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前の車

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会社員Tさんの話。

Tさんは子供を迎えに車を走らせていた。
公民館の学習教室が終わる時間なのだ。

寒くなってくる時期で、帰宅ラッシュの時間も近づいていた。
Tさんは前方の白い車に続き、公民館を目指していた。

なんとなくだが、前の白い車を見ていると違和感を覚える。
どうも、目がかすむような気がするのだ。

前の車は整然と走っていて、おかしな動きをしているわけではない。
だが、なんとなく、前の車を見るのが「気が進まない」状態だったのだ。

Tさんは瞬きしたり、目をこすったりして今一度前の車を見た。
見たことのない形状で、車種はピンとこない。
ナンバープレートを見るが、目のピントも合わなくて判読できない。
ナンバープレートを見ようとすると、その箇所だけがぼやけてしまう。

「おかしいな」Tさんが呟いて、今度はリアガラスを見る。
小さな女の子が、こちらの方を向いている。
後部座席で後ろを向いているのだろう。
リアガラス越しに、女の子がニコニコと笑っているのが見える。

Tさんは何気なく手を振ってみた。
自分の子どもにもあんな時期があった。

女の子は、笑ったままずっとTさんを見ている。
手を振ったから興味を持たれたかな……Tさんはそう思った。

しばらく追従すると、異変に気付いた。
女の子の笑顔は、微笑みではなく、ニヤリとした不吉な笑い方に変わっていた。
顔色も土色になって、生気を失っている。
Tさんは目を剥いた。
女の子は、さらに口角を上げる。
女の子の幼い目から、どろりと血が流れ始めた。
まるで、太い静脈でも切ったようにあふれ出てきていた。

Tさんがゾッとして見つめていると、前の車は小さなわき見に入っていった。
その先は森に囲まれた保育施設があった。

「あそこの子かな……気味が悪かったな」
Tさんは曲がっていく白い車を見送った。
リアガラスのむこうで、その女の子が笑って手を振っていた。

Tさんは、前を向いて、最後にもう一度横目で見てみた。
なぜか、曲がっていった白い車は消え去っていた。

Tさんは気味の悪さを感じながら、公民館へと向かった。

数日後、新聞にて、ある保育施設が摘発されたことを知った。
職員の虐待で、子どもがケガをしたとのことだった。
続いて市や警察の調査で、過去に子どもが不審な大けがをしたり、後遺症を残したり、遠因で亡くなっていたケースがあったことが判明した。

全国的なニュースとなり、関係者は拘束された。

Tさんは、あの白い車に乗った子が……
過去に事件に巻き込まれた子ではなかったのか……とそう思ったそうだ。
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