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出会いと別れ編
シュート 2
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「藤村さんっ! 落ち着いてくださいっ!」
飛び出してきた病棟師長が母親と雛子の間に割って入る。
「なんて事っ……なんて事してくれたの……!? 翔太には安静が必要なのよっ……!! 何を勝手にっ……!!」
「もっ、申し訳、ありませっ……」
雛子はグワングワンと回る視界に耐えながら何とか身体を起こす。
「母さん!! 何やってんだよ!!」
予期せぬ母親の登場に一瞬放心していた翔太も、野次馬が遠巻きに自分達を見ている事にはっとすると慌てて声を上げた。
「面会に行ったら検査に降りたって言うから部屋で待ってたのよ! 何気なく窓の外を見たら翔太がっ……!」
母親は興奮して声を荒らげる。まだ殴り足りないとばかりに手を振り上げる母親を師長が制す。
「藤村君、体調は大丈夫なのね? とにかくお母さんも、雨宮さんも一回病棟に戻りましょう。藤村君を休ませるのが第一ですからっ」
師長が翔太の車椅子をエレベーターに押し込み、雛子も引っ張り起こして引き入れる。
事態の収束には半日かかった。
その後は主治医と勤務時間外の恭平までが呼び出され、全員で翔太の両親に謝罪。雛子はサブプライマリーを外された上、病室にも出入り禁止を言い渡された。
雛子は主治医と師長からも散々叱責された挙句、病棟スタッフから同情と飽きれの目を向けられつつ夕方になりようやくインシデントレポートの記入を終えた。
「ったくお前は……翔太が元気なのが不幸中の幸いだな」
恭平が心底飽きれたように溜息を吐き、頭を抱えた。
「翔太のためを思っての行動だろうが、それがあいつの身体にどれだけの負担をかけるのか、そして自分達のいない所で勝手に思い出作りをされた家族の気持ちがどんなものか……それを分かっていたか?」
「あ……」
翔太本人の事だけでなく、家族の気持ちにすら配慮できていなかった事に今更気付く。答えられずにいる雛子に、恭平は再び溜息を吐く。
「どうせ死ぬ奴だから何したって構わない。そう思ったのか?」
「っ!! そんな事ありませんっ!!」
「お前のしたことはそういう事だ」
「っ……」
にべもなく返され、雛子は押し黙る。
「価値観は人それぞれだ。実際翔太の母親は大激怒だったが、翔太本人は無事だったし喜んでたんだろう? でもそれは結果論に過ぎない」
恭平は静かな声で続ける。
「医療者の行動ひとつによって患者や家族にどんな影響をもたらすか。経験と知識がお前にあれば実行の前に俺に相談するなり、主治医に許可を取るなり他にやりようがあったはずだ」
「……」
「お前は今回知識ではなく、感情と思いつきだけで行動した。それはプロじゃなく素人だ」
それだけ言うと、恭平は椅子から立ち上がる。
「さてと。んじゃ帰るか。俺は翔太のところ顔出してくるから、ひなっちは先帰って」
恭平はそこでふと、雛子の顔に手を伸ばす。
「あーあ。派手にやられたな」
「痛っ……」
そっと優しく触れられた頬に、ジンジンと鈍い痛みが走る。
「冷やすヒマなかったんだろ。帰ったらちゃんと冷やしとけよ」
「あの、桜井さんっ……」
ステーションを出ていこうとする恭平に、雛子は頭を下げた。
「勤務時間外なのに対応していただいてありがとうございました。それからご迷惑をおかけしてすみません。翔太くんにもごめんなさいとお伝え下さい」
恭平は返事代わりに片手をヒラヒラさせると、翔太の病室の方へと消えていった。
それを見届け、雛子も病棟を後にする。
