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第一章.鬼神子出郷騒動
第一話「鬼神子出郷ス」
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「この郷は狭い、そう思わんかの?儂ァ退屈で死にそうじゃ」
片肌に大きく着物を着崩した大柄な女が酒を煽る。
「シュラ大嬢、冗談でもその様な事を仰せになられますな。大旦那様に殴られれば、いくらこのわえとて生きてはおれませぬ」
シュラと呼ばれた女が鼻を鳴らし、再び酒を煽った。
「心にも無いことを言う、主はそう易々と死ぬタマではなかろうが。」
暖簾越しに軽口(少なくとも彼女はそう捉えた)を叩いた者に呆れたように声を掛ける。
御簾越しの女はからりとも笑わずに御簾の下から酒盗を差し入れた。
「む、気が付くのぅ……」
「大嬢様。このわえに1つ妙案が。」
月明かりが僅かに差し込み、御簾の向こうの女の輪郭を映し出す。
人並み離れた真白い髪が月明かりを反射し、僅かに部屋が明るくなるような錯覚を覚える。
「────聞こう。」
「些かに無体な提案ございますれば、お耳を拝借いたします……」
御簾を避け、シュラが耳をそれに近付ける。
そして密やかに、秘やかな言の葉が紡がれた。
「出郷、なさいませ。」
明くる朝、鬼の郷に住む棟梁の娘が、従者を伴って出郷したという知らせが郷中に触れまわられた。
鬼神シュテンは大慌でお触れを出した。
『鬼神ノ娘、出郷シタトノ報セ有リ。連レ戻シタ者二千金ヲ与ウ。』
しかしこんな知らせを他所に、件の娘はと言えば……
「ッかー!!!久しく出て居らなんだが、随分と良いのぅ!郷の外とは斯様にも美しかったか!!」
瓢箪片手に金棒を肩に掛けた大柄な女が笑う。
ヒトの女よりも僅かに大柄なこの女、額に角はなくとも立派な鬼族の者である。
齢五つにして土地を荒らした大熊を退治したという馬鹿げた逸話から郷では『鬼神子のシュラ』と呼ばれていた。
「大嬢様、あまり騒々しくなさらないで下さいまし。まだ郷より三里と離れておりませぬゆえ。」
追随していた五条袈裟の女がシュラを窘めた。
身の丈ほどもある刀を錫杖代わりに歩くこの女は、郷長の一人娘の世話役であった。
名を玉梓というこの女、鬼族では無く、どこからが流れたところを当代の鬼神に気に入られ世話役に据えられていたのだ。
「ふん!追手なぞ蹴散らしてくれる!儂は意地でも外へ往くぞ!!」
「………大嬢様、如何に大嬢様と言えども相手は大旦那様。わえとて敵いませぬ。斯様な方が、全力を持って大嬢様を追えば抵抗さえ儘ならぬでしょう。何せ現状最強の鬼神、唆したとあればわえは五体満足では済みませぬ……せめて刀を振るう腕だけでも、残して頂ければ良いのですが。」
玉梓の言葉に僅かにたじろぎ、シュラはバツが悪そうに再び酒を煽る。
「……ふん。刀狂め。」
「失敬な、わえは戦の氏族なればこそ……あいや大嬢様!逸る気持ちは分かりますが、どうぞお待ちになられてくださいまし!」
「待たぬ!!儂は退屈を薙ぎに来たのじゃ!疾く着いて参れ玉梓!!」
そう言って背を向け、ずんずかと肩を怒らせて先へ行く主に、玉梓はため息を着くのだった。
片肌に大きく着物を着崩した大柄な女が酒を煽る。
「シュラ大嬢、冗談でもその様な事を仰せになられますな。大旦那様に殴られれば、いくらこのわえとて生きてはおれませぬ」
シュラと呼ばれた女が鼻を鳴らし、再び酒を煽った。
「心にも無いことを言う、主はそう易々と死ぬタマではなかろうが。」
暖簾越しに軽口(少なくとも彼女はそう捉えた)を叩いた者に呆れたように声を掛ける。
御簾越しの女はからりとも笑わずに御簾の下から酒盗を差し入れた。
「む、気が付くのぅ……」
「大嬢様。このわえに1つ妙案が。」
月明かりが僅かに差し込み、御簾の向こうの女の輪郭を映し出す。
人並み離れた真白い髪が月明かりを反射し、僅かに部屋が明るくなるような錯覚を覚える。
「────聞こう。」
「些かに無体な提案ございますれば、お耳を拝借いたします……」
御簾を避け、シュラが耳をそれに近付ける。
そして密やかに、秘やかな言の葉が紡がれた。
「出郷、なさいませ。」
明くる朝、鬼の郷に住む棟梁の娘が、従者を伴って出郷したという知らせが郷中に触れまわられた。
鬼神シュテンは大慌でお触れを出した。
『鬼神ノ娘、出郷シタトノ報セ有リ。連レ戻シタ者二千金ヲ与ウ。』
しかしこんな知らせを他所に、件の娘はと言えば……
「ッかー!!!久しく出て居らなんだが、随分と良いのぅ!郷の外とは斯様にも美しかったか!!」
瓢箪片手に金棒を肩に掛けた大柄な女が笑う。
ヒトの女よりも僅かに大柄なこの女、額に角はなくとも立派な鬼族の者である。
齢五つにして土地を荒らした大熊を退治したという馬鹿げた逸話から郷では『鬼神子のシュラ』と呼ばれていた。
「大嬢様、あまり騒々しくなさらないで下さいまし。まだ郷より三里と離れておりませぬゆえ。」
追随していた五条袈裟の女がシュラを窘めた。
身の丈ほどもある刀を錫杖代わりに歩くこの女は、郷長の一人娘の世話役であった。
名を玉梓というこの女、鬼族では無く、どこからが流れたところを当代の鬼神に気に入られ世話役に据えられていたのだ。
「ふん!追手なぞ蹴散らしてくれる!儂は意地でも外へ往くぞ!!」
「………大嬢様、如何に大嬢様と言えども相手は大旦那様。わえとて敵いませぬ。斯様な方が、全力を持って大嬢様を追えば抵抗さえ儘ならぬでしょう。何せ現状最強の鬼神、唆したとあればわえは五体満足では済みませぬ……せめて刀を振るう腕だけでも、残して頂ければ良いのですが。」
玉梓の言葉に僅かにたじろぎ、シュラはバツが悪そうに再び酒を煽る。
「……ふん。刀狂め。」
「失敬な、わえは戦の氏族なればこそ……あいや大嬢様!逸る気持ちは分かりますが、どうぞお待ちになられてくださいまし!」
「待たぬ!!儂は退屈を薙ぎに来たのじゃ!疾く着いて参れ玉梓!!」
そう言って背を向け、ずんずかと肩を怒らせて先へ行く主に、玉梓はため息を着くのだった。
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