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トラウマ編
多重事故
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ほどなくして病棟は一気に慌ただしくなる。
「ねぇ!! この人達本当に病棟で大丈夫なのっ!? 重症部屋は二人までしか入れないのよ!?」
「ICUもHCUもあの外科医が満床にしちゃったんだから仕方ないでしょ!? まだERにもオブザの患者がたくさんいるのよ!」
ストレッチャーを押すスタッフの間でも怒号が飛び交う。
「次の人迎えに行ってきます!」
雛子と恭平は揃ってERへと降りる。
一階の救急外来受付には、待合ロビーから廊下にまで座り込んでいる患者で溢れ返っていた。ここにいる患者はほぼ命に別状のない軽症患者だろうが、それでも呻き声や泣き声、なかなか診察されないことによる罵声で阿鼻叫喚の巷と化していた。
「酷いですね……こんなに多くの人が巻き込まれたなんて……」
あまりの惨状に一瞬たじろいだ瞬間、横から伸びてきた手に腕を乱暴に掴まれる。
「お前ここの看護師だろっ!! どうなってんだよ!? いつ診てもらえるんだっ!?」
「す、すみませっ……」
転びそうになった雛子を、すぐさま反対側から恭平が引き寄せた。
「すみません、順番に対応してますので」
毅然とした態度でそう告げ、恭平はERの処置室へと急ぐ。雛子も後を追う。
「待たされている患者が殺気立つのは仕方ない。でも優先順位を見誤るな。丁寧に対応している時間はない」
「は、はいっ……」
このようなイレギュラーな救急搬送が日常茶飯事なわけはないが、やはり恭平は何時いかなる時も冷静さを保ったままだ。
雛子は自分がパニックに陥りかけていた事を自覚し、深呼吸で何とか心を落ち着ける。
「8Aです。#河西清乃カサイ キヨノ__#さん迎えに来ました」
「こっちです」
ERの看護師が恭平の声に手を上げる。緑のスクラブが所々赤く汚れていた。
「河西清乃さん、三十六歳女性。右大腿に広範囲・高深度の挫創あり、火野崎先生の執刀で先程オペ室から戻りました。初回バイタルは問題ありません。詳細はカルテで確認して下さい」
平素とは違い、氏名と年齢、怪我の状態が簡易的に申し送りされる。それだけ伝えると、その看護師は別の患者の元へと駆け足で去っていった。
「よし、戻るぞ」
「はいっ!」
恭平が足元側、雛子が頭側に付きストレッチャーを動かす。その振動で、眠っていた河西が僅かに目を開いた。
「河西さんっ、分かりますか? 手術終わりましたよ!」
ストレッチャーを押しながら、雛子は河西の耳元へと顔を近付け声を掛ける。彼女の顔に取り付けられた酸素マスクの中が曇る。何か言葉を発しているようだ。
「……び、を……とせ……」
「えっ……?」
不明瞭な河西の言葉。しかしその言葉に、雛子は自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。心の奥底に仕舞われたどす黒い記憶。それが今、重い鉄扉の向こう側からノックしてくるような不吉な感覚。
思わず、ストレッチャーから手を離す。
「おいっ、何やってんだっ!」
「す、すみませんっ!」
恭平から怒鳴られ、はっとしてストレッチャーを掴む。
とにかく、今は余計な事を考えている場合ではない。目の前の事に集中しなければ。
雛子は上手く働かなくなった頭で、ただひたすらに身体を動かしていた。
「ねぇ!! この人達本当に病棟で大丈夫なのっ!? 重症部屋は二人までしか入れないのよ!?」
「ICUもHCUもあの外科医が満床にしちゃったんだから仕方ないでしょ!? まだERにもオブザの患者がたくさんいるのよ!」
ストレッチャーを押すスタッフの間でも怒号が飛び交う。
「次の人迎えに行ってきます!」
雛子と恭平は揃ってERへと降りる。
一階の救急外来受付には、待合ロビーから廊下にまで座り込んでいる患者で溢れ返っていた。ここにいる患者はほぼ命に別状のない軽症患者だろうが、それでも呻き声や泣き声、なかなか診察されないことによる罵声で阿鼻叫喚の巷と化していた。
「酷いですね……こんなに多くの人が巻き込まれたなんて……」
あまりの惨状に一瞬たじろいだ瞬間、横から伸びてきた手に腕を乱暴に掴まれる。
「お前ここの看護師だろっ!! どうなってんだよ!? いつ診てもらえるんだっ!?」
「す、すみませっ……」
転びそうになった雛子を、すぐさま反対側から恭平が引き寄せた。
「すみません、順番に対応してますので」
毅然とした態度でそう告げ、恭平はERの処置室へと急ぐ。雛子も後を追う。
「待たされている患者が殺気立つのは仕方ない。でも優先順位を見誤るな。丁寧に対応している時間はない」
「は、はいっ……」
このようなイレギュラーな救急搬送が日常茶飯事なわけはないが、やはり恭平は何時いかなる時も冷静さを保ったままだ。
雛子は自分がパニックに陥りかけていた事を自覚し、深呼吸で何とか心を落ち着ける。
「8Aです。#河西清乃カサイ キヨノ__#さん迎えに来ました」
「こっちです」
ERの看護師が恭平の声に手を上げる。緑のスクラブが所々赤く汚れていた。
「河西清乃さん、三十六歳女性。右大腿に広範囲・高深度の挫創あり、火野崎先生の執刀で先程オペ室から戻りました。初回バイタルは問題ありません。詳細はカルテで確認して下さい」
平素とは違い、氏名と年齢、怪我の状態が簡易的に申し送りされる。それだけ伝えると、その看護師は別の患者の元へと駆け足で去っていった。
「よし、戻るぞ」
「はいっ!」
恭平が足元側、雛子が頭側に付きストレッチャーを動かす。その振動で、眠っていた河西が僅かに目を開いた。
「河西さんっ、分かりますか? 手術終わりましたよ!」
ストレッチャーを押しながら、雛子は河西の耳元へと顔を近付け声を掛ける。彼女の顔に取り付けられた酸素マスクの中が曇る。何か言葉を発しているようだ。
「……び、を……とせ……」
「えっ……?」
不明瞭な河西の言葉。しかしその言葉に、雛子は自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。心の奥底に仕舞われたどす黒い記憶。それが今、重い鉄扉の向こう側からノックしてくるような不吉な感覚。
思わず、ストレッチャーから手を離す。
「おいっ、何やってんだっ!」
「す、すみませんっ!」
恭平から怒鳴られ、はっとしてストレッチャーを掴む。
とにかく、今は余計な事を考えている場合ではない。目の前の事に集中しなければ。
雛子は上手く働かなくなった頭で、ただひたすらに身体を動かしていた。
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