(はぁ……私って何やってんだろ……)
更衣室で白衣を着替え、雛子は重い足取りで階段を降りる。日勤が上がるにはまだ早い時間であり、更衣室のある研修棟に人の気配はない。
(良い案だと思ったんだけどなぁ……でも御家族や師長達が怒るのも無理ないし……)
『どうせ死ぬ奴だから何したって構わない。そう思ったのか?』
恭平の言葉を思い出す。その時は咄嗟に否定したが、果たして本当にそう思わなかったかと改めて考えると自信が無い。
考え事をしながら緩慢に階段を降りる雛子の後ろから、やがてカツカツと軽快な足音が近付いてきた。
(あれ……でも……桜井さん、そんなに怒ってなかったなぁ……もう怒るを通り越して飽きれられてたのかな……)
「あの、さっさと歩いてくれません? 邪魔なんですが」
「す、すみませんっ!」
後ろから来た人物にそう声をかけられ、雛子はとっさに謝った。てっきり追い抜いていくと思っていたのに、容赦ない言葉を吐かれ驚いて振り返る。
「あっ、えっ、たっ!」
「はぁ? 頭大丈夫ですか、雨宮さん?」
言葉遣いは丁寧で表情も笑顔なのに、思い切り人を小馬鹿にするような雰囲気を醸し出す男は、総合内科医の鷹峯柊真その人であった。
意外な人物の登場に、雛子は動揺を禁じ得ない。
「あっ、たたた、鷹峯先生、お疲れ様ですっ」
「ええ、今貴女のせいで余計に疲れていってます。お疲れ様です」
前半部分は口にしないと気が済まないのだろうか。
鷹峯はにんまりと胡散臭そうな笑みを貼り付けていたが、ふと雛子の顔を見て首を傾げた。
「これ、どうしたんです?」
「あだっ!?」
打たれた頬に気付いて触れた手は、気遣わしげだった恭平とは違い容赦なく腫れた部分を撫であげる。雛子は思わず情けない悲鳴を漏らす。
「誰かに殴られたんですか?」
「はい、まぁ……」
暫し何かを考え込む鷹峯。やがてぽん、と手を打ち、名案とばかりにその胡散臭い笑みを深くした。
「雨宮さん、今から一緒に食事に行きましょうか」
飛び出してきた病棟師長が母親と雛子の間に割って入る。
「なんて事っ……なんて事してくれたの……!? 翔太には安静が必要なのよっ……!! 何を勝手にっ……!!」
「もっ、申し訳、ありませっ……」
雛子はグワングワンと回る視界に耐えながら何とか身体を起こす。
「母さん!! 何やってんだよ!!」
予期せぬ母親の登場に一瞬放心していた翔太も、野次馬が遠巻きに自分達を見ている事にはっとすると慌てて声を上げた。
「面会に行ったら検査に降りたって言うから部屋で待ってたのよ! 何気なく窓の外を見たら翔太がっ……!」
母親は興奮して声を荒らげる。まだ殴り足りないとばかりに手を振り上げる母親を師長が制す。
「藤村君、体調は大丈夫なのね? とにかくお母さんも、雨宮さんも一回病棟に戻りましょう。藤村君を休ませるのが第一ですからっ」
師長が翔太の車椅子をエレベーターに押し込み、雛子も引っ張り起こして引き入れる。
事態の収束には半日かかった。
その後は主治医と勤務時間外の恭平までが呼び出され、全員で翔太の両親に謝罪。雛子はサブプライマリーを外された上、病室にも出入り禁止を言い渡された。
雛子は主治医と師長からも散々叱責された挙句、病棟スタッフから同情と飽きれの目を向けられつつ夕方になりようやくインシデントレポートの記入を終えた。
「ったくお前は……翔太が元気なのが不幸中の幸いだな」
恭平が心底飽きれたように溜息を吐き、頭を抱えた。
「翔太のためを思っての行動だろうが、それがあいつの身体にどれだけの負担をかけるのか、そして自分達のいない所で勝手に思い出作りをされた家族の気持ちがどんなものか……それを分かっていたか?」
「あ……」
