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第6章 初恋
24 丘の上で
しおりを挟む「おとーさまー!おかーさまー!」
満面の笑みでピョンピョンと飛び跳ねながらこちらに手を振る小さなティオに、俺とアークは手を振り返した。
そのあまりに愛らしい姿に、俺たちはつい微笑みを浮かべてしまう。
アークは特務管理官を辞任した後隠居扱いとなり、ロスディア周辺の魔導士会とも関係が良好なメイスン共和国というところに移り住んだ。
気が向いたら痩せた土地を魔法で掘り起こして種を吹き飛ばし、小さな山なら丸ごと魔法で襲撃しては獣を狩るという…何とも豪快な半農半猟の暮らしを営んでいる。
魔界がなくなった境界警備隊も、当然再編がされていた。俺は警備隊に大尉としての登録が復活したものの、記録魔法がかかっていた時点での再編には組み込まれることはなかった。のちにヤルスによってきっちり中尉に降格されていて温かい気持ちになった。
今は所属未定という宙ぶらりんな状況のまま、アークと共に仮の隠居扱いにしてもらっている。俺は恐縮しながらも受け取った支度金で牛を飼い始め、牛乳を売り、乳製品の加工も始めた。
始めはヘルシエフの属する保健医療部に入れてもらおうとしたのだが、必修技能だとされる注射がどうしても打てなかったのだ。
ならその付属部署の衛生療養室というところに行こうかとしたところ、今度は七賢人とアークから大反対されてしまった。曰く、そこの部署に所属する人は皆いつもモテモテで、絶対俺も言い寄られるからやめてほしいと。その気持ちは嬉しかったが、なぜ療養室だけモテるのかはよくわからなかった。
今はたまにメイスン国の町医者の先生を治癒魔法で手伝わせてもらっている。それにもアークはあまりいい顔をしないが。
少しでも罪滅ぼしがしたいという気持ちだったのだが、医療活動に関してはまだあまり社会貢献できている気はしない。
かたや昔取った杵柄というか、酪農と食品加工の方は順調で、今はアイスとチーズと生クリームの販路を拡大して、魔道士会へ寄付もできるようになってきたところだ。どれも以前からあった製品だが、メイスンでの売り上げはかなり好調だった。
ゆくゆくは魔道士会が世界から経済的に自立できるようになってほしいと思う。
引退を示唆していたヤルスは、結局総合司令部から新設された国際国境防衛隊に移籍し、指揮に当たっている。
ヤルスが冗談半分で嫁にすると言っていたフィリップとヘルシエフだが、ヘルシエフは後輩の医療官と婚約させられたと言って、わざわざ家まで愚痴をこぼしに来た。相手は俺も知ってる人で、かなり前からしつこくされて参っていたんだとか。全然気づかなかったのでとても驚いた。
フィリップは教育養成部の副部長に昇進し、仕事が忙しいと言って、ヤルスとの接触を断っているらしい。
しかし以前ヤルスに会った時には、何やらフィリップについて含むような言い方をしていたので、こちらは一波乱ありそうだなと感じた。
フィリップ本人にヤルスをどう思うかと尋ねてみると、鼻で笑って「無いですね」とは答えていたが。
魔界がなくなったことは、各国から防衛費を調達していた魔導士会としては喜んでばかりもいられなかった。
魔界消滅が各国に知れ渡ると、魔導士会への防衛費の納入も新たな魔導士の引き渡しも拒否されるようになったのだ。
しかしそこは強かに歴史の中で地位を築いてきた魔導士たちである。
今度は費用を前より割引して国家間の国境維持に協力すると謳い、ロイズバリドも加えてやはり防衛費を徴収し続けることに成功していた。
少しヤクザみたいだなと思ったものだが、それで不満が出るようならまた別の手段をとるだろう。
何と言っても魔導士会には魔法があるのだ。今よりも生産活動に力を注げば、並みの国家収益など目じゃないくらい稼げるし、その生産力と経済力で世界を牛耳ることすらできるだろう。
結局のところ各国にとっては目の上のたんこぶ的な存在であり続けることに変わりないだろうが。
俺とアークは晴れた休日の習慣となっている丘の上での昼食を摂るため、敷物を広げた。
浄化で洗濯が済むため、レジャーシートの代用としている厚手の布。それを二人でフワッと広げれば、小さいティオはわざわざ駆け寄って来て下に潜り込み、潰されるーと叫んでは転げ回って笑っている。
「ほらティオ。おにぎりを食べる時も、必ずフォークを使うんだぞ?」
「はぁーい!」
魔導士会ではおにぎりは必ずフォークで食べるのがマナーだ。それは魔導の御子と区別をつけるためでもあるし、自分がそうだと思われないための自衛でもあるらしい。
魔導の御子と知れると、否応なく重責が降りかかってくるからな、とはアークの言だ。
俺は今のところ魔導の御子というよりも神の落とし子だったと噂されているようで、神相手に仕事を押し付けるのも…と若干腫れ物扱いになってしまったらしい。
その話を聞いた時にはかなり寂しい気分になったが、アークはその方がいいと言う。
でも俺も魔導士の一人として皆に貢献できる仕事がしたいという気持ちでいる。
「来月の親睦会には、ティオも連れて行こうか」
「ティオも!?行くー!」
「いやダメだ。まだ早い」
「ええぇー!ぶーっ!」
硬い表情で首を振るアークに、ティオはふくれっ面で抗議した。
アークはティオが可愛くて仕方がないのだ。
五歳になったばかりだというのに、もう悪い虫が付くからと、商業地区やメイスンの繁華街に行くのに反対している。
