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第32話「血塗られた刃」

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砲弾は氷上のヘルメットをかすめていった。

バイザーの端、取付部を吹き飛ばした。


バイザーも砕け、氷上の顔の前から欠片が散ってゆく。


しかし、氷上は瞬きもせず敵を見据えている。


敵である片腕砲の男、沼田の右腕は今まさに一刀両断され、使い手を失った右腕が血しぶきを上げながら宙を舞っていたのだ。


唖然とする沼田。

想像を絶する痛みが襲っているはずだが、沼田は唖然とするのみだ。

眼の前の光景が現実だと受け入れられないに違いない。


「息の根を止めてやる」氷上は思った。

先程の砲弾が直撃すれば、今自分は三途の川の前に立ち尽くしているはずだ。


氷上から見れば、歪んだ思想で人の生死をもて遊ぶ沼田ら自称革命戦士が許せなかった。


俺の膂力、そして剣技があればこの男の首を刎ねることもできよう。


宇宙警察を覆いつつある暴力の帳は、冷静沈着な剣士である氷上をも飲み込みつつあった。

 

返す刀ならぬ、返すナタで氷上はナタを振るった。


刃先が沼田の首に触れた瞬間、氷上はナタを止めた。

その眼差しは、氷のように冷たい。しかし、底知れぬ凶暴性が宿っている。


氷上がナタを止めたのは、警官としての誇りではなかった。


沼田が、左手で拳銃を引き抜いていたのだ。

何たる早業。


「殺せよ」沼田が言う「その瞬間、お前らもおしまいだがな」


濃霧のように小麦粉が舞う室内、沼田が銃を撃てば誰一人として無事ではすまない。


火炎放射器男と同じ末路となるだろう。


沼田は脂汗をかき、顔がみるみる青ざめていく。

凄まじい出血。


すぐに濃霧の中から手下が来ると、輪切り大根のようになった沼田の腕を縛り始めた。


「ここは退散だ」沼田は言った「くやしいが、今の俺じゃだめだった…すまねえ、日山」


「逃さんぞ」氷上が言う。「職務妨害罪で逮捕する」


「やってみろよ」沼田が脂汗の顔で不敵に笑う「お前が手錠をかけるより前に、全員肉片にしてやる」


氷上は何も言えなかった。

今、制圧しようとすれば、腕を失った沼田が何をするか分からない。残った左手には拳銃が握られている。


「右腕を失うのは二度目だ」沼田が忌々しそうに呟いた「やっぱりクソ痛え」


根須や垣と取っ組み合いをしていた手下も沼田の前に立った。


根須は垣を起こす。

垣はまだふらついている。

「うぅっ頭がいてえ」


「覚えとけ」沼田が言った。「俺はな、前回腕を失った時、無茶な仕事をさせた現場監督と社長を消し炭にしてやった。奴らが奪った俺の右腕に付けた大砲でな」


沼田は仲間に支えられ、後退りする。


「てめえも必ず、ツケは払わせる」沼田は氷上に言い放った。


「失血死する前にさっさと失せろ」氷上が返した。


沼田は、不敵な笑顔のまま、仲間とともに濃霧の中に消えていった。


氷上はすぐに振り返る。

平治はまだ倒れており、根須と垣がそばについていた。


「頭の傷は小さいぜ。頭蓋骨の変形もない」根須が平治の頭に触れていった。「脳震盪じゃねえかな。呼吸もしてる、回復体位を……だめだ、クソ重たいしデカい」


そばでは、垣が平治を見ている。だが、その垣も顔をしかめ、ふらふらと揺れている。頭部に受けた打撃がまだ効いているに違いない。


氷上は言った。

「根須部長、二人を頼みます。俺は今のやつを追います。」


氷上が床を指差す。

沼田の輪切りの腕から滴下したであろう血が点々と濃霧の先へ続いている。


「やめとけ!まだ奴らが何人いるか分かんねえぞ」根須が叫ぶ「お前、血みどろの殺し合いをしてマトモじゃなくなってるぜ。平治じゃねえんだぞ」


「大丈夫です。奴らの人数、目的、本拠地…後発隊のために情報収集してくるだけです」と氷上「俺一人で切り込むようなマネはしません」


「それなら俺も…」根須が立ち上がる。


「いえ、根須部長は二人を頼みます。垣さんもまだふらついている」


 「俺は大丈夫だよ」垣は言いながら立ち上がる、しかしフラフラとしている。


根須は垣を座らせた。

「無茶すんなよ。平八」根須が言う「お前までなんかあったら、機動部隊は機能しなくなるぜ」


氷上はニコリと笑っていった。

「無茶はしません。ちょっと頭に血が上りかけましたがね」


そして、氷上はハッとすると、右手に握っていた血濡れたナタに気づいた。


氷上に肉薄した死の恐怖

精神の限界を越えた、生死のやり取り


氷上は自分でも否定のしようがない「戦闘」の充実感に満ちていた。


氷上は頭を振った。

そして、血塗られたナタを床に置いた。




氷上は血滴をたどり、静かに濃霧の中へ消えていった。





 

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