翔太本人の事だけでなく、家族の気持ちにすら配慮できていなかった事に今更気付く。答えられずにいる雛子に、恭平は再び溜息を吐く。
「どうせ死ぬ奴だから何したって構わない。そう思ったのか?」
「っ!! そんな事ありませんっ!!」
「お前のしたことはそういう事だ」
「っ……」
にべもなく返され、雛子は押し黙る。
「価値観は人それぞれだ。実際翔太の母親は大激怒だったが、翔太本人は無事だったし喜んでたんだろう? でもそれは結果論に過ぎない」
恭平は静かな声で続ける。
「医療者の行動ひとつによって患者や家族にどんな影響をもたらすか。経験と知識がお前にあれば実行の前に俺に相談するなり、主治医に許可を取るなり他にやりようがあったはずだ」
「……」
「お前は今回知識ではなく、感情と思いつきだけで行動した。それはプロじゃなく素人だ」
それだけ言うと、恭平は椅子から立ち上がる。
「さてと。んじゃ帰るか。俺は翔太のところ顔出してくるから、ひなっちは先帰って」
恭平はそこでふと、雛子の顔に手を伸ばす。
「あーあ。派手にやられたな」
「痛っ……」
そっと優しく触れられた頬に、ジンジンと鈍い痛みが走る。
「冷やすヒマなかったんだろ。帰ったらちゃんと冷やしとけよ」
「あの、桜井さんっ……」
ステーションを出ていこうとする恭平に、雛子は頭を下げた。
「勤務時間外なのに対応していただいてありがとうございました。それからご迷惑をおかけしてすみません。翔太くんにもごめんなさいとお伝え下さい」
恭平は返事代わりに片手をヒラヒラさせると、翔太の病室の方へと消えていった。
それを見届け、雛子も病棟を後にする。
(はぁ……私って何やってんだろ……)
更衣室で白衣を着替え、雛子は重い足取りで階段を降りる。日勤が上がるにはまだ早い時間であり、更衣室のある研修棟に人の気配はない。
(良い案だと思ったんだけどなぁ……でも御家族や師長達が怒るのも無理ないし……)
『どうせ死ぬ奴だから何したって構わない。そう思ったのか?』
恭平の言葉を思い出す。その時は咄嗟に否定したが、果たして本当にそう思わなかったかと改めて考えると自信が無い。
考え事をしながら緩慢に階段を降りる雛子の後ろから、やがてカツカツと軽快な足音が近付いてきた。
(あれ……でも……桜井さん、そんなに怒ってなかったなぁ……もう怒るを通り越して飽きれられてたのかな……)
「あの、さっさと歩いてくれません? 邪魔なんですが」
「す、すみませんっ!」
後ろから来た人物にそう声をかけられ、雛子はとっさに謝った。てっきり追い抜いていくと思っていたのに、容赦ない言葉を吐かれ驚いて振り返る。
「あっ、えっ、たっ!」
「はぁ? 頭大丈夫ですか、雨宮さん?」
言葉遣いは丁寧で表情も笑顔なのに、思い切り人を小馬鹿にするような雰囲気を醸し出す男は、総合内科医の鷹峯柊真その人であった。
意外な人物の登場に、雛子は動揺を禁じ得ない。
「あっ、たたた、鷹峯先生、お疲れ様ですっ」
「ええ、今貴女のせいで余計に疲れていってます。お疲れ様です」
前半部分は口にしないと気が済まないのだろうか。
鷹峯はにんまりと胡散臭そうな笑みを貼り付けていたが、ふと雛子の顔を見て首を傾げた。
「これ、どうしたんです?」
「あだっ!?」
打たれた頬に気付いて触れた手は、気遣わしげだった恭平とは違い容赦なく腫れた部分を撫であげる。雛子は思わず情けない悲鳴を漏らす。
「誰かに殴られたんですか?」
「はい、まぁ……」
暫し何かを考え込む鷹峯。やがてぽん、と手を打ち、名案とばかりにその胡散臭い笑みを深くした。
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