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第二話.時に神様はニートを道具の様に扱う

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「いってぇー・・・・・・おかしい痛くないな」
 俺は自分が住んでいたボロいアパートの階段で足を滑らせそこで頭を打った。
 頭部に衝撃が走り、死ぬほど痛かったのは覚えているからさほど時間が経っているとも思えない。

 しかし、何だろうこの感覚。膨大な時間をむやみやたらと過ごしていた時と志向が違う気がする。簡単に言うならちょっと高校の頃に戻った?気がするのである。

 かなりの衝撃だったはずで明らかにそれの影響だが、今は全く痛みは無い。だがしかし、やっぱり違和感がある、仮に脳の一部に多少のダメージが入って壊れてしまったとしても、こんな異常な事態にここまで頭が冴えている、この状況の不一致はなんだろう。

 俺が感じた違和感はここが真っ暗闇で何も感じられないからだ。そして、この真っ暗は夜が来たからとか、元いた場所に明かりが無いからと言う理由ではなく平坦で明かり一つない暗闇だからおかしいのである。

 それにもう一つ奇妙な点がある、それは自らの体が宙に浮いている点だ。一般人なら確実に気づいた時点で発狂しているだろうなんせ未知の体験で尚且つ・あの・世界を連想させるからだ。
 少し考える為に胡座をかこうとした、すると体が宙に浮いている事に気付いた。
 先程までに気づけなかったがここには地面や重力すらも存在しないのである。

 今更かもしれないが理解力の乏しい私は気付いた後で発狂した。
 今、我慢出来なくなったからである。

「嘘だろぉ!」
「死にたくないよぉ!」
「俺まだまだ生きたいよぉ!」
「階段で滑って死ぬとか非業の死過ぎるだろぉ!」

 叫びも虚しく答えは闇の中に消えてゆく。
 俺は唇をかんだ。
 情けない声だ、出来れば今後は出したくない。なにせ死んだ理由がかなりしょうもない。
 本当に大したことない人生であった。思い返してみると自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。
 思えば20数年何も達成していなかった。それに、これからと言う時期だったいくらなんでもここに来るには早い気もする。

 でも来てしまったのだこの死の世界に。
 この空間に終わりがあるのかここがどの様にして存在しているかそれすらもわからない。次が無い恐怖が終わってしまった恐怖が心に突き刺さる。

 基本的に外部から与えられる感覚は一切なくただ、延々と暗闇が続く不思議な世界。
 光や音、その他の感覚すらも引きずり込んでゆくような感覚がこの世界を支配する、それが完全なる闇だ。
 もしかしたらもうこの空間からは、出られずに永遠と暗闇を漂うのが死という運命なのかもしれない。 この状況を受け入れるしかないのか。

(・・・・・・スッー・・・・・・スッー・・・・・・)

 おかしい、微かに何かの音が聞こえる。
 聞こえた理由は分からず、何の音かも不明ではあるがよく耳を澄ませば確実に何かの音が聞こえる。
 なんの音だろう、声のようなもの?にも聞こえる。

「・・・・・・アーッ・・・・・・アッー・・・・・・もっしもーし」

 声だ、こんな暗闇の中に少し甲高い若くて可愛らしい女の子の声が聞こえる。
 かなり気の抜けた感じではあるが一体なんだろう。
 もし、死後の世界で何かを知っているなら、絶対に事を聞き出す必要がある、それが今しなくちゃならない最優先事項だ。

「質問です、あなたは何が欲しいですか?」

 少しずつ繰り出される声に耳を澄ませていると、どうも何かを俺に質問しているらしい。
 何が欲しいか?なぜそんな事を聞かれなければならないのだろう。

 そう思い考える為に首を傾げたら体が宙で一回転した。

 どちらかと言えば質問したい事が山ほどあって落ち着いて答えてられない状況なのは察してほしい。
 体は浮遊してるし、欲しい物聞かれるし、ゆっくり喋りたいな、食事ご馳走して欲しいとは言わないがせめてお茶くらいは飲みたいものだ。
 死んでしまった、という事態なのでお茶でも飲んで落ち着きたい、それが本音なのだが一考してみると質問される可能性もあり得るか。

