裏庭ダンジョン

塔ノ沢渓一

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攻略

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「ほら、新しいバッグ買ってきてやったぞ」
「な、なによこれ。こんなに高価なもの買ってきて、かわりに私の何を要求しようというの」

 何を勘違いしているのか、蘭華は胸元を隠すような仕草をした。
 最近では俺もこのくらいではイライラしない。

「前回の探索の報酬だろ。わざわざ高いやつを買って来てやったんだぞ」
「そう。びっくりさせないでよ」

 前回の探索では最後に高エネルギー結晶を見つけたので、実際の分け前はもっと多い。
 ネットオークションに出したら、海外の研究所にとんでもない額で落札された。
 相原も、これで魔法が買えますと言って新幹線に乗って滋賀の方に行ってしまった。

 だから今、手元にはとてつもない大金がある。
 それをボストンバッグに詰めて、村上さんのところに向かった。
 いくつかアイテムを買い集めてもらっていたので、その中から買い取るためだ。

 ダンジョンが見える場所に村上さんのリサイクルショップはある。
 更地になってしまったとは言え、もとは新宿の一等地だ。
 店の中にはいると、すぐさま村上さんが出て来て、売っている物の目録を見せてくれた。

 まず目についたのが相原が買おうか悩んでいた俊足だ。
 もっと短時間にしか効果がない瞬歩と、継続的に効果が出る俊足の二つがあった。
 どちらも金色のスキルストーンだから値段が4桁台である。
 数が出るようになっても、最高レアともなると値上がりを続けているらしい。

 マナの消費も考えて俊足を有坂さんから預かってきた金で買った。
 任せるよと言ってくれたので、有坂さんの弱点である近距離での戦闘が弱いので、逃げながら戦えるようにするためだ。
 今のパーティーでは敵の攻撃を受ける役になる俺は、防御に特化すればいい。

 そして蘭華は攻撃に特化するのがいいだろうと相原は言っていた。
 相原は万能型のサブタンクを目指すのだと言っていた。
 そんな器用さが求められそうなものを目指すのはやめておけとアドバイスしたら、どんくさいと言われる自分には、それがベストなのだそうだ。
 俺の真似をしたいだけではないらしい。

 蘭華に敵の攻撃を受けさせるのは怖いものがある。
 ダンジョンの中では体の大きさや体格、骨格の作りなどまったく関係がない。
 蘭華が攻撃を受けることも可能だが、さすがにそれはさせられない。
 それに回復手段がない蘭華には、回避特化の方がいいだろう。

 いつでも冷静で判断力があるし、俺のようにムキになる性格でもない。
 それに守る術がないからと言って、敵に近寄るのをためらうようなタマでもない。
 加えて、陸上のハードルが得意だったくらいの運動センスもある。
 何より昔からいろいろなことが器用な奴だった。

 だが、敵の数が多ければ俺だけでは受けられなくなる心配もある。
 そう考えると相原が抜けてしまったのは少々惜しい気がする。
 俺たちとやっていた方がはるかに得だろうに、あいつにも譲れない事情があるということだから仕方ない。
 そして、同じく金色のスキルストーンである、分身を蘭華のために買った。

 それだけでは心もとないので、軽業ができるようになる鎌鼬の石も買う。
 ここまで買った物すべてが金色である。
 有坂さんにもう一つ魔法が欲しいところだが、良さそうなものはないので低位のものだけ買った。

「ほ、本当に、そんなに買うんですか。さ、さすがですね。一番奥まで行ってるって、噂になってますよ。伊藤さんはいつも一人だけ別次元にいる感じですよね」

「たまたまエネルギー結晶を見つけたんだよ。ダンジョンの中を歩いてたら、でかいやつが地面に生えてたんだ」

「で、でも、そんなにお金があったら一生遊んで暮らせるんじゃないですか」

 それは大げさすぎるというものだろう。
 しかし、目的がある俺にとって、そんなことはどうでもいいのだ。
 世界の危機だって本当はどうでもいいのかもしれない。

 一通りの買い物を終えた。
 これで有坂さんにはゴーレムからでたリンクストーンまであるから、必要なものは全部そろったと見ていいだろう。
 リンクストーンは呼び出した石を操ることのできる武器である。

 スキルでは威力を強化できず、魔力に依存する武器だ。
 腕輪になっているから魔法を使う時の邪魔にもならない。
 ついでに俺が死んだら蘭華が逃げられるように瞬歩の石も買っておいた。
 少し蘭華に費やす金額が大きいが仕方ない。

 かつてはゴミ扱いだった武器を強化する石も今は品薄になっている。
 在庫を山ほど抱えていた村上さんはそれでかなり稼いだらしい。
 しかしあの何が価値があるかもわからず、値段がコロコロ変わりゆく相場でよく生き残ったものである。

