裏庭ダンジョン

塔ノ沢渓一

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作戦

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 相原も含めてみんな寝込んでしまったので、まだ動けた俺は、探索協会の呼び出しに応じて顔を出した。
 協会に着くと自衛隊の宿舎の方に通される。
 驚いたことに、魔力酔いの最中であろう探索組まで勤務中である。

 もちろんそんな状態で出来ることなどないから、装備の点検整備をしていた。
 やってきたのは一等陸佐だという山田さんと、三等陸佐の加藤さんで、二人ともダンジョンで見覚えがあった。

「魔力酔いは大丈夫なんですか」
「まあ、もう慣れたよ。辛いけど好きでやってることだからね」

 俺よりもだいぶ年上に見える加藤さんが笑って言った。
 山田さんは探索に出る全員の魔光受量値を管理しているそうだ。
 無駄話をしていたら、一等陸尉の山口だという女性が入ってきた。

「私が新宿拠点を管理している山口です。伊藤さんの話は伺っています。今日は現場の意見を聞きたくて呼び出させてもらいました」
「いったい何を聞きたいんですか」

 現場というのがダンジョンのことなら、自衛隊の中にも現場に出ている人間は豊富にいるはずだ。
 山口さんが視線を向けると、山田さんが俺に説明してくれた。

「自衛隊の精鋭部隊で、北海道において保有戦力確認のための戦闘を、オーク相手に行いました。10人の精鋭を二班に分け二体のオークと、21体の上位ゴブリンを撃破しました」

「ゴブリンもいたんですね」
「ええ、偵察するように周りをうろついていて、非常に厄介です」

 俺の言葉には加藤さんが答えてくれた。

「伊藤さんは、これを聞いてどう思いますか」

「まあ、そんなもんじゃないですか。でも足場の悪いところでよく倒せましたね。たしか、オークがいるのは山間部ですよね。それもなぎ倒された木が転がっているような山の中だったはずですよ」

「ええ、精鋭の小隊を使って二体倒すのがやっとでした。もし二体以上出て来ていたら、撤退できずに全滅していたと小隊長は報告しました」

「来月までに作戦に必要な人数を確保できるとは思えませんよ。延期は出来ないんですか」

 日本中から参加者を募るのだろうが、強い奴が少数の方がよっぽど楽なはずだ。
 回復やらなんやらで右往左往していれば、死人が出てもおかしくはない。

「それは出来ません。すでに決定事項です。海外ではオークを倒しているという情報から、もう倒せるだろうという見積もりが出てしまいました。それで予算が下りてしまった以上、上に掛け合っても取り合ってもらえないのです。詳細な日時は調整中ですが、どんなに後ろに伸ばしたとしても、来月の初週のうちには決行します」

 あと三週間もない。
 国土を占領された状態だから、上層部に急ぎたい気持ちがあるのはわかる。
 それにオークが札幌の方にまで出てこないとも限らない。

「なら、レベルと霊力を上げるしかありませんね。ゴーレムが倒せるなら、そこでレベルを上げるのが最善だと思いますよ。高価なスキルや魔法がない一般のチームに期待しても無駄でしょう。自衛隊のチームがやるしかありません」

「失礼ですが、伊藤さんの現在のレベルは?」
「34です」

 三人が顔を見合わせる。
 信じられないのか、山口さんはカラスが落とす鑑定オーブまで持ってこさせて、俺の能力を確認した。
 どこまで表示されるのか知らないが、あまり気分のいいものではない。

 俺の現在のステータスはこうなっている。


伊藤 剣治
レベル 34
体力 1845/1845
マナ 1624/1624
魔力 349
魔装 381
霊力 42356
魔弾(18) 魔盾(12) 剣術(33) オーラ(38)
アイテムボックス(25) 猫目(31) 感知(12)
アイスダガー ファイアーボール
ブラッドブレード アイスランス
魔光受量値 1895


 ステータスも若干上がりにくくなっている感じがする。
 ネットの情報では霊力を除いたステータスの上がり方には、多少の個人差があるそうだ。
 しかし、それほどの大きな差は生み出さないとされている。
 大器晩成型もいれば早熟型もいるのだ。

 しかし、レベル10前後が多いサンプルでは、レベルの差をひっくり返すほどの違いが生まれていないだけで、俺がその範囲に収まっているのかどうかは不明だ。
 加護やスキルも関係あるだろうし、シールドのような防御系スキルは、攻撃を受けなければあまり育たない。

