【完結】魔導士会には入らない

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第5章 罪の記憶

20 現し身様

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ーーーセオ!!!



魂を揺さぶるその声が聞こえた気がして、ハッと目を開いた。

倒れていたのは明るい庭園の中だった。
空から降り注ぐ眩しい陽の光を受け止めて、花が咲き乱れ、新緑が誇らしげに芽を伸ばしている。

いくらか草が蔓延った飛び石を視線で辿ると、人間の姿に戻ったオーレンと、セオの体が折り重なって倒れていた。

ほどなくオーレンも目を覚まし、自分の姿を確かめて驚き、しかしすぐさま俺に気づいて駆け寄って来る。
庭について来ていた他の魔族たちも、人間の姿に変わって、驚嘆の声をあげていた。

「魔王様!!」
「…」
「ああ…っ、もう魔王などではありません!あなたこそ、神。偉大なるヘルネシウスの神力を持つ、現人神…現し身様であらせられた…!」

オーレンの感極まった称賛の声を、俺はまたかという思いで、ぼんやりと聞いていた。




魔族は人に、魔物は動物に戻り、魔界は元の姿を取り戻した。

元魔族のロイズバリド人たちは、初めは戸惑い、争いの声も上げたが、オーレンが神の神託と俺の復活と慈愛を訴えると、再びこの城を聖城と呼び、聖王オーレンが神国ロイズバリドを興した。
ロイズバリド人たちは力が無くなったことを嘆き、未来があることを笑い合い、平和が訪れたことに歓喜した。

結局俺はその中にも入れなかった。

オーレンは、それらしい真似を演じてくるが。

「今日も世界の祝福を全て集めたような美しさですね、現し身様」
「…」

オーレンの厳命により、使用人たちが簡単に処刑されることはなくなったが、俺はもはや誰と話をする気力も湧いてこなかった。

俺が関われば必ず呪われる。俺はどこの世界でも邪魔な存在なのだから。

されるがままに世話をされる。どこから見つけて来たのか宝石が散りばめられた衣装を着つけられ、髪を結わえられ、あらゆる宝飾で飾られて、俺はオーレンのお人形になっていた。

毎朝恭しく傅き、側に寄り添ってくるオーレン。
それを一瞥して、俺はセオの身体が置かれている小堂へと向かった。

ガラスの棺しか置かれていないその小さな建物は、長年の内に風化し忘れ去られていた土地神の祠を、オーレンが急遽人手を集めて修理させたものだ。
朝日を透かしたステンドグラスに彩られて、小さな体が棺の中で眠っている。

セオの身体は、もう瀕死だった。

オーレンが棺の蓋を開けると、俺はセオの首に触れて脈を取る。
まだ生きてる。
それを確認すると、もう少し、あと少し、とセオの身体が生き延びるよう、神力で包み加護を与えた。

この身体は、アークが愛してくれたものだから。

小さな頬をなで、唇に触れる。
アークが口付けてくれた場所。
かつての自分の身体に口づけると、その小さな身体に少しずつ神力を分け与えた。




ロイズバリドに来てから一年ほどの時が経つと、セオの身体はゆっくりと息絶えていった。
それはわかっていたことだった。
神力には、死人を生き返らせる力はないのだ。俺の魂が入れば別だが、それでもセオの身体は神力で傷みもうボロボロだった。

死なないと約束したのに。

そして結局のところ過剰な力を用いて世界を混乱に陥れたにも関わらず、神は俺を生かし続けていた。
オーレンによれば神は力のほとんどを失ったと言うし、罰することもできないのかも知れない。

「あなたが何を憂いていらっしゃるのか、私にはわかります。神がこの世界をお創りになった時も、何度も世界は壊れ、数多の命が失われたそうです。神はあなたの罪を咎めたことも悔いておられる。だから私を遣わし、あなたが何の憂いもなく、この世にあらせられることができればと…」
「死にたい」

