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第3章 訓練研修生
12 魔力暴走
しおりを挟むーーー出て行け!二度と戻ってくるな!
セオにいさま!!どうして!?セオにいさまぁっ!!
ーーーヘルネシウス神こそが、私たちの世界を創り給うた最上神なのです
気がついたか?私がわかるか?お前の夫となる者だ
ーーーこやつがご不満なのですか?
俺の名は…呼ぶな
ーーー愚か者め!!!
今正に、我々は前線で同胞を失っているのだ!
ーーーぶきよじゃ、ハセしゃんは…
ギャオォオオウッ!!
ーーー報いを!
「セオ!!」
アークの声が聞こえた気がした。
返事をしたいのに、重苦しいほど、喉に痛みと渇きがあった。
「かん、りか…ごめ…」
かすれ切った声が、何とか音を紡いだ。
「無理に話すな。飲めるか?」
「…っはぁ…」
アークの声とともに口に当てがわれた銀の杯の水を飲めば、焼き切れたような喉の痛みがいくらかマシになった。
霞む目を何とか開いてアークを探す。
「ここは…?」
「講堂の控室です。もうすぐヘルシエフが来ますから、そのまま休んでいてください」
フィリップの声が聞こえたので、その出所を探して視線を動かす。
狭い部屋のソファに寝かされていた俺は、すぐ目の前にいたアークに安堵の息をついた。
そしてフィリップの他に、教育養成部の部長と名乗ったカストールもいた。
「師匠…?部長さんも…すみません、俺、失敗…」
「何を言っているんです。私の方こそすみませんでした。試験に魔物を出すとは聞いていなくて…。それに君が何か目標を見つけられればと、他の部署の見学を反対しなかったのです。結果、繊細な君を見世物のようにしてしまった…」
フィリップは少し思い詰めた様子で眉間に皺を刻んだ。カストールも心配そうに頷いたりしている。俺は小さく首を振る。
「そんな、こと…」
「あの浄化とこれだけの魔力をほとんどの上層部連中が見ていたのはマズかった。それにヤルスのやつがあれで諦めるとは思えん。面倒なことになりそうだ」
「本当に申し訳ありません…」
「いや、これは部長である私の不手際だ。セオくん、すまなかった」
フィリップは口惜しげに目を瞑り、カストールも人の良さそうな顔を困ったように歪めた。
アークは俺を膝に乗せて抱えたまま、扉を睨んでいる。
俺はカストールやフィリップ、アークの表情を確認しながら首を傾げた。
「いえ。でもあの、魔界、ですか…?俺、行った方がいいんでしょうか…」
「そんなわけがないだろう!お前はまだ子供だ!何より…『魔導の御子』を前線に立たせるなど…七賢人が許すはずがない…!」
そうアークが苦しそうに言った。
しかしそれは、裏を返せば七賢人さえ認めれば、アークも認めざるを得ないということなのだろうか。
そんな意地の悪い質問はできないけれど。
そこへカストールが気まずそうに手を挙げる。
「それなのだが…すでにヤルス総司令官は七賢人の元へ向かったそうだ。他の部署もだが…皆セオくんの獲得に乗り出している。ウチもできるだけこちらで教育してから、と主張するつもりだが…」
「ちっ、あの脳筋め…っ!俺は少し外す。フィリップ、また別のバカが押しかけて来るかもしれない。ヘルシエフが来るまでは必ずお前が付いていてくれ」
「あっ、アーク!」
「管理官…」
俺はアークが背を向けて部屋から出て行くのを心細く見守っていたが、何とか事態を把握しようと努めた。
「あ、あの、師匠。浄化で魔物を獣に戻すことは、一般的ではないのですか…?」
フィリップはカストールと目配せをして、ため息混じりで首を振った。
「それが…全く、前代未聞なんです。普通の魔導士なら、まずもって魔物に浄化をかけようなどとは思いつきません。確かに魔物は穢れた魔力や魂の淀みが変化して生まれるという説はありましたが…まさかそんなことがあり得るとは…」
俺はフィリップの白いローブの袖を掴んで見上げた。
「でも、あの試験用結界を作った人は、それを知っていたんですよね?なぜ誰も知らない現象を結界で再現出来るんですか?それこそ、本物には通用しないかもしれない」
「ああ、セオ…あれは先代の御子が安全に戦闘訓練ができるようにと開発したものなのです。恥ずかしいことですが、私たちにも仕組みはまだ理解できていないのです。しかし日常的な訓練に使用されていて、今まで一度も現実の魔物との性質に差異があったとは報告されていません」
