白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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出会いと別れ編

夜勤 2

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 休憩から戻る頃にはすでに面会時間も終了し、面会者達の帰宅した病棟はしんと静まっていた。

 交代で原と真理亜がそれぞれ休憩に入り、雛子は二十一時の消灯時刻までに何とか検温と夕食後の配薬をやり終えた。

「やっとひと段落着いたよぉぉぉ……」

 先程よりも些か気の抜けた足取りでラウンドに向かう。

 子どもの頃、雛子は入院したことがある。看護師はなかなか来ず心細い気持ちになったものだった。

 彼女達は本当に仕事をしているのか、実はステーションでコーヒーでも飲みながら談笑しているのではないかと疑ったこともあったが、病室の外ではこれだけ忙しいことを身をもって知る。

心の中で当時の看護師達に謝りながら、雛子は病室の電気を一部屋ずつ消していく。

「では電気消しますね。おやすみなさい」

 一番奥の病室まで電気を消した時、ちょうど廊下の電気も落ちて、辺りは非常口の緑色がぼんやりと光るだけになった。

 ステーションで真理亜が病棟の明かりを落としたのだろう。

 雛子はポケットからペンライトを取り出して辺りを照らす。

(ちょっと怖いかも……)

 お化け屋敷の類は苦手な雛子である。霊感などまるでないが、こういう特殊な場所では何かが起こりそうな気がして胸がざわつく。

 廊下の角を曲がればステーションがあり、ステーション内だけは電気が点灯しているはずだ。そこには真理亜達もいる。

 とにかく早く戻ろう。雛子がそう思った時だった。

「っ……!?」

 目の端に、何かが動くのが見えた気がした。

 そこには個室へと続くドアがあり、ちょうどそのすぐ横にはサブステーションと呼ばれている簡易な収納場所がある。面会者用の折りたたみ椅子が、ラックに詰められて整頓され置かれていた。

 そのラックの後ろに、何かが入って行ったような……。

(この部屋って……この前患者さんが亡くなったばかりの……)

 怖いと思いながらも、確認せずにはいられない。

 大丈夫、何もない。それを確認するだけだ。そう心に言い聞かせながら─────。

「ひっ……!」

 動いた。

 何かがラックの陰で動き、折りたたまれたパイプ椅子がカチャンと小さく音を立てた。

 雛子は何とか悲鳴を堪えてステーションまで一目散に舞い戻る。

 ステーションでは雛子以外全員揃っており、原と恭平が記録、真理亜が朝分の内服や点滴をチェックしていた。皆、青い顔で慌てて戻ってきた雛子にきょとんとしている。

「ど、どうした雨ちゃん? そんな血相変えちゃって」

「雛子ちゃん大丈夫?」

 まさか急変? と原と真理亜は僅かに顔を強ばらせる。

 恭平はいつも通り、感情の読めない無表情のまま。視線だけちらりと寄こし、キーボードを叩く手は止めない。

「い、い、今、サブステーションに、何かが……」

 口をパクパクと魚のように動かしている雛子に、真理亜と原は一度顔を見合わせてから、揃って表情を緩めた。

「またまた~気のせいだよ~」

「そうよ。ここの病棟って特にそういう噂は聞いたことないわよ?」

 女子二人は笑いながら、口々にそう宣う。そんな笑顔を見れば、物音ひとつで慌てふためいて帰ってきた自分が何だか恥ずかしくなる。
 
「で、ですよね! なんだぁ、やっぱり気のせい……」

「いや、それはどうかな」

「っ!!」

 緩んだ空気の中に、冷水を浴びせるような冷たい声音が響いた。恭平は至極真面目な表情で、パソコンから顔を上げる事も無くそう宣う。

 本気とも冗談ともつかない恭平に、雛子はごくりと唾を飲み込む。

「ちょっと桜井さん~。まだ十二時間もあるんですからあんまり怖がらせたら駄目ですよ」

 原が飽きれたように恭平を窘める。これではどちらが先輩か分からない。真理亜も呆れたように、整った眉を八の字にしていた。

「さ、桜井さん……もしかして見えるんですか……?  ま、まさかね……そんな事ない……ですよ、ね……?」

 恭平の発言の意図が分からず、雛子は恐る恐るそう訊ねる。その言葉に恭平はピタリと手を止め、ゆっくりと顔を上げる。

 そして雛子の後ろを指さしながら─────。

「……今もほら、お前の後ろに」

「っ……!?」

 雛子は反射的に振り返る。
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