カウチに寝そべる俺の髪を、愛おしそうに撫でていたオーレンの手が、ピタリと止まる。
部屋にいた神官たちの息を呑む気配がした。

「私では足りませんか?」

オーレンは時折こういう風に言外にアークのことを偲ばせる。
俺はそれに首を振り、見るとはなしに宙を見た。

「もう…死にたい。死ねないんだ、俺は。何百年も生きて、何万人も殺して、何十遍と生まれ変わったのに…結局ここに、戻ってしまう…」
「現し身様…」

「現し身なんかじゃない!!俺は…神の代わりなんかには、なれない…もう、疲れたんだ。お願いだオーレン。俺のために生まれてきたと言うのなら…」

オーレンは、紺色の瞳を悲哀と驚愕に染めて俺を見つめた。

「俺を…殺して…」






「聖王陛下。奉公神官たちが動揺しております。以前より現し身様は今にもお隠れになりそうなほど儚くてあらせられると申しておりましたところで、あのような…」
「ゲールス」

神託に従い、外界で魔王の魂を探し出してから、はや一年。
私はかつての神子である現し身の復活とロイズバリド再興の悲願を果たした。

しかし、ずっと塞ぎがちだった現し身から、今朝は珍しく言葉をもらえたと思えば…。彼は死にたいと。殺してくれとすら、私に願った。

現し身は神の代わりにはなれないと言うが、彼はすでにヘルネシウス神とその存在が同等…いや、それ以上。
その神である現し身を弑すれば、間違いなく世界は崩壊する。
私は夢枕に見たヘルネシウス神の嘆きを思い出し、己の非力さを恨んだ。

「…捕らえている魔導士たちをここへ」

「は…?いや、しかしヤツらは長年に渡り結界付近の同胞たちを惨殺していたのですぞ!?外界への報復の糸口として…」
「はあ…以前にも忠告した。やつらを殺せば、現し身は哀しみの淵に陥る。不死身の身体と魂を、何としても傷つけ、この世界ごと消えるだろう…。あの方は、そういう方だ」
「し、しかし…」

「ゲールス。命令は下した。五体満足であの魔導士たちをここへ連行しろ。さもなくば私もお前も、この世界も、明日の日の目を見ることはない」
「畏まりましてございます…聖王陛下」

これまでにヘルネシウス神が私の夢枕に立ったのは二回。いずれも現し身の孤独と世界の危機を憂いていた。
私にできることは、現し身に寄り添い支えること。それは、私自身が現し身の伴侶となることだと思っていた。
しかし…。

泣いて殺せと訴える現し身を、一年も閉じ込めている大聖堂を振り返る。
魔力視はすでに失われてしまったが、この一年、空っぽの人形のように振る舞う彼と、魔導士会に潜伏して観察していた時の彼とでは、身体が入れ替わったことを差し置いても、完璧な別人のようだった。
二人の間には魂はもとより、何の繋がりもないようにすら思える。

聖堂の庭をぼんやりと見渡す彼は、神の現身に相応しいと言えば相応しいが。
逆を言えば、本当に、いつ露と消えてもおかしくない幻のようだった。

あの子は違ったのに。

あの黒が、隣に居た時は。

私は力足りず募らせた鬱憤と嫉妬に、身が焼き切れる思いで拳を握った。

「許さんぞ…アーク…!」






「出ろ」

三季月以上に及ぶ獄中生活の中、初めて魔封じの牢から出ろと告げられて、俺はついにこの日が来たかと腹をくくった。

牢の前には十人の看守が立っている。
殺れるか、と間合いを測るが、その横からすっかりやつれたヘルシエフとフィリップが看守に引き立てられたのが見えて、俺は焦燥を募らせた。
負傷したヤルスはまだ肩が痛むのか、苦悶の表情を浮かべている。

オーレンは、俺たちをまとめて処刑できるだけの準備を整えているのだ。




虹の壁に覆われた後。
俺たちは無事に命を繋ぐことができた。
それどころか、魔界にあれだけ蔓延っていた魔物たちは煙のように姿を消したのだ。代わりに現れたのは、輝かんばかりの豊かな森と、その豊かさを享受し命を謳歌する獣たちだった。
それは境界門の近くで起こった変化と同様に。

俺たちはまるで魔族の幻影にでも魅了されたかのような世界で、驚くほどすんなりと旅程を進めた。
トラスレットの連絡にも問題はなく、七賢人と繋がったあとは、行けるところまで行こうと逸る気持ちに任せて先を進んだ。

