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ある家族の末路

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「ご飯できたぞ」
俺は娘に声を掛けた。
味には自信がある。
仕事帰りにレシピ本を買い、レシピ通りに作った。
至高のハンバーグだ。

朝の情報番組に出ている、インフルエンサー料理家のレシピだ。

娘の箸も出したし、器も出した。
コップも用意して、氷も入れた。

娘は携帯から顔も上げずに呟く。
「いらない。お腹空いてない」

俺が固まっていると、娘は立ち上がり、脇を通り過ぎた。
「あ、私の箸の先とさ、氷は素手で触らないでね。風呂に入ってくる」

いつからだろう。

可愛かった娘がまともに口すら聞いてくれなくなったのは…。

妻は半年前に出て言った。

俺が嫌になったんだと。

俺はずっと、妻と娘のためだけに仕事にかじりついたつもりだった。

そりゃあ、多少は家の事や娘の事を妻に押し付けたかもしれない。

娘だって…年頃になるまでは、この家を愛していたはずだ。

離婚話をするたびに泣いて「やめて」と仲裁していたくらいだから。

妻の奴は言い放った。
「もうね。あなたのわがままを黙って我慢するのも限界だし、反発ばっかりする娘もうんざりなの。死ぬ前に自分のために生きたいのよ」

と言っていた。

俺もうんざりだ。
そんなふうに思っていたなんて。
幸せだと、黙って俺についてきてくれていると思っていた。

だが、残されたのはこの中古の家と、無言の反発で反り立つ壁を築いている思春期の娘だけ。

俺の人生どこから間違ったんだ。

俺は、娘の食事を冷まして、弁当に詰めた。
どうせ持って行かないだろう。

どこぞの友達とか、彼氏とか知らんが、一緒にバカな菓子パンを買うんだろう。

俺も人がいい。
鼻から作らなきゃいいのに。

でもそれをしちまうと、俺はこの古い家に一人残されちまう気がする。

それか娘の奴が余計なトラブルを起こして俺を巻き込むとか。

いずれにせよごめんだ。

俺の唯一の癒しは夢だ。

ハイボールをガバガバ飲んで、床に就くと夢を見る。

女房がまだまともで優しかったころ、いつも蝶の話をしていた。

ゴイシジミという蝶だ。
白色に黒いブチ模様の…犬のダルメシアンみたいな柄をした蝶だ。

あれが可愛いといつも言っていた。

俺の夢には、妻がいる。
この家が新築だった頃の記憶に戻る。
娘がまだかわいく、妻は若く魅力的だ。

この家の上を、ものすごくデカいゴイシジミがバサバサと飛んでいる。

空を覆うほど羽根が巨大で、胴体は人間以上の大きさだ。

なんでこんなバカでかい蝶になってるのか分からない。

だが、俺はこの水玉模様の変な蝶が幸せの象徴にしか見えなかったんだ。


しばらく、仕事では責められ、娘からは無視され、夢でゴイシジミと昔の家族と戯れる日々を送った。
なんとなく…いつかゴイシジミが幸せを運んでくれるような気がしていた。

ある日
俺は夜遅仕事から帰ってきた。

娘の彼氏らしい男と鉢合わせした。
男はバツが悪そうに「帰るっす」と言っていた。

俺は機嫌が悪かった。
というか、狂い始めていたのかもしれない。

俺はその腕を掴んで、家に戻るよう勧めた。
「待ってよ、お茶でも出すからさ」

ピアスを開けた男はへらへらして、マジっすか?と言った。

そして、二人して家へ戻った。

「余計なことしないで!」娘が怒鳴る。
私は笑顔でコーヒーを淹れた。

娘は立腹したまま部屋に戻った。
「なんだよ、クソじゃねえじゃん。いい親父じゃん」
男の声がドア越しに聞こえる。

娘の声は小さく聞き取れない。
俺はコーヒーを淹れ終えると、コーヒーの粉をゴミ袋へ捨てた。
その時、ティッシュペーパーに包まれたゴミが見えた。

女房に逃げられた俺には用のないモノだ。

ハラワタが煮えくり返る思いがした。
俺の家だ。
ゴイシジミの飛ぶ、幸せの家なんだ。
くそったれ。

俺は包丁を取り出した。

だが…やめた。
もうどうでもいい。
こんな家クソくらえだ。
潰れてしまうがいい。

コーヒーを出す前に、ゴミ袋を縛り、ゴミステーションへ捨ててしまうことに決めた。

荒々しく玄関ドアを開け、ゴミを持って庭へ出る。
男と娘が談笑する声が聞こえる。

俺は庭を出た。

そして、振り返った。
家が見渡せる場所で。

家の真上でそれはバタバタと飛んでいた。

自分の目がおかしくなったか、頭が狂ったに違いない。

だが、幸せの蝶が見えたことでいくらか心安らいだ気もする。

次の瞬間だった。

俺が開け放したドアへ、人の大きさはゆうに超える、毛むくじゃらで白黒の、異様な楕円体の生物が入っていった。
ドア枠に、毛むくじゃらのイモムシのような身体を擦り付け、ミシミシと家をきしませながら入ってゆく。

毛むくじゃらのイモムシ
こんな大きなイモムシがいるのかと…
巨大なイモムシは見た目にもあまりにグロテスクだった。

俺の…幸せの象徴
幸せの具現化
俺の家…

俺の家に、グロテスクなイモムシが押し入っていく…

俺は二人に逃げるよう叫ぼうかと思った。

だがやめた。
もうどうでもいい。

家も、娘も、見知らぬバカ男も、別れた女房も、ゴイシジミもクソくらえだ。

俺は女房が若い頃言っていた言葉を思い出した。

「ゴイシジミの幼虫はね。白い毛むくじゃらの白黒でね…イモムシの中では珍しい肉食性なの」

幼虫は家の中へ完全に入っていった。

俺はポケットからスキットルを取り出した。

ウイスキーでもひっかけながら、これから起こるであろうことを、ゆっくりと見物することにした。





【おわり】
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