白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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トラウマ編

俺の女 1

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「鴨肉のロースト、三種のフルーツソース添えでございます。ソースはラズベリー、イチジク、コンコード。中心のアスパラガスのソテーをもみの木に見立て、ソースとヨーグルトの雪でデコレーションを施したクリスマス限定メニューとなっております」

(なんか……また凄いのが出て来た……)

 にこやかなギャルソンの口から淀みなく語られる料理の説明を、雛子は毎回大きな目を瞬かせながら聞き入る。

 和とも洋とも付かぬ独特な内装だが、さすがの雛子にもここが超一流、そして超高級という事くらいは分かるので何だか分不相応で落ち着かない。

 創作料理店なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、提供される料理も先程から見た事もない、味の想像もつかないような風変わりなメニューばかりだった。

「んっ……おいしい……!」

 しかし、見た目の奇抜さとは裏腹にどれもこれも味のマッチングは最高だった。雛子は意外な食材の組み合わせに、いちいち驚いて思わず舌鼓を打つ。

(こんな素敵なお店のオーナーさんだなんて……塔山さん、凄いなぁ……)

 院長と看護部長からのあからさまなプレッシャーもあり、一度きりの約束で渋々食事に応じた雛子。しかし、この店自体はとても素晴らしい。こんな機会でもなければまず敷居を跨ぐ事など叶わなかっただろう。

(しかもこんな高級なワンピースまでプレゼントされてしまった……)

 雛子は自分が今身に付けているブランド物のワンピースを見下ろす。デザインはシンプルなものだが、生地は普段着ているものと比較にならないほど良質だ。

 自分なりに精一杯お洒落をしてきたつもりだが、今となっては陳腐な服で来た自分が恥ずかしく思える。元の格好でここに居たのではシンデレラ宜しく、カジュアル過ぎて浮いてしまっていた事だろう。

 それにしても、ハイブランドのワンピースで食事をするというのは緊張するものだ。雛子はソースを跳ねさせないよう慎重にフォークとナイフを使う。

(でもどうせなら……桜井さんと来たかったなぁ、なんて)

 こんな事を考えるだなんて、自分は何て相手に対し失礼なんだろう。雛子は唐突に意識に浮上した恭平を、無理矢理思考の彼方へ追いやろうとする。

 結局あの日以来、恭平とはまともに口を利いていなかった。最後に向けられた冷たい視線と突き離すような口調が思い出され、せっかくの美味しい食事に踊った心も風船のように萎んだ。

(ダメダメ。塔山さんと過ごすクリスマス、せっかくなら楽しもうって決めたんだから)

半ばやけくそではあるし塔山にかなり失礼な話だが、御曹司とのデートなんてきっとこれが最初で最後。それならば、思う存分満喫した方が良いに決まっている。

「あっ……」

「ふふっ」

 ちらりと塔山を盗み見たつもりが、ばっちり目が合ってしまった。塔山は優しげな笑みを浮かべ、慣れない手つきで一生懸命料理を口へと運ぶ雛子を見つめていた。

「どう? 僕の店の料理は、雛子さんのお口に合うかな?」

 それまで完全に自分の世界に浸っていた雛子は、慌てて首を縦に振る。

「は、はいっ、もちろん。とっても美味しいです! どれもこれも初めて口にするものばかりで……貴重な体験をありがとうございます!」

 座ったままぺこりと頭を下げると、塔山は可笑しそうに笑った。

「貴重な体験、かぁ。そう感じて貰えたなら嬉しいよ。あと何回か回数を重ねたら、それは貴重な体験などではなく君の日常になる。そうしたらもっと、純粋に料理の味を楽しんで貰えると思うよ」

「は、はは……そうですかぁ……」

 ……一回の約束が、いつの間にか塔山の中で無いことになっている。

 雛子は苦笑いがバレぬよう、ナフキンで口元を覆いながら相槌を打つ。

 御曹司とは得てしてこういう生き物なのだろうか?
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