魔界を覆っていた結界も、あの虹色の光によって消失したらしい。
境界防衛隊からの応援も出動し、俺たちは連絡を取り合いながら、四人で先遣隊として調査を続行した。
途中打ち捨てられた村や集落を見つけたが、最近まで何者かが住んでいた気配はあるのに、人の姿は見当たらなかった。

そうして魔力探知を繰り返し、魔物の一匹にも会うことなく辿り着いたのが、ここ、ロイズバリド城だった。
魔界の人々は最近になってここに集結したらしい。

彼らは自らを誇り高き最強の民族ロイズバリド人だと謳い、魔界に祝福を齎したウツシミサマとやらを信奉し、一様に朝の大聖堂に詰めかけた。
そこにウツシミサマが現れるというのだ。

俺たちはそんな奇妙なロイズバリド城下町に潜伏し、知られざる魔界の街を慎重に探索していった。
俺たちの目的は記憶操作の術者であるセオ・リズレイを探すことであったが、トラスレットでロイズバリド城の存在を報告すると、七賢人たちは一時撤退を指示してきた。

俺は渋々その命令に従うことにした。しかしロイズバリド城下町から離れ、見晴らしのいい草原地帯で野営をしていると、突如として最新の魔道具を装備したロイズバリドの魔導兵士たちに襲撃されたのだ。

大型の魔物も一撃で屠るとされる超魔導砲を奇襲初手から放たれて、フィリップを庇ったヤルスは深手を負った。

そして負傷したヤルスを人質にとり投降を要求したのが、かつて魔導士会の装備開発室で副室長まで務め、あの事件の後不自然に失踪していたオーレンであった。

身動きの取れなくなったところですかさず魔封じの陣を展開させたその油断のない指示に、俺たちはあえなく捕縛された。
オーレンはここでは聖王陛下と呼ばれ、ロイズバリド城の頂点に君臨しているようだった。

「オーレン!!貴様が俺たちの記憶を操った術者だというのか!!」

ヤルスの叫びに、オーレンが答えることはなかった。




そして今日、三季月と四週に及ぶ獄中生活が終わり、いよいよ処刑の日がやってきたのだ。
何とか隙がないかと神経を尖らせながら看守や城兵に囲まれ引き立てられて向かった先は、なぜか処刑台ではなく、大聖堂の最奥の部屋だった。

その窓際で、気怠くカウチソファに寝そべる人物を一目見て、俺は心臓を雷で打ち抜かれたような衝撃を受けた。

その人物も俺を視界に入れると、驚いたように目を見開いた。

華やかに結わえられた長く輝く金髪。
生き物を育む温かな海のような翠色の瞳。透き通った白い肌。それをよく彩る宝石の数々。

まるでこの世のものとは思えぬほどに美しい人物であった。

いや、それだけではない。

そこにいるだけで人を魅了するようなその魔力が。儚げで消えてしまいそうな彼の気配が。怯えながらも親しみを訴えるその眼差しが。

俺と目が合った時にだけ、安堵したように緊張を緩めるその仕草が。

今まで求めて止まない存在だったかのような錯覚に囚われる。

まるで魂が引き寄せられてしまうような浮遊感があった。
まさか、あれが…

「セ、オ…?」

そう呟いた途端、美しい人の面差しに憂いが忍び寄り、伏し目がちになって透き通るような声で言葉を紡いだ。

「セオは、死んだ。すまない…」

その人の傍らで立ち上がり、聖王の衣装に身を包んだオーレンが、鋭く俺を睨みつけた。




彼はオーレンに懇願し、俺たちの手錠を外させ、浄化と治癒の魔法をかけた。

その魔力は強烈としか言いようがなかった。
三季月以上もの投獄生活の汚れも疲れもまさしく吹き飛ばしたのだ。痩せ衰えた筋肉も力がみなぎり、なんと服の穴やほつれまでもが直ってしまった。
二度と動かないであろうと思われたヤルスの左肩もだ。

