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1.プロローグ前編

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「誰か!助けてくれ!火が!火が!!」

 業火の中、叫びながら助けを求める者。

「私の子供がまだ家の中にいるんです!!兵隊さん!助けてください!」

 我が子が家に取り残され助けを求める者。

「え、炎龍だぁぁぁ!!」

 炎龍に見つかり火炎で消し炭にされてしまった者。

「向かいの大きな建物の奥に炎龍が騒擾しておる、そいつを殺さねばこの街は壊滅してしまう、わかったか諸君!今から都市全軍を持って攻勢にかかる!良な!」

「「「「了解!!」」」」

 街並みは焼き払われ周囲には火が舞い上がる。
 街に住む人々は火に包まれ叫びをあげ逃げ惑う。
 とどめを刺すかのように龍の化け物は窮地に立たされた人間を追い詰める。

「た、助けて」

 兵士は助けを求める声に答えられない苦しみに耐えていた。無理もない、炎龍を殺さなければこの街は全て火の海に包まれ壊滅してしまう。
 しかし、その市民を守り魔物を倒さなければならない兵士達ですら一瞬で消し炭にされる。

 向かうも死、逃げるも死、攻も死、守も死だ。

 生還は絶望的、彼らは地獄を体現した空間で踊らされているのだ。

「・・・・・・おい・・・・・・早く!・・・・・・大丈夫か!!」

 声が聞こえる、でも頭を強く打ったせいでよく聞き取れない。
 おそらく脳震盪だ、それに左目は完全に視界を奪われている、頭からの出血で左目が使い物にならない。血で目が覆われ何も見えない。

 全身もボロボロで骨が数本折れているし傷は数え切れない。
 そんな状況下で彼はまだ立ち上がり炎龍に対抗することを考えていた。

「ショウゴ!!・・・・・・この先で炎龍が!!早く!逃げろ!」

 ダークエルフの騎士アルフレッド・カーンはショウゴに逃げろと懇請する。
 ショウゴは先程までドラゴンと戦っていた。その戦闘で炎龍の爪に掴まれ、石造りの家屋が立ち並ぶ住宅街の方に投げ飛ばされた。
 その衝撃で意識を失ってしまった。

 彼の目はボヤけて何者か分からない誰かに早く逃げろと必死に説得されているようにしか感じられない。
 肩を揺さぶられ意識が戻ってゆく。
 徐々に視覚と聴覚が戻ってくる。
 声の凛とした感じ、女性だが漆黒のフルプレートアーマーを装備している所を見ると誰だかすぐに検討がついた。

「・・・・・・アルフレッドか」

「そうだ!なぜこんな所で貴様がくたばっている!もしや炎龍と戦ったのか?あれだけ戦闘は避けろと言ったはずなのに!」

 ドラゴンテイマーの連れている炎龍と戦って多少のダメージしか与えられずに負けてしまった事をショウゴは思い出した。
 確かにアルフレッドは王国軍のダークエルフ騎士団の団長を務めている身である。そして、有事の際には必ず戦闘に出なければならない。

 一般市民であるショウゴは守られる立場の人間だ。
 それに部下の兵士達もいる、一般市民なんかに手柄を立てられたら軍人としての面目が立たない。しかし、アルフレッドの周りを常に付いてた兵士の姿が無い。
 部下も連れずにたった一人でこの場にいる。その事にショウゴは気付いてしまった。

「戦ったさ負けてしまったけどね」
「私と同じ鎧を着た兵士を見たか?」

 ショウゴは黙ってしまう。

「もしかして全員なのか?・・・・・・私と同じ鎧の兵士は何人死んだ?」

 ショウゴは答えられなかった。彼らの死を忘れるはずがなかったからだ。

「彼らは勇敢に戦ったさ」
「・・・・・・そうか奴らは私を置いて行ったのだな」

 力なく泣き崩れるアルフレッドを見てショウゴの悪い予感が的中してしまった事を悟った。やはり、あの時戦っていたのは彼女の部下であった。
 ガリア王国きっての精鋭達が集うダークエルフ騎士団ですらこの有様である。
 十二名が隊列を組み戦闘態勢に入ったが、一瞬で焼き殺されたのはあまりの衝撃でショウゴの目に焼き付いていた。

 地方都市で規模は本拠地である首都より劣るとは言えこの街の最高戦力があっさりと壊滅してしまったのだ。
 このまま対抗しなければこの街全体が火の海に包まれてしまうのも時間の問題であろう。

「アルフレッドお前は先に逃げろ、俺は後から追っていくから」
「逃げろだと?それより貴様の救助が先だ。それに私は第二次攻撃に参加しなくてはならん」
「そうか、なら余計に急がなくてはな」

 ショウゴは投げ飛ばされた衝撃で家の外壁にめり込んだ体を起こそうとする。
 石造りの家がボロボロになるくらいの衝撃を与えられたが、辛うじて立つことぐらいならできるらしい。

 少し時間がかかっているが外壁を頼りにしながら体を起こし立ち上がった。
 左手で外壁を頼りに1歩ずつ1歩ずつ右手で脇腹を抑えながらゆっくりと歩みを進める。

「今起きようなんて無茶だ!1人で逃げれるはずがない、もう体はボロボロなんだぞ!」
「大丈夫だ、それにお前には騎士団の隊長って大切な役職もあるんだろう?」
「それもそうだが・・・・・・私にはもう一緒に戦う部下がいない」
「なら俺がお前と一緒に戦う」
「とにかくこのポーションを飲んでくれ!」

