【完結】魔導士会には入らない

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第1章 黒衣の竜騎士

2 家族の崩壊

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それからというもの、俺の生活は一変してしまった。

父やシバ先生が言うには、本当に領地一帯を浄化してしまったらしいのだ。
その日の夜は、魔族の仕業か神の御技かと、屋敷の周囲はおろか田園地帯の住人までもが侯爵家の城門に集結してしまったらしい。

俺は体調が回復して歩けるようになってからも、どうにも不意に魔力がくすぶって、脚をもじもじさせる時間が増えてしまった。

十五歳の兄リドルや七歳の弟のフェルズとはたまに裸で水浴びをする仲だったのに、発情した姿を見せてしまって以来、俺はすっかり裸を見せることに羞恥を覚えるようになった。

「セオにいさま…っ、ぼくの、およめさんになって…?」
「んや…っ、やぁ…っ、だめ!あぁん…っ!わ、ワーズレー!ワーズレー来てぇ!」

弟のフェルズなどは、一度夜這いじみた夜襲をしかけてきたこともあり、いつの間にかパジャマの中に頭を突っ込んでいたフェルズに乳首をチュウチュウと吸われて、俺はやはり喘いでしまった。
警戒していたワーズレーにフェルズを引き剥がしてもらって、騒ぎを聞きつけた父と兄に慰めてもらったのだが。

「フェルズはセオをお嫁さんにしたいようなのだが…セオはどう思う?」
「な…、そんな、だめ、だめです!」
「では、僕はどうだい?セオ。この命をかけて、お前を幸せにすると誓うよ…?」
「あ、あに、うえ…?」
「ああ、セオ…。どうかこの父のことも忘れないでおくれ。お前を母上と同じくらい慈しみ、一生大事にすると誓うから…」
「え、父上…っ?」

肉親からそんな熱烈なプロポーズと共に欲情した視線を向けられて、俺は混乱し、ともかく三人とは少し距離を置くことにしたのだった。




そして俺を救ってくれたシバ先生は、俺が父に再三訴えたにも関わらず、解雇されてしまった。

「シバ先生は何も悪くありません!俺を助けてくださったのに…なぜ解雇などになさったのです!?」
「わからぬか?セオ。あやつはお前を騙していたのだ。魔導士の素質があるなどと唆し、お前を連れ去ろうとしている。お前は私と母さんの子だ。そんな大それた魔力などあるはずがない。お前は多少の生活魔法が使えるようになってくれれば、それで良いのだよ」

シバに唆された。
本当にそうなのだろうか。

シバの講義は今まででほんの数回だけだったが、これまでの彼の発言や態度には矛盾はないように思えた。魔力や心臓のもやに翻弄された自覚があるからこそ、シバに助けを求めたのだ。

それよりも俺は父や兄弟、使用人などの態度の変わりようの方が空恐ろしいものに感じられた。
今も夕食の最中だというのに、以前にはなかった好奇な視線がそこかしこから向けられている。
子供のくせに醜態を晒した次男坊が面白いのか、はたまた本気で小児性愛に目覚めたと言うのか。

俺は、あれほど幸せに包まれていた家庭が、自分のせいで一気に居心地の悪いものに変貌してしまったように感じていた。そして、いっそのこと逃げ出してしまえたらと思うようになっていった。




そうしている内に季節が変わり、穏やかな夏になった。

俺の体調は徐々に悪くなっていった。
近頃では魔力が性感を刺激するというよりも、熱と疼痛で全身を怠くさせるようになっている。浄化をしても、元から綺麗なせいかあまり魔力は消費できないようだった。

その日も俺は体調が悪いと言って部屋に引きこもり、こっそり魔法書を読んでいた。
けれどどうしても上手くいかなくて、ついつい手慰みに紙飛行機を折ったりしていた。
すると窓から玄関の前に上等の馬車が停まったのが見えて、俺は眉をひそめた。