「仕入れるお金がなかったから、安いものばかり買い集めていたんですよ。そのおかげで、値段が上がった時に、凄く儲けさせてもらいました。伊藤さんにはかなり損させちゃったかもしれないですね」

 まあ、リスクのある商売だから、そこは責められない。
 毎回服を駄目にして、村上さんがいなければ替えを買うことすらできなくなっていただろうから、売れただけ助かっていたのだ。
 それだけ買ってもまだお金が余っていたので、俺は感知の石を買った。

 これは銀の石だが、暗躍のローブで命を狙われたことのある身としては、転ばぬ先の石としてあるに越したことはない。
 その石だけはその場で俺が覚えることにした。
 そして自分で出した使うつもりのない装備やら石やらアイテムやらを売った。

 ホテルに帰ったら有坂さんと蘭華に出くわす。
 俺は買ってきたものをそれぞれ二人に渡した。
 そして夜になったらダンジョンに行く旨を伝える。

 蘭華と一緒に昼飯を食べて、部屋に帰ろうとしたら呼び止められる。
 手渡されたのは、金属製のプロテクターが付いた革手袋だった。

「ほら、剣治はなんでも殴るみたいに剣を使うじゃない。そういうのがあった方がいいんじゃないの。剣治がやられたら私にも危険があるんだから、ちゃんと気を使いなさいよね」

 その言葉に、こんな気の配り方をする奴だったかなと疑問がよぎる。

「有坂さんに何か入れ知恵でもされたのか」
「そ、そんなわけないじゃない。お店を案内してもらっただけよ」

 さすがの俺でも嘘をついているのはわかる。
 でも、面倒だから話を合わせておこう。

「そうかよ。でも金はどうしたんだ」
「自分で拾ったドロップを売ったわ」
「みんなで出したドロップだよ。ちゃんと俺に言ってくれなきゃ困るぞ」
「そう、次からはそうするわね」

 こんな常識から教えなきゃならないのかと思いながら俺は自分の部屋に戻った。
 それにしても有坂さんもおせっかいなことをするものだ。
 別に今の俺と蘭華は、昔とそんなに変わっていない。

 むしろ昔よりうまくいってるくらいで、極めて順調であり、おせっかいなど必要ないのだ。



 ダンジョンに入ると平日だからか、かなり人が減っている。
 ビビってしまってゴブリンと戦えなかった人たちはダンジョンから去ったのだ。
 そして最近では、レックス地帯も人が多い。

 それでもまだ、さすがにハイゴブリンを相手にしている人はいない。
 10人、20人というチーム単位でレックスの相手をしている。
 二人で一体を相手にできれば、体力を減らさずに倒せるようだった。

 さすがにハイゴブリンは、敵が使ってくるファイアーボールがネックになってやれているチームはまだいないのだろう。
 石塔の加護を受けられるようになったおかげで周りの成長も早くなった。
 それでもかなりの休憩を挟みながらやっているようだ。

 そんな大人数を横目に、俺たちは下へと向かう。
 そして今日はゴーレムを越えて、さらに奥へと進んだ。
 その先にいたのは角の生えた真っ黒いヒョウだった。

 こいつらもまた数で押してくるタイプだ。
 しかも俺が苦手なすばしっこいタイプの敵である。
 俺の最初の一振りで、ヒョウの黒い尻尾が宙に飛んだ。

 空振りした剣が岩に当たって、砕け散った破片が顔に当たる。

「そんな力任せじゃ無理よ」

 俺はヒョウを蹴り上げると、振り戻した剣で粉々に吹き飛ばした。
 その隙に飛びかかってきた奴は、有坂さんの魔法に肩と腹を貫かれて塵になる。

「力任せが何だって!?」
「もういいわ。好きになさい」

 むくれた声で蘭華が言った。
 昨日今日始めたわけじゃないのだから、このくらいの敵で手こずることはない。
 そこに、体調が2メートルはある赤い毛をしたゴリラまで出てきた。

 こっちは俺のために用意されたような敵である。
 長い腕で俺の頭を掴みにきたので、懐に潜り込んで胴体を弾き飛ばした。
 蘭華はヒョウ相手なら、なんとか距離を保ちつつ戦えているようだ。

 スキルレベルは1だろうに、足場の悪い岩の上で跳ねまわっているのが信じられない。
 いや、やはり無理なようで転び、そこにヒョウが飛びかかる。
 俺はアイスランスを放った。

「キャッ」

 蘭華の弱々しい悲鳴なんて初めて聞いた気がする。

「無理そうか」
「まだわからないわ」

 すっくと立ちあがって強がりを言った。
 あんまり負けん気が強いのも心配になる。

「有坂さんはどうですか」
「あまり役に立ててないね。申し訳ない」

 やはりゴーレムのようにはいかない。
 ゴーレムは経験値がいいわりに倒しやすい、いわゆる美味しい敵だったのだ。




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