俺たちは彼の強大で異質な魔力に、ただただ狼狽し戸惑うばかりだった。
今逃げるべきなのはわかっていたが、どうしても彼の存在が気になり、思い切りがつかなかった。
そのあふれ出る強力すぎる魔力のせいなのか、身体が勝手に彼に跪き、足に額づき許しを乞いたくなるような衝動に駆られる。

情けなくも逃げるかどうか迷っている内に彼に案内されたのは、聖堂の裏庭にある小さな祠のような建物だった。

静々と動く使用人たちが扉を開けると、中には透明な棺に納められた小さな体があった。

「これがセオ・リズレイ…なのか?」

ヤルスが信じられないといった調子で声を震わせた。
それはそうだ。棺の中の金髪の少年は、死んだと聞かされはしたが、今にも動き出しそうなほどに生き生きとした生気と、不思議なほどの神々しさに満ちていた。
しかも兄弟かと思うほどに、霊廟の前で悲しげに目を伏せる彼とよく似ている。
セオの遺体は見たこともないほど小さな、第一司令部の白い制服を着込んでいた。

道を譲られた俺は、その小さな体を納めた棺に慎重に近づいていった。
そしてなぜか看守にも取り上げられることなく、首から下げられたままだった指輪の鎖を引きちぎって、それを棺の上に乗せた。

なぜだ。

記憶にないというのに、心臓に薄いもやがかかったように、晴れない気持ちがある。
魔導少尉の階級章までつけている目の前の少年は、恐らく魔導士会に潜入した記憶の術者であるセオ・リズレイに間違いはないだろう。

小さく愛らしい人形のような顔立ち。キラキラと輝く柔らかな金の髪。
しかし滑らかな肌や艶やかな睫毛や口元はどこか妖艶で、きっと目を開ければ、人を魅了してやまないのではないかと思えた。
その姿を見下ろすと、胸に灼けつくような痛みが走る。

だが、この違和感はなんだ。

セオが死んだと聞かされた時は、心臓ごと身体が引き裂かれたような衝撃を受けたというのに。
何かが違うと、この指輪を見つけた時に似た焦燥感に襲われる。
オーレンが恭しく手を引くあの人物。

あの、寂しそうな眼差し。

彼は、一体何だ。
俺は、一体何を焦っている。

俺は指輪を棺の上に残したまま、彼を振り返った。
揺れる瞳で不安そうに指輪を見ていたのか、俺と目が合うと、彼は驚いたように視線を泳がせた。
足元すら覚束ない彼を、オーレンが力強く抱き寄せた。

「え…」

彼は狼狽えたようにその胸にすがりつき、オーレンを見上げる。

やめろ。
それに触れるな。
違う。だが、彼は。

わけのわからない苛立ちに頭が支配される。走り出して奪い去りたい衝動を必死に堪えて、俺はオーレンを睨みつけた。
オーレンもまた、射抜きそうなほどの憎悪を滲ませて俺を睨んでくる。

「オーレン…?」

天啓を告げる鐘の音のような声が響くと、オーレンは俺から視線を外し、さも愛おしそうに彼の手を取った。

「…何でもありません。彼らは魔導士会からの侵入者ですが、いかがいたしますか?」

いかがとは、俺たちの命をどうするかという問いかけだろう。
この人物が血を好むようにはとても見えないが、聖王と呼ばれるオーレンが伺いを立てるなら、やはり彼こそがロイズバリドで信奉されているウツシミサマなのだろう。
それだけの神々しさが彼にはある。

だが。

「…っ」

彼はオーレンの言葉に息を呑み、胸に抱かれたまま俺を振り返った。
その瞳が、迷いと憂いを帯びて俺を見つめる。

翠色の宝石は微かに揺れて、とろりとした光で煌めいた。

ーー泣くな。

俺は地に足がつかないほどの激しい焦燥感に駆られた。

ーーどうする。

駆け出して抱き上げたい。

ーーどうすればいい。

何かに包んで、隠してしまいたい。

ーーどうすれば…お前を幸せにできる。

この腕に、閉じ込めてしまえたら。



ーーあの時は、確かに笑っていたのに。



その小さくはにかんだ笑顔が頭をよぎった時、胸にずっと絡みついていた落ち着かないもやのようなものが、パリンと音を立てて弾けた気がした。

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