裏庭ダンジョン

塔ノ沢渓一

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トロール

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 トロール退治についての注意事項がもう一度、山口さんの口から繰り返された。
 防御力にデバフのかかっる後衛系の加護を受けたものは、絶対に退路確保と安全な位置取りを優先する事。
 そして防御力に寄った前衛系の加護を受けたものは、必ず後衛を庇う事。

 そして、必ず攻撃が当たるという確信なく魔法を撃たない事などだ。
 トロールは当然ボスという認識だから経験値も美味しいし、ドロップも期待できる。
 だからといって無理に倒そうとすれば、命に関わる事態になると念押しされた。

 そうは言っても、これは誰にとっても未知数の敵だ。
 山口さんだって確信があって言っているわけではないし、あくまでも予想でしかない。
 だからこそ周りには、ちょっと熱に浮かされたような雰囲気があった。

 顔を輝かせている面々を見て、ボスのドロップに対する期待値が上がり過ぎているような気がするなと思った。
 一生遊んで暮らせるような一獲千金のドロップは、俺の経験上、宝箱以外からはほぼ期待できない。

 移動が始まると、山口さんが俺の所にやってきて言った。

「伊藤さんの出番があるかもしれません」

「わかってます。一つ言っておきたいことがあるんですけど、魔法が通用しなかった場合は、第二プランとして近接戦闘を挑んでみるつもりです」

「それは……。もちろん勝算があれば認めますが、相手は何トンもあるような戦闘車両を握り潰すような相手ですよ。慎重な判断をお願いします。伊藤さんを失ったら、今回の作戦は続行不可能なんですから」

「でも、俺のチームが接近戦を挑んで駄目なら、誰が何をしたってもどうにもなりませんよ。それしかないんですよ。もしそうなったら、周りのオークだけでもなんとかしてください」

「わかりました。戦いが終わるまで一歩も引かずに戦うと約束しましょう。ですが、砦には絶対に入らないでください。相手が砦に入ってしまったら、深追いは禁止です。状況がわからなくなれば、手の出しようがなくなりますから。砦に入るのは焼夷弾で砦を焼いた後にしてください」

 俺は黙ってうなずいた。
 こんなところでトロールと戦う可能性が出てきたのは、俺にとってもかなり想定外の事態である。
 マナクリスタルは使い切ってしまったし、イエロークリスタルだってほとんど残っていない。

 日差しが強い中、山登りが始まって、かなり急な山を登らされる。
 登るというよりは、ジャンプで崖の足場を上がっていくと言った感じだ。
 一人ずつしか上がれないし、登ってしまえば逃げ場がなさそうだ。

 崖の上に上がったら、オークの砦が見えた。
 思ったよりも近くて、3キロも離れていないのではないかという距離だ。
 しかしトロールの姿は見えない。
 伏せて待つように言われたので、俺は地面に横になって砦を観察した。

 間にオークの姿は見えないから、作戦ではかなり遠くまで集められていたようだ。
 砦の周辺ならばまだ多少は残っているのが見える。
 いったいどうやって、あんな大きな砦を組み上げたのか想像もできない。

「今のところは、こちらの思惑どうり進んでくれていますね。砦の中にはどれだけのオークがいるのかわかりません。すでにダンジョンの入り口から出て来始めているようですね。やはり、そろそろ倒さなくてはなりません」

「焼夷弾なんてどうやって撃ち込むんですか。ヘリは魔弾でバラバラにされてましたよね」

「戦闘機や爆撃機なら成層圏から爆撃出来ます。さすがに見えないだろうし、反撃は受けないでしょう。しかし今日はまだ攻撃の要請が出せません」

 トロールは砦の中にいるのだろうか。
 あの杉の大木よりも大きなトロールが隠れられるほど、砦は大きくない。
 横になっていれば隠れられるのだろうが、それも滑稽な話である。

 今日の山は、後ろは崖になっているし、正面は急すぎてオークも登って来られなさそうだ。
 となれば、ここはかなり戦いやすそうである。
 問題は山というより、一枚の板のような形だから突き崩されるんじゃないかという心配があることだ。

 木を丸ごと一本引き抜いて、それを並べて突き刺したような砦の外壁を眺めていたら、いきなりむくりとトロールが起き上がって、その顔が砦の上に現れた。
 その顔がこちらを向いていて、心臓がバクンとはねてしまうほど驚いた。

 猿のような顔に赤い目がこちらに向けられている。
 周囲から悲鳴が上がった。
 オークから倒すとか、爆撃で障害物を排除してからとか、そんな子供だましが通用しないような威圧感がある。

