白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

文字の大きさ
134 / 156
トラウマ編

出血多量

しおりを挟む
 救急救命室、通称ERの待機室件休憩室にて、新人看護師の入山悠貴は深い溜息を付きながら年季の入ったソファに凭れ掛かった。

「はぁ……こっちが死ぬかと思ったぁ……」

 午前中に運ばれてきた、工事現場の作業員の姿が頭から離れない。

 男性は高さ十メートルの高さから落下。下に置いてあった木材がクッションとなり一命は取り留めたものの、身体中至る所を損傷していた。

「ははは、まだまだだなぁ」

「あんなの見て飯なんか食えないっすよ……」

 先輩看護師は笑いながらコンビニのカレーをかき込んでいる。しかし悠貴は、何ヶ所もの有り得ない場所から飛び出した骨と剥き出しの赤い肉、そして患者の苦痛に歪んだ顔を思い出すと、到底食欲など湧いてこないのだった。

「ついこの間、バスの横転事故で結構ヤバい症例たくさん見ただろ? そこで耐性付いたと思ってたけどな~」

 そう宣いながら呑気にスマホを弄っている先輩を後目に、悠貴は開封しかけたインスタントラーメンをテーブルに置いた。それとほぼ同時に、ERのホットラインが救急隊からの通電を告げる。

「はい、こちら火野崎大学東京病院ERです……」

 カレーを頬張る先輩に代わり、悠貴は若干うんざりした様子で受話器を取る。

『救急隊より受け入れ要請です。そちらにかかりつけの二十五歳女性、大量出血で意識不明。受け入れ願います』

「あーっと……」

 悠貴は返事に逡巡する。

 大量出血で意識不明となれば、自ずとICUに入ることになる。ここにかかりつけという事は、基本的には要請を受け入れるべきだろう。

 しかし先日の大事故により逼迫していた現場は、ようやく僅かに落ち着き始めたところだ。ベッドの空きもスタッフのマンパワーも足りず、受け入れ可能かどうか判断が付かない。

 悠貴が思案したのはそこまでだった。

『患者は篠原舞さん、そちらの耳鼻科にかかりつけです。恐らく咽頭オペ創からの出血のようです』

「えっ?」

『受け入れ可能ですか?』

 篠原舞? あの、篠原舞か?

 確認するすべはなく、悠貴は耳に受話器を押し当てたまま沈黙する。

「あ、はい、……はい、受け入れOKです」

 判断に困っていると思われたのだろう。やっとカレーを飲み込んだ先輩が悠貴から受話器をもぎ取り、状況をメモしながら要請を受け入れる。

「これから来るから準備しとけよっ」

「は、はいっ……!」

 軽い調子で肩を叩かれた事で、悠貴の中の時間が急速に動き出す。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

【完結】元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...