせる風格だ。

 座った目でぼんやりと辺りを見回す恭平をエレベーターホールまで連れて行くと、鷹峯は近くで別の宿泊客の荷物を運んでいたポーターに何やら話しかける。

 やがてエレベーターが到着すると、鷹峯は中に入るよう恭平に促す。ポーターが高級ホテルらしい完璧な笑みを恭平に向けながら、一緒に乗り込んできた。

「さぁ、塔の上のラプンツェルをお迎えに上がって下さいよ、盗人さん?」

 ドアが閉まる直前、鷹峯はそう言って恭平に手を振った。




「……」

 他の客と一緒にエレベーターの機内に立つ恭平。彼らを乗せ、エレベーターは物凄い速度でドンドン天へと上昇していった。

「盗人って……俺?」

 高級ホテルのポーターと高貴な客達は、そんな恭平の独り言を華麗にスルーした。
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