 つまり有坂さんや桜、さらには蘭華でさえも打たれ弱いことに変わりはないのだ。
 シールドスキルの高い相原が受ける側に回ってくれたのはありがたい。
 その相原もオークの突進を受けられるかは疑問である。

「伊藤さんの見立てでは、どれくらいの戦力が必要だと考えていますか」
「地形にもよりますけど、霊力1万以上が3パーティーもいれば前線の一つは維持できるんじゃないですか」

 あまり集まってくるようでは話にならないし、坂の下にでも陣取れば、勢いをつけて突っ込んでくるだろうから吹き飛ばされて終わりだ。
 高地を何ヶ所か陣取れれば、それほど敵の数は脅威にならないだろう。
 山口さんが山田さんの方に顔を向けると山田さんが答えた。

「口頭調査の結果を見る限り、実現不可能ですね。自衛隊でもそれだけの戦力となると一小隊を用意できるかもわかりません。東京3班に一人だけ霊力一万を超えた者がいます。参加者の多くは霊力6000前後です。一週間での平均霊力上昇幅は1000程度でした」

 自衛隊では、チームではなく小隊と呼ぶらしい。
 そしてパーティーではなく班と呼んでいる。
 話しを聞く限り、どうもトロールまでたどり着けるような気がしない。

「本当にやるんですか?」
「やるしかありません。できるだけ被害を出さないように対処します」
「俺のチームがトロールを倒せるかどうかもわかりませんよ」

「北海道における敵対巨大生命体、いわゆるトロールと呼ばれる個体の移動速度は大したことがありません。霊力によって強化された探索者であれば、いわゆる引き撃ちが通用するだろうと言われています」

「それって、木とか石を投げてこない場合は、ということですよね」
「そうなります。ですが地上の物質なら木で防ぐことができますから、森に誘い込め安全でしょう」
 作戦はちゃんとシミュレーションされ、実行可能な案が考えられているようだ。

「代替案として、夜戦に持ち込む方法もあります。高性能な暗視ゴーグルを用いた、急襲作戦ですね。これはどう考えますか」

 比較的暗かった裏庭ダンジョンでも、敵は暗闇を障害にしていたという記憶はない。
 それに猫目のようなスキルがあるのだから、それだけで試練をクリアできるということはないだろう。

 さらにはハイゴブリンのファイアーボールでも食らえば、暗闇で暗視ゴーグルを失って引き返すこともできなくなる可能性がある。

「それはやめた方がいいと思いますよ。モンスターは魔力を感知して、人間を知覚している可能性があります」

「そうですか。やはり正攻法しかありませんね」

 山口さんは作戦を否定されても残念そうなそぶりは見せなかった。
 きりっとした表情を崩さずに何事か考え込んでいる。
 仕事モードという感じだが、常にこんなで疲れたりしないのだろうか。

 山田さんと加藤さんはぐったりしていて顔色も悪い。
 今にも死にそうなくらいだ。

「また話を聞かせてもらうこともあるかもしれません。伊藤さんの強さの秘密は教えてはもらえないんですよね。ゴーレムだけが秘密ではないはずですが」

 俺は何のことやらという感じで笑ってごまかした。
 詳しいことは追って連絡しますと言って、打ち合わせなのか聞き取り調査なのかわからないものは終わった。

 その後で加藤さんに施設の中を見せてもらったが、食料を革で包んで革ひもで縛ったものなど、探索に使う物資を作っていたりする。
 そういったものも自分たちでやっているのだ。

 スキルストーンやスペルスクロールの在庫も見せてもらった。
 必要なものがあれば言ってくださいとの申し出も受けたが、欲しいものはなかった。
 金色のものは自衛隊内でも人気があって、抽選になるそうだ。

 そんなことで使用者を決めていいのかとも思うが、そういうことになっているらしい。
 俺が村上さんに頼んでおいた回復クリスタルが、ちゃんと自衛隊に渡っていることも確認できた。
 カギのかかった部屋に保管しているから、高級品扱いでレベル上げに使うような様子はない。

 作戦中はクリスタルが命綱になる。
 最後に噂に名高い自衛隊カレーを食べさせてもらって、俺は探索協会を後にした。


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