白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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トラウマ編

俺の女 2

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(なんて言うか……断られる事なんて絶対有り得ないっていう謎理論と自信……)

 もちろん塔山は、経済力にものを言わせて女を手篭めにするような最低な男ではない事くらい、この数時間過ごした雛子には分かる。

 むしろ100%純粋培養の王子様気質で、全身からお育ちの良さを滲み出させている好青年だ。きっと彼のお相手をしたい女性はたくさんいるに違いない。

 しかし、これからお付き合いが始まるかと言うとそれはまた別問題。雛子にとってはあまりに釣り合わない相手であり、塔山と一緒になるイメージもまるで浮かばないのだ。

(っていうか、私何回も断ってるよね……? 付き合うのはないって……)

 塔山は基本的に頭の回転が早く、何ヶ国語をも操るクレバーな青年だ。しかし何故か、雛子からの『お断り』に関してだけは不思議と全く意図が通じないのである。

 それどころか、彼の中では今日が二人の『結ばれる記念日』となっているのだ。

 これは雛子の勘違いや思い上がりなどでは決してなく、デートの前に塔山から直々に告げられたのである。

『今夜はこのホテルのスイートルームで、朝日が昇るまで目一杯愛し合おう』と。

 雛子は今思い出しただけでも小っ恥ずかしさに身の置き場がなくなるが、塔山はそんな台詞を顔色一つ変えずに口にした。彼は恐らく、雛子が思っている以上に純度の高い御曹司なのだろう。

 とはいえ、これほどまでに豪華なディナーをご馳走になっておきながら、そのまま帰る事など果たして出来るのだろうか。強かな選択肢を選びたい自分に、時間が経つごとに罪悪感が芽生える。

(せめて、朝日が昇るまで愛し合うのは避けたい……)

 いったい、この後をどうやって切り抜けようか。あれこれと考えているうちに料理は次々と運ばれてきて、ついに最後のデザートまで食べ切ってしまった。

「ねぇ、雛子さん」

 食後にサーブされた紅茶をなるべくゆっくりと飲んでいた雛子だったが、塔山が待ちきれないとばかりに雛子の手を取った。

「とっ、塔山さんっ……」

 手を引かれ、腰を抱かれる。慣れないヒールとフカフカの床に足を取られたせいで、見事に塔山の腕の中に収まってしまった。

「そろそろ部屋に行こう。紅茶ならルームサービスでいくらでも飲めるよ」

 紳士的な言葉遣いとは裏腹に、腰を抱く手には力が入っており離れることが出来ない。反対の手にはスイートルームと思しき部屋のキーが握られていた。

 塔山はギャルソンに軽く挨拶をすると、会計をする事なく真っ直ぐエレベーターホールへと向かった。洒落たデザインのボタンを押すと、高層階用のエレベーターのランプが次々と点灯して上昇を始めた事を知らせる。

(まずい……どうしよう……)

 正直なところ、この歳まで御曹司どころかただの一度も男性経験がない。こういう場合は身を任せるのが務めなのか、はたまた断る権利がまだあるのか皆目見当もつかない。

 そもそも、まさか初日からそんな流れになるなど思いもせず、ノコノコとデートに応じた自分がやはり馬鹿だったのだろう。もしかしたらホテルのディナーに誘われたと言うだけで、大人の女性なら『そのホテルに宿泊する』という意味が篭っている事を理解するものなのかもしれない。

 もちろん、『宿泊』が単に宿泊の意味ではない事くらい、さすがの雛子でも分かっているつもりだ。

 やがてチン、とレトロなベルの音を響かせ、一台のエレベーターが到着を知らせる。

(もう……逃げられない……)

 雛子は自分の浅はかさを呪い、覚悟を決めるかのように下を向いて目を閉じた。








「雨宮は俺の女だから、返して」









 唐突に聞こえたその声は、極限の緊張状態が齎した幻だったのだろうか。




「君は……」



 驚いたように相手にそう問いかける塔山の声は、それが幻などではない事を雛子に知らしめていた。

「さ……」

 声の主を捉えようと顔を上げた時には、雛子の身体は既にエレベーター内へと乱暴に引きずり込まれた後だった。


「桜井、さん……?」


 覆い被さるように雛子を抱き締める恭平。病院とは違う洒落た暖色の照明が、彼の無表情をじんわりと照らしていた。


「……それじゃあ、御曹司さん」



 恭平はそれだけ言うと、一階と『閉』のボタンを押した。エレベーターのドアが閉ざされる瞬間、我に返った塔山が焦った顔で追いかけようとするのが一瞬見えた。
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