 知性が感じられるバケモノは、急に立ち上がると、砦の外壁を飛び越えてこちらに向かって走り始めた。
 かなりヤバい状況なのに、久しぶりに感じられたスリルにワクワクしてくる。
 モンスターを動物か何かのように知性の低いものだと見積もっていたのが失敗だろう。

 その行動は人間を倒すために最適なものになるよう、この試練を作り出した魔術師によって植え付けられたものだ。
 全力ダッシュからひとっ飛びしたら、山の麓に立ったトロールがこちらを見上げていた。
 猿の体毛に見えたものは、もっと堅い骨のような質感をしていた。

 それが全身を覆っているのだ。
 炎のような形をした骨の全身鎧を着ているようなものだった。
 俺がアイスランスを放つと、それがトロールの顔に突き刺さる。

 ダメージは感じないが、それはヘイトを買うためにやったにすぎない。
 敵は俺であると認識させて、かかって来いという意味である。
 トロールは見上げるほども飛び上がって、俺に向かってコブシを突き出してきた。

 俺は気を吐いて、全力の一振りでコブシを迎え撃った。
 腕と足が悲鳴を上げて、思わず膝をついた。
 地面に着いた膝から、トロールが着地した振動が伝わってくる。

 最近になって気が付いたことだが、俺は霊力が先行して上がり過ぎているようだ。
 レベル上昇による恩恵である魔装の数値が低いから、体の頑丈さが全く足りてない。
 霊力だけは上がっているから腕力ばかりあって、体が自分の力について行けていないのだ。

 骨にひびが入ったかもしれないと思って、残り少ないイエロークリスタルを砕くと、俺は目の前の急斜面を滑り降りた。
 それに続いて、有坂さんが坂を駆け下りて、蘭華が桜を抱えて降りて来た。

 俺は目の前にあったトロールの足に向かって駆けだし、魔剣を振るう。
 骨よりももっと硬質な感触がして、わずかに表面が削れた。
 そこにトロールの長い腕が伸びてきて、俺は転がってそれをかわす。

 殴られるよりも何よりも、握り潰されるのが一番怖い。
 そこに坂を転がった相原がやってきた。
 まずはトロールのヘイトを買った俺が、引き回すために森の中を走る。

 まだ全員が山の上には登れていないだろうが、すぐに魔法が飛んで来た。
 しかし、まるで吸い込まれるように白い炎のような形をした外装に触れたところで魔法が霧散する。
 魔法を相殺する仕組みがあるようだった。

 これで大手を振って第二プランに移行できる。
 とりあえずジャンプするのは掴まれる可能性が高いから、足を狙うしかない。
 足を狙いに行くと、トロールも俺を掴もうと手を伸ばしてきたので俺はとっさに後ろへと飛んだ。

 その手のひらに有坂さんの魔法が突き刺さった。
 手のひらと足の裏には装甲がない。
 トロールはふらついて、俺に伸ばした手を引いた。

 いつの間にか後ろに回っていた蘭華が、ふくらはぎを攻撃する。
 しかし装甲を切り裂くことは出来なかった。
 相原の魔槍も、当然のように弾かれてダメージはない。

「脛を狙うぞ。装甲を剥がすんだ!」

 指示を出して、俺も全力で突っ込んだ。
 指示もあまり意味がないことはわかっている。
 トロールの外装を削ることができたのは、俺の攻撃だけなのだ。

 俺がもう一度脛に攻撃を加えると、トロールは雄たけびを上げて、全身から炎を噴き出した。
 俺は構いもせず、オーラだけで炎の中に飛び込み、執拗に攻撃を脛に集める。
 削れているという事は、いつか倒せるという事だ。

 体の表面が沸騰し始めたところで、炎を逃れてクリスタルを砕いた。
 身体が大きいわりに動ける方だが、俺を捕まえられるほどじゃない。
 時間さえかけられれば、難しい相手でもなさそうだった。

 そこで周囲の木が倒れ始め、オークの大群が押し寄せてきていたことを知った。
 なるほど、オークを操る能力を持っているという事だ。
 しかしそれは、俺の前ではクリスタルを並べて置いといてくれているようなものだ。

 倒せる算段が整ったことに、思わず顔がにやけてしまった。

「相原! 桜を守って俺のそばを離れるな。桜は加速魔法にマナを使ってくれ。攻撃を受けるような距離までは近づくんじゃないぞ。いいな」

「俺だってやってやりますよ!」

 その言葉が終わらないうちに、相原はオークの群れに押し流されてしまう。
 しかし、盾でオークを殴るように突進をいなしながら、相原は前進してきた。
 後ろにはしっかりと桜を連れてきている。

 どうやら万全の態勢で戦いをはじめられたようだった。

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