「そう…ですか…」
フィリップの答えに、俺は俯いた。
それでは試験の時に誰かが言ったように、もしも魔物を浄化することが俺にしかできないとなれば、俺は魔界に送り出されて当然なのだろう。
アークの役に立つのなら嬉しい気持ちもあるが、やはり戦いに赴くと考えると恐ろしかった。だが魔界には、いずれ行かなければならないだろう。
俺は少し陰惨な気分になりながらも、これもまた罰なのかと、どこか納得できるような気分だった。
そんな話をしていると、不意にコンコン、とノックの音が響いた。
扉の外から声がかけられる。
『失礼。セオ・リズレイはこちらか?』
知らない声に緊張が走る。
フィリップがカストールに目配せをし、俺を庇うように立ち上がった。
カストールが返事をする。
「今出る。少し待ちなさい」
そう言ってカストールは扉を出て外で話し始めたようだった。
その声が漏れ聞こえる。
『ああ…オーレン開発副室長』
『カストール養成部長、彼は中に?容態はどうですか?』
『それが…まだ幼く、魔臓も安定していないから…今医務官を呼んでいるところだ』
『そうでしたか…様子を見ても?魔力暴走を抑える魔道具もあるし、私なら、力になれることもあるでしょう』
『…少し待ちなさい』
そんなやりとりを息を詰めて聞いていると、ガチャリと控え室の扉が開かれた。
「オーレン…ですか?」
「ああ…魔道具はいるかと。セオくん、装備開発室の副室長なんだが…君の様子を知りたいそうだ。会ってみるかね?」
「え…っと…」
カストールにそう尋ねられて判断に迷い、俺はフィリップを見上げた。
知らない人にはもう会いたくない気分ではあったが、二人にはあまり迷惑をかけたくない。
「はあ…オーレンは優秀な研究者です。魔道具開発の第一人者ですから…しかし…いえ、会っておいても、損はない、でしょう…」
そう言ってフィリップが軽く首を振り、怪訝そうに表情を曇らせたのが気にかかった。
しかしカストールは一つ頷くと、オーレンを部屋に招き入れてしまった。
黒髪の長髪を横にまとめて土色のローブを着込んだ、人形のように血の気のない整った顔の男が、スルリと狭い室内に入ってくる。
その瞳の色が紺色なことに、俺は無意識に安堵した。
「ああ。だいぶ落ち着いているな。私はオーレンだ。魔導研究部装備開発室副室長」
「は、はい…こんにちは。その…副室長?」
「ああ。悪くない。報告書は読ませてもらった。魔力暴走は精神的な不安が大きく影響する。私は君の不安材料を排除する手伝いができるとだけ伝えに来た。今後の生活も含めて、開発室は君を全面的に補佐する準備がある」
「…っ」
オーレンは一息にそう言うと、俺の様子を伺うように見つめた。
俺はその勢いに圧倒されたが、不安材料という言葉に、なぜだか心の中で必死に抗っていた小さな希望が、ストンと抵抗をやめた気がした。
「ああ…はい」
「やはりわかりにくいか?フィリップ、私はしばらく彼の観察をしたいが、これは彼の不安材料になりえるか?」
「お前がか?…セオ、どうですか?しばらく彼がいてもいいですか?」
そんなことを聞かれても、ダメとは言えないだろう。
「…はい」
俺は渋々頷いたのだが、このオーレンは、実に頼りになる男だった。
その後もヘルシエフが来るまでに何人か来客があったのだが、ノックの音に俺の肩が跳ねるのに気づいたオーレンは、以降どんな客も有無を言わせず追い返した。
『来客は不安材料だ。要件はメールで受け付ける。私宛に送れ』
『しかし、彼はまだどこにも属していないと…』
『開発室はセオ・リズレイの全面補佐をしているに過ぎない。今は彼の健康管理が一番の課題だ。面談が決まれば追って通達する』
バタン。
そしてその断りも面倒になったのか、面会謝絶の張り紙を作って扉に貼っていた。
「はあ…遅れてごめんね、そんなことがあったのか…」
ヘルシエフが診察に来て、フィリップとカストールは試験の続きがあると言って、謝りながら出て行った。
「いえ。先生もお忙しいのに、お世話ばっかりおかけしてすみません」
「そんなこと気にしな…」
「不安材料だ」
「え?」
「は?」
そう言って、オーレンはヘルシエフの診察の間に割り込んできた。
「ヘルシエフ医療官は、君の健康状態を回復させることに重大な責任がある。これは彼の良心ではなく任務だ。君は何の気兼ねする必要もなく、医療を受ける権利がある。理解したか?」