ティオはアークと同じ銀髪を少し短く切って、俺と同じ翠色の瞳に、大人しい性格と柔らかな顔立ちをしていた。
全体的には俺似かなとは思う。
二人で歩いているとよく兄弟だと決めてかかられるため、何も教えていないのに外では母さまではなく兄さまと呼ばれていたりする。少し切ない。
そんな俺はセオの歳で十九になった。しかし成長途中での死にかけと不摂生が祟ったせいか、まだ子供に見られることが多い。そしてアークに抱き上げられると、ロスディアの外では完全に親子扱いを受けるのだ。こんなデカい息子を抱き上げて歩く親なんていないはずなのに。かなり切ない。
アークはもうすぐ三十四になる。
俺は毎日日増しにかっこよくなっているようにしか見えないのだが、本人は何やら思うところがあるらしく、俺が同年代の人と話をしていると少し面倒な拗ね方をするのが可愛い。
俺の方が百年単位で年上なことはよく失念してしまうようだった。
「じゃあコーナー先生のところで、お菓子探検隊の修行をしようか」
「探検隊!?するー!」
「ううぬ…」
実は教育養成部には、ロスディアの外に生活研修室という付属部署がある。魔導士会で生まれた魔導士の子どもたちは、そこで小学校教育のようなものを受けることができるのだ。もちろん全員が魔力発露をするとは限らないので、ほぼ魔導士会の外部組織扱いで、教えるのも一般常識程度の知識だが。
アークはこれにも難色を示すことが多い。親バカも過ぎれば嫌われるぞと、いつも言っているのだが。
ロイズバリドで創世神として降臨したヘルネシウスは、宣言通りこの世界に干渉するのはやめたようだ。
ただオーレンに言わせると、礼拝の後の朝露がたまに虹色に輝いていたり、ちょっとした災害の時に被災者に野生の勘が働いたりと…そういう小さな奇跡に神を感じることができるのだそうな。
それを聞いた時、俺はオーレンの元を離れられたことに安堵してしまった。だって信仰されるって本当に居心地が悪いんだ。
魔界を元に戻すよう俺を導いてくれたオーレンには本当に感謝しているし、その後も個人的に連絡を取り合う仲は続いている。ロイズバリドは魔導士会のトラスレットと同じ性能の通信機器を持っているのだ。
しかしたまに俺にも祈ってくるのは本気でやめてほしいと思う。
そして俺の故郷の国だが、アークが襲撃した翌月にはエストバール王家は臣下や民衆によって王位を剥奪されていた。代わりに立った公爵家も問題が多く、近々また何者かに政権を譲るだろうと囁かれているらしい。
その混乱は俺の実家であるリズレイ侯爵家にも飛び火した。
他の特務管理官や地方監査員からの情報によれば、父はその後懲罰を受けることは免れたものの、王家が倒れる要因となった俺を輩出した家として、どさくさ紛れに降格させられたらしい。
しかし領地が削られた後も、領民たちはリズレイ家を支えようとしてくれたそうで。それは俺が放った浄化で、土地が豊かになったと評価されたからだということだった。
父や兄弟たちを思えば、今でも会いたいし、それ以上に申し訳なく寂しい気持ちに囚われる。
しかし今さら会いに行ったところで、混乱させるだけなのは明白だった。
ティオを父や兄弟たちに会わせたいという気持ちはある。しかし父がティオの存在を知れば、きっと俺ごと孫も引き取ると主張するだろう。
もしそうなれば、アークがリズレイ家を潰しかねない。物理的に。
実家には後ろめたさと寂しさを残したまま、魔導士会の掟を理由に、一切の連絡を絶ったままにしていた。
ティオはあの忘れられない夜にできた子だ。あの後何度か同じような妊娠を促す行為をしたが、卵が産まれた日から逆算して、初日にはできていたと判明した。
そう、ティオは卵だった。
子どもの身体での妊娠は不安だったが、こちらの出産もまた、テレビで見たものとはまるで違っていた。
成長しながら半年ほどで降りてきたアークの拳ほどの大きさの卵は、アークによって解された肛門を難なく通過した。
さらに三ヶ月ほど卵を温める生活を送った後、鳥のヒナのように小さいティオが、固い殻を内側からかかと落としで割って出てきたのだ。
あの時の驚きと感動も、きっと一生忘れることはないだろう。
その後も子育ては驚きの連続だったが、常にアークが隣で支えてくれていたため、こうして今まで幸福な生活を送ることができている。
そしてまた、俺の腹の中には、小さな卵ができ始めていた。
「おとーさまー!もっとたかーく!」
「ああ」
「あっ、ダイアン、まだだよー!」
俺が折った紙飛行機をティオが飛ばし、アークが風を操って空をクルクルと旋回させる。すると待ってましたとばかりにダイアンが追いかけ始め、紙飛行機をバクリと咥えて、俺たちの元へ持ってきた。
「きゃあっ!すごーい!」
それをティオは飛び跳ねて喜び、また紙飛行機を投げるのだ。
ああ、幸せだ。
「アーク」
俺は風を操っているアークの胸に頭を預ける。
アークは俺を腕の中に抱き込んで、管理部から貰い受けた黒いマントの中にそっと包み込んだ。
「セオ」
アークも幸せそうに、俺の名前を呼んでくれる。
見上げれば澄んだ青空。
それと同じ色の瞳が俺を見下ろしていた。
ゆるやかな丘を伝って、また一つ、やさしい風が吹き抜けていく。
その風を捕まえて、紙飛行機は空高く舞い上がった。
完
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