馬車の紋章は見間違えるはずのないの双頭の獅子。エストバール王家の紋章だった。

リズレイ家は侯爵といえども実質はただの田舎領主だ。使者が訪れるような王族関連の行事など、心当たりがなかった。

リズレイ家の領地は王都からはあまりに遠く不便なため、父もよほどのことがない限り手紙で用件を済ませ、社交界へ赴くことも少ない。
さては留学に行っているという王太子あたりが、結婚式でも行うのだろうかと呑気に当たりをつけていると、コンコンとドアをノックする音がして振り返った。

「どう、ぞ」
「お休みのところ申し訳ありません。セオ坊っちゃまに、お客様がいらっしゃいました」
「…僕?」




使用人の言葉に俺は慌ててジャケットを着込んでタイを締めた。

ワーズレーに案内される間、屋敷の中には十人を越す王都の騎士が立っていたのを確認する。物々しい雰囲気に怯えながら、俺は熱と疼痛に苛まれている身体を必死に運んでいった。

応接間につくと、勅使だと告げた男が、護衛を従えて難しい顔の父と共に待ち受けていた。

俺も名乗って形式通りの挨拶を交わす。その間の両者の険しい表情を盗み見ると、良い用件ではないことがひしひしと伝わってきた。

勅使が盆に乗せて丸めた紙を紐解くのに合わせて、父は畏まって絨毯に跪いた。俺も慌てて父の斜め後ろに陣取りそれに倣う。
絨毯の模様を見つめる内、朗々と紙を読み上げる声が響いた。

「王命である」

勅使と名乗った時点でただ事ではないなと思ったが、その紙は本当にエストバール王からの命令書らしかった。
カッチリと燕尾服を着込んだ使者の明朗な声が続く。

「臣下オルザ・リズレイ、ならびにその子セオ・リズレイに命ずる。セオを王太子グラン・エストバールの妃とし、即座に婚姻を結ぶこと。また勅使の馬車にてセオ・リズレイを速やかに登城させること。以上である」

そのあまりに現実離れした突飛な内容に、俺も父も唖然として息を呑むことしかできなかった。
しかしこの国において、王命は絶対である。
この勅使が偽物でない限り、俺は必ずその命令を実行しなければならない。

つまり俺は、これから外の馬車に乗って王都に向かい、留学中だったはずの王太子と結婚し、その妻になるのだ。
まるで前世に聞いた童話のような話だが、力のない田舎領主の息子が場違いな地位に収まったところで、待っているのは権力に蹂躙される人生だけだ。
俺は十二歳にして、以降の人生が王家の慰み者になることが決定してしまった。

サーッと頭から血の気が引いていく。気を失いかけたが、何とか拳を握って耐えた。

「そ、それはあまりに…横暴です」

「…異議があると?」
「っち、父上…っ!」

声を上げた父に、俺は勅使の腰の物にチラリと目を走らせて、父の袖を引いた。
帯刀している。
一方の父は丸腰だ。

応接室には他にも屈強な三人の護衛騎士がいるし、外にも十人はいた。仮に彼らを使用人や家の護衛たちと総出で制したとしても、国家反逆罪で死刑になることは免れない。

使者は案の定、父を冷たく見下ろして護衛に顎で指図した。

「王命違反だ。リズレイ侯爵を捕らえよ」
「「はっ!」」

その有無を言わさぬ横暴で性急な態度に、俺は驚き戦慄した。しかし何とか自分を奮い立たせて、父を庇う。

「お、おやめください!父は…父は、そう、ぼう、望外の喜びだと、申し上げたのです!はあっ、あ、あまりの感動に、少し言葉を誤っただけなのです…。異存など、あろうはずがございません!ど、ごほっ、どうか、どうかお許しください…!」
「セオ…」