「は、はい…」
「あはは、まあ、気にしないでとはいつも言ってるんだけどねー」
俺はオーレンに言われるがままに頷いた。
彼に任せておけば問題ないだろうと思えた。
しかし。
「なぜお前がここにいる」
「セオ・リズレイの状態を観察している。お前は…かなりの安心材料だ」
「…そうか」
オーレンはそれまで無表情だった瞳を驚いたように丸めた。
そんなオーレンにアークは眉間にしわを寄せて、いかにも不機嫌そうな顔をつくる。
「管理官?」
「…帰るぞ」
首を傾げた俺をサッと抱き上げて、アークは険しい表情のまま控室を出た。
それをオーレンとヘルシエフが追いかけてくる。
「おい、オーレン!アークは大丈夫だから!」
「いや、待て。今、お前の態度でかなり不安定になった。何があったか説明しろ」
「うるさい」
「七賢人と何を話した。ヤルスはセオ・リズレイを魔界に送れと直談判したのだろう?彼らはどう審判を下したのだ」
「ちょ…」
「…ちっ」
講堂を大股で歩くアークを追いかけながらオーレンが質問責めにする。
どんどん機嫌が悪くなっていくアークに、俺は怖くなってしがみついた。
「…不安材料だ。お前も、私も」
やはりオーレンは俺の気持ちが見えているような口ぶりだ。
そう思って顔を上げると、俺を無表情で見下ろすアークと目が合った。
怖い。
返事を聞くのが怖い。
俺が口を開こうとした瞬間、アークは淡々と言葉を紡いだ。
「魔界への出撃命令が下った。お前の所属は総合司令部、境界防衛隊。お前は魔導少尉として、ヤルス直属の部下になることが決定した」
「っ!!」
「な…なんだって!?そんな…セオくんはまだ十三歳だぞ!?それに、何の訓練もしていないのに、いきなり魔界に送るなんて無茶苦茶だ!爺共は『魔導の御子』を潰す気か!?」
「それだけあの試験の様子が衝撃的だったということだ。守りを固めればいいと言うヤルスに、七賢人たちの意見もまとまった後で…俺は…何もできなかった」
ヘルシエフが声を荒げ、アークは悔しそうに目を瞑った。
俺はついに逃げられないところまで来てしまった。
何よりも…あの獣の瞳を思い出す。
「不安材料だ」
「言われなくてもわかっている」
「いや…ヤルスの名が…?」
「何だと?」
オーレンとアークはそう言って俺を心配そうに覗き込んだ。
「あ…っ、ご、ごめ…あの人は…」
「ヤルスが?確かに面倒で強引で鬱陶しいヤツだが、悪人ではないはずだが…」
「ご、ごめん、なさ…」
「待て。これ以上その名は危険だ。魔界は?魔界へ行くのは不安ではないのか?」
オーレンの質問に、俺はアークを見上げた。
聞いていいのかどうか迷う。
「アークか。彼が同行するかどうか知りたいと?」
その言葉に、俺は眉を顰めてオーレンを見た。
「なんで…」
「魔力視だ。言わなかったか?私は他の魔導士よりも鮮明に魔力の流れが見える。表情や動きと合わせて、人の考えていることも大体わかる」
「…っ」
俺はその言葉に顔を覆いながら、青くなったり赤くなったりした。
それはもしかして俺がアークに欲情してることもバレているんだろうか。
「…いや、それは誰が見てもわかると思う」
「う…っ」
俺はもうオーレンに顔を見られたくなくて、アークのマントで顔を隠した。
「まあ…いい。アーク、どうなんだ?」
「ちっ、行くに決まっている。こんな状態で放り出せるか」
「…不安がかなり和らいだな」
「オーレンお前は…もう…黙れ」
そんなやりとりが聞こえてアークが頭を抱えたが、俺はアークが一緒だというだけで、確かに不安が落ち着いてきた。
それどころか一緒に出かけられるというのだから、魔界だろうがどこだろうが、だんだん楽しみになってきてしまった。
緊張続きで、少しヤケになってしまってもいた。
でももう、こんなことも長くは続かないのだから。
せめて最後の最後まで、夢を見ていたい。
「あ、あの、管理官」
「何だ」
「お弁当は、お好きですか?」
俺がアークのマントから顔を出してそう聞くと、アークは更に脱力したように額を覆い、オーレンとヘルシエフは顔を見合わせて笑っていた。
ダメだろうか。病院の食堂で頼んだら、おにぎり持たせてくれないかな…。
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