 この声の主もそこまで自分がどんな状況下にあるかは理解出来ていない状態である可能性もある、それならば質問を投げかける理解もできる。
 質問を質問で返すのは良くない事だが質問の意図が全く理解できない。
 なのでここはあえて質問を返させてもらおう。

「すみません、欲しいものって具体的にはどんな物なんです?」

 無難な質問を返した。これに対して声の主の答えはどう帰ってくるか。
 気を悪くするか、それとも何も思わず質問に答えてくれるかだ。

「うーん、分からないよねー、だってーここに来たばっかりだもんね、ごめんね!」

 テヘペロぺろっとか言い出しそうな勢いで問に答えた。
 俺が舐められているだけなのか、それとも普段からああなのか。もし普段からあんな砕けた感じなのならば、口調からわかるけれどもこいつあれだアホだ。
 謝ってるわけだしこっちもとくになにもかんじていないから別に大したことでもないだろうが、対話が困難になる可能性がある。

「大丈夫なのであなたが何者でなんで何が欲しいかを質問したか答えてもらってもよろしいですか?」

 よく考えてみれば初対面の人間に向かって敬語を使わないのは不味いだろ、ニートの俺でさえアルバイトで培った敬語や接客態度で第一印象がかなり大事な事は習わされた、それにこんな俺ですら敬語は下手くそで接客態度も悪いと罵られていたが、この声の主はそんな教育を一切受けていなさそうだ。しかし、フレンドリーに接した方が打ち解けやすいというのもある。

「えーっとー、口で説明するのもめんどくさいからーこれで説明するねっ!えい!」

 そう声をかけたられた瞬間光が額あたりの部分にすごい速さで飛んできた。そして、その光は俺にこの状況と、欲しいものを問われた理由や声の主がなぜ相手の事を考えなくて良いか、それに他の何もかもを説明する物となった。

 声の主が何か魔法かなにかでも使ったのだろう。
 状況を説明するとまずここ、この世界は死後の世界で正解だ。
 延々と続く暗闇を永遠と漂うのは不正解だ、死後の世界ではあるが次の世界を決める言わば出発地点である。つまり、俺は延々とこの暗闇を漂わなくて済むと言う事らしい。

 そして、なぜ欲しいものを質問したのか、それは俺の元々の人生が起因している。
 俺はかなり不遇な人生を歩んできたからだろう。
 階段で転んで23で死んでる時点で不遇だが、それなりに有名な大学出て尚且つそれなりには努力して、コミュ障な部分はあったけど、3無し人生だった。

 そんなしょうもない人生を見て神様は次の人生はもうちょい良いのにしてやろう、と言う魂胆でこの声の主を送り込んだらしい。つまり、質問の意図は来世に何が欲しいか?が答えである。

「ご理解いただけた?」

 それに、このアホそうな声の主は神の使い、しかも普通の天使とかでは無く女神である。女神だからかは不明だが俺の頭に情報を詰め込んだものをテレパシーで送った所を考慮するとスペックはもしかしたらかなり高いのかもしれない。

「欲しいものが決まりましたよ」
「何かな?早く教えてっ?」
「チート能力」

 答えはこれに限る。神様に頼むんだったらこれしか無いだろう。こいつアホそうだし多分普通の願いなんて3秒後には聞いても忘れて変なのにされるだろう。ならばインパクトがある方が良いのではないか?と思ったがあえて大きく出てみた。
 本当ならもうちょっとひねりが欲しい、何ならスライムになりたいです!とか死に戻り能力が欲しいです!とか、死の支配者オバー×××になりたいとか、(昔やってたアニメ、あれめちゃくちゃ好きなんだよなぁ)etc.沢山あるけどあえて捻らず王道だ。