 アルフレッドはショウゴに回復系ポーションを渡した。そして、そのポーションを飲み干し空になった小瓶をポケットに入れる。

 全回復はしないが、自然治癒の速度が上がっているのは感覚ですぐに理解出来る。しかし、回復薬と言うにはあまりにも杜撰な物でその程度の回復性能を持ったポーションしか安価に生産できる物は無い。

「ありがとう、これで歩けるようになりそうだ」
「歩けそうか、なら良い。だが、ショウゴ何故貴様は戦おうとする?もし次戦えば確実に死ぬことぐらい分かるだろ?」

 アルフレッドはショウゴの右肩を支えながら目を見て質問した。すると、ショウゴは理由を述べた。

「俺は今までこんな世界とは無縁のダラダラとしていて平和な世の中で育ってきた」

 ショウゴは少しだけ過去を思い出し語った。

「だから本当は怖くて逃げ出したい。だが、目の前でドラゴンに人が焼かれたんだ。しかも、セラやケイミと年が変わらないくらいの女の子が」

 複数体のドラゴンが街を攻めた時を思い出す。
 複数の敵を相手にしていたショウゴにとって少女を救うのは不可能だった。しかし、彼の心の中は仕方ないで済ます事など出来なかった。

 少女の姿がセラやケイミと被ってしまい、もし彼女達がこのように焼かれたらと思うと自分が死ぬ事の恐怖を食い潰すかの様に戦う気力が湧き上がる。そしてまた、失う恐怖も感じるのだ。

 元いた世界に守るべきものは無かった、けれどもこの世界には大切な存在が出来た。つまり、理由はシンプルかつ最も重要な点にある。

 大事な仲間達だからだ。

「それにお前だって傷だらけでも戦うんだろ?なら俺が戦わない理由がない」
「ショウゴ、戦う理由は分かった。決意を固めた以上は最後まで死ぬ覚悟でいろよ?」
「もちろんだ」
「貴様の心意気しかと受け止めた」

 アルフレッドは頷き右手で自らの胸を数回叩いた。

「恐らく、総司令官も第二次攻勢の部隊編成を行っている頃合だろう。あの硝煙弾は間違いなく戦闘準備のサインだ。すぐに戦闘が始まるはずだ、タイミングを見計らい合流して炎龍を叩くそれで良いな?」

 ショウゴは負傷のため視線が低くなっていて硝煙弾が上がっている事に気づいていなかった。アルフレッドに作戦を説明され目線を高くする。
 中心街の方向に高く硝煙弾が上がっているのを確認した。

「作戦としては悪くないと思う。でも、ここの軍隊だけでの炎龍に勝利できる可能性はどれくらいのものなんだ?」
「恐らく、勝てる可能性は皆無に等しい」

 モンスターは人間種よりも遥かに強い。
 低クラスモンスターであるオーガですら討伐に苦戦する。素手で戦おうものなら人類で勝てるものはおらず、魔法を使用し身体強化を行った状態に限られる。炎龍は中位ドラゴンで強い部類にあたるモンスターだ。

 本来なら山の山頂付近に生息していて人里に現れることは万に一つもない。しかし、中位のドラゴンを操れる召喚系魔術師なら街にドラゴンを呼び寄せ暴虐の限りを尽くす事は可能だ。

「やはり帝国のドラゴンテイマーの仕業か?」
「帝国軍人に1人だけいる。奴以外に炎龍を操れる人間など聞いたことがないこれは災害を装った大虐殺だ」

 ふと、ショウゴが路地に目を向けると沢山の焼け焦げ炎龍にやられてしまった死体があった。
 守れなかった者達の焼死体である。

「ケイミとセラは無事なのか・・・・・・?」
「分からない、でも安全な場所には逃げれてるはずだが」
「しかし、その安全な場所とやらも炎龍を止めなければ危険にさらされるんだろう?」
「そうだ、炎龍の移動速度は人間より遥かに早い。だから逃げる事は出来ない」

 ショウゴは死んだこの街の住人を見て仲間達がしっかりと逃げきれたか心配になっていた。
 炎龍は全ての家と人を殺すようにコントロールされている。

 ドラゴンテイマーの命令は忠実に実行され街は死体で溢れている。そして、それは無差別で老若男女問わずである。

 捕虜不要でこの街をただ破壊するためだけに送り込まれた。 
 そんな凶悪な化け物は最悪な事にこの国のトップの戦士団ですら討伐に苦戦するモンスターである。

 そんな敵がもし街で一人残らず殺そうとし、暴れまわろうものなら数え切れぬ程の死者が出るのは簡単に理解することが可能だ。

 これは帝国が行った一つ目の侵略戦争であり、街を1つたった一人で攻め滅ぼし圧倒的な力の差を見せつけて王国を降伏させるという計画の一つである。
 王国などどうでも良いが無差別に市民を殺す事に関しては許せない。

 早急にこの事態を解決してやる、といった信念がショウゴにはあった。しかし、移動速度は明らかに敵の方が早く何処に行ったのか検討もつかない。

 こんな状態で炎龍と戦おうものなら一瞬で灰にされてしまうだろう。
 足が回復しつつある。このまま行けば戦えるくらいには足が回復するだろう。

「よし、確かに君はもう十分に歩けるようだ。この先に大通りがある、そこに向かおう」
「そこの木の棒を取ってくれないか?」
「こいつを支えにして歩くのか、それは良き考えだ」

 舗装されていない砂の地面は今の動勢には適さずズッズッと音を立てながら足を引きずる。
 まるで杖をつく老人のようである。
 全身傷だらけで生きているようにも見えない。
 だが、ポーションを貰ったお陰でかなり回復が早い。

「今すぐ戦えなくても、せめて誰か助けるぐらいは出来そうだ」
「そうだな、戦えそうになるまでは救助に当たる方が無難だ」

 一瞬だが、炎龍の影が見えた。
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