俺は近づいてくる護衛から隠すように、必死に父の身体に覆い被さり抱きしめた。
奇妙な視線を向けられていても、俺は父を信じているし愛している。

「ほう…言葉の間違いだと。…お若いのに随分聡明な方だ。ではセオ殿は、喜んで輿入れしていただけると?」

使者はニヤリと嫌な笑いを浮かべ、父に抱きつく俺をジロジロと眺めた。
好奇に満ちた視線に俺はゾクリと背筋を震わせる。

「も、もちろんです…。陛下のお言葉、ありがたく…頂戴いたします…」

嫌悪感と絶望感ですっかり顔色が真っ青になっていただろうが、何とかそう答えて、父にすがるように抱きついた。

「セオ…、ああ、セオ…っ!」
「父上…」

「ふん、健気なものだな。そんなにその父が良いと申すのか?まだ年端もいかぬ己の息子を、無理やり妻に娶るために戸籍の操作をしようとしていたというのに?」

「え…?」

そう鼻で笑った使者の言葉に、俺はすがりついていた父と使者を交互に見つめ、真意を尋ねようとした。

「本当ですか?父上…」
「…それは」

「ギルドから再三セオ殿の魔導士検査を受けるように警告されても無視し続け、魔導士会からの脅迫も知らん顔。あろうことか陛下の召還命令までをも無視する始末。挙句の果てに自らが管理する戸籍を改竄し、婚姻年齢にも達していない息子を無理やり妻と書き換えたのだ。まだ中央では受理しておらぬがな。田舎領地には目が届かぬと、陛下を侮っておったか」

使者が打ち明けた父の不手際だらけの行動に、俺は自分の耳を疑った。
ギルドだの魔導士会だのはよくわからなかったが、王の召還命令を無視とは、正気の沙汰とは思えない。

しかも職権を濫用して貴族戸籍を改竄したという。確か法律の家庭教師に習った知識では、この国での公文書の偽造の罰は、爵位返上の上に斬首だったはずだ。
たかが息子一人への偏愛で、自分の命はおろか、一族郎党を路頭に迷わすつもりだったのか。

俺はとてもじゃないが信じられないという気持ちで、触れていた父の肩を離して後退った。

「セオ、誤解だ、私はお前を魔導士たちに奪われないようにと…」
「リズレイ卿、そなたの蛮行が陛下のお怒りとご関心を買い、こたびの異例の婚姻の申し入れとなったのだ。セオ殿は正式に王太子妃となられる。エストバールでは、未婚の王族ならば、いくらお相手が年若くとも入籍できるからな」

そんな特権があったのか。
しかし性別は。俺はスカートもはいていないし、男だということは皆わかっているはずだ。しかしなぜかそれに言及する者はいなかった。
俺も聞くことはできなかった。なぜかエストバールでの、男や女という単語を知らなかったからだ。

「陛下を差し置き、至宝である『魔導の御子』を占有しようなどと企てるからだ。そなたの愚行は、セオ殿の賢明な判断に免じて許してやろう。だが取り返そうなどとは思うな。この方はすでにエストバール王のものだ」

『魔導の御子』。

初めて聞くその言葉に、心臓が引き絞られる気分だった。まさか自分が、勅使の言うその至宝の存在だとでも言うのか。

また魔力がうねりを持って暴れ始めたようで、全身が熱く、痛い。
使者の不遜な物言いに、俺はただ震えて恐れ慄くしかなかった。




使者と護衛に囲まれて応接間を出ると、遠駆けから呼び戻されたのか、兄リドルと弟フェルズが沈鬱な表情で待ち受けていた。

「セオ…」
「セオにいさまっ」
「兄上、フェルズ…」

俺が足を止めると、王都の護衛たちは少し躊躇いつつも俺の前に立ち塞がった。

「お手を触れてはなりませぬ。セオ殿の御身はすでにエストバール王家に帰属していらっしゃいます。どうかお言葉だけおかけになってください」

使者が急に畏まった態度で話しかけてくる。使者としても、犯罪者の息子で王太子妃候補の俺を、どう扱うべきか決めかねているのだろう。
俺は二人を見つめて、引き攣る頬を何とか笑顔にした。

「どうか、お元気で…」

俺はそれだけ言うと、二人から顔を背け玄関に向かって歩き出した。

「セオ!!セオ行くな!!」

「セオにいさま!!どうして!?セオにいさまあぁっ!!」

どうして。

そう言って泣くフェルズの声が、やけに胸に突き刺さった。

どうして?こっちが聞きたい。なぜこんなことになってしまったのだろう。
あの胸のもやを晴らさなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。今でも屈託のない笑顔に溢れた家で、俺も一緒に笑っていられたのだろうか。

ーーー戒めを解いた報いを受けよ!!

あの時頭に響いた声が、まだ俺の身体の中で木霊している気がした。

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