 かなりワイドに広げた回答なので受理される可能性は低い。だが、こんなふざけた人生背負わせたんだから困らせてやろう。傷跡を本の少しだけでも付けてやる。

「んー、ちょっとアバウトすぎて分からないかなー」

 この世界の女神様か何かが姿を現し少し困った感じを出している。
 確かに、これでは雰囲気が掴めてもは内容が分からない。まあ、これ以上能力に対して何も言わないが。
 なぜなら、これ以上迂闊に何か一つでも能力に関する事を言えばその方向に絞られてしまう危険性もあるからだ。まあ、根本にこの願いが聞き入れられないと言う危険性も含まれてはいる。
 なので、一つだけ確定に繋げれる言葉がある。
 ここで先程考えた一手を加えさせてもらう。

「じゃ、全部ください」
「ふふふ、素晴らしい表現力。全部の能力なんて出来るわけないでしょっ!」

 女神は笑みを浮かべているだろう。褒められたようだ、貶しが9割だが。
 全部くれと頼めばそれは頼みになる、欲しい物の答えになる、一つとは言っていなかったぞ。ただし、早めに話をそらさないと更に突っ込まれて面倒なことになりそうだ。

「それで私は今から何をするんですか?やはり転生?」
「そうだねー、転生先で頑張ってねー。人々を救ってあげてねっ」

 ん!待て、早いぞもう少し何か説明があっても良いのでは?それに無理と言っていたのに次の質問や突っ込みすらないのか!? いや、常識が通用するような相手ではないか。

「待て!一体なぜ人々を救わないといけないんだ??俺に次の世界での記憶はあるのか?」
「そーだねー、試験的に碌でもない人間をとっても大変な違う世界に送ったらどうなる?と言う実験だねっ!」

 実験!? 碌でもないだと!?

 声の主よりはマシだろ! それに実験ってなんの必要がある? 神はそんな事を俺でしなくてももう十分他でしているんじゃないのか?
 これが実験なら、俺の願いが聞き入れられる可能性はほぼ無い、理由は簡単で実験にならないからだ。
 桁外れの能力を持った人間を違う世界に送れば桁外れの力で生き抜いていくだけだ。
 それは碌でもない奴だろうと普通の奴だろうと結果はある程度見えてる。

「送った人間はどうなったんだ?どうせ何人も死んだんだろ?」

 そう、ただの一コマでしかない俺はギリギリの生活かはたまたすぐに死ぬような設定でモルモットにされる。だが、俺の質問の答えによってはまだ可能性がある。もし、何人も死んだと言う質問に対して否定したならば、能力をしっかりと与えられた可能性はあるだろう。

「残念ながら、仰る通りですっ!」

 ・・・・・・終わった仰る通りって。
 確かにリアルでも頑張れない人間が中世やそれより過酷なファンタジーに連れていかれて生きて行けるわけがねぇ。
 能力を持っていれば別だが、俺にもその能力とやらが授かれば良いのだが。能力をもらったとしてどうなるんだ?全部なんてくれるはずがない。意味の分からん能力が授かったはずだ。

「なんの為に実験をしているんだ!?」
「頑張ってくださいね?」
「無視するな!!」

 満面の笑みで無視しやがった。
 頑張るって言葉にはご期待に添えれないだろう、なんせタダのもやしニートなのですから。
 恐らく、2日後にここにまた戻ってくるだろう。

 素晴らしい完璧な未来予知だな。

「もう他の世界に送れよ、死ぬのは目に見えてる」
「もう、諦めるのですか?」

 もう諦めるのか?だと?そんなの先が見えてないのに諦めるもクソもないだろう。
 ある意味で死ぬ事をベースにして考えると思考が改まった気がする。

「いや、腹を括ったんだ。これぞまさに背水の陣的なね」

 こういう時こそポジティブに考えよう。死ぬ事に関しては物凄いネガティブだけど。

「なあ、最後に俺のお願い聞いてくれないか?」
「嫌です」
「え?」
「じゃあ実験なのでーっ、詳しい説明が出来ないのですぐに転送しますー」

 それが質問に回答できない理由だったか。
 無慈悲にも聞く耳を持たず女神は手を振りあげた。
 すると暗闇のなかで白く光を放つ魔方陣が俺を包み込む。

「ちょっと待って!話聞いて!まだここに居たいんだけど!」

 女神の手が振り下ろされ目の前が光に包まれ悲しい気分に包まれながら俺はすぐさま転生したのである。
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