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第一章・蝶銃擬羽
1話 その探偵、出水露沙
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その探偵事務所の話を聞いたのは、事件が起きてから二ヶ月ほどたったある日の事だった。
「はっきり言ってねぇ、あんたのその案件を受けるのは無理なんですわ」
「そ、そんなこと言わずにお願いしますよ!」
「無理なもんは無理なんですよ住職さん」
目の前のいかつい顔をした青柳という探偵にそう言われ、伊座実は俯いた。警察から見放され、しょうがないので腕利きの探偵として名高いこの男に相談したのにも関わらず、このように見捨てられることになるとは思ってもみなかったのだ。
「まぁ、その案件は無理ってことですよ『わしらには』ね」
何やら含みのある青柳の言い方に、伊座実は顔を上げた。
青柳は周囲の事務員が離れるのを見て、伊座実に向かって手招きし、顔を近づけるように促した。
「コレは秘密の話なもんでしてねぇ他言は無用です。それでも聞いてくれますか?」
「も、もちろんですよ!」
伊座実はガバッと身を乗り出した。
「まぁまぁ、落ち着いてくんなさい。不可解かつ解決が難しい案件専門の事務所があるんですわ。ただねぇ…その事務所の捜査方法が違法、というか不思議なもんでね、わっしら探偵、そして警察でさえその探偵事務所やこういう案件には触れたがらないんでさぁ」
そう言うと青柳はそばのメモ帳になにやら走り書きをしはじめた。
「まぁ、違法捜査、と言いましても、奴は解決して見せますよ」
青柳が渡してきたのはその事務所までの地図だった。
「あんさんの、その依頼でさえスパーッとね」
神奈川県横浜市の横浜駅の南口を出たところに、独立した飲食店が立ち並ぶエリアがある。そのエリアは裏横浜と称され、仕事帰りの大人達が酒を飲み明かすグルメ街として知られている。その裏横浜の薄暗い路地裏を縫って歩いた先に、小さなビルがある。その入り口前に伊座実は立っていた。
「ここ…か」
伊座実は意を決してそのビルに入り、地下へと続く階段を降り始めた。
「地下三階を降りた先の、廊下の突き当たりにあるドア…」
ドアを開けた先に居たのは、初老の男性だった。
「…おっと、すいませんね。そこのソファに掛けて少しお待ちください」
老人はそう言うと、部屋の奥のドアの向こうへ姿を消した。それから2分後、黒いスーツをピシッと着こなした若い女性が自らを呼びに行った老人を後ろに引き連れて部屋から出てきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
互いに挨拶を交わした後、女性は伊座実の向かいのソファに座り、自己紹介を始めた。
「どうも、私はこの出水探偵事務所の探偵を務めている出水露沙と言うものです。こちらの事務員は琵琶持と言います。貴方の名前は?」
「伊座実悠一と申します。住職を勤めております。ここに来たのは、その、不可解な事件がありまして…」
「成る程…貴方、どーせ青柳の紹介でここに来たんでしょう?」
「い、いえ」
青柳に口止めをされているため、一応、伊座実はそう否定した。
「はぁ。それで、どんな御依頼でここに?」
「はい。二ヶ月ほど前に起きた、修行僧達が集団で死亡した事件を覚えていますか?」
「あぁ、確か銃を乱射したとかいう…」
伊座実は重々しい口調でその概要と顛末を話し始めた。
「私たちの宗派では山奥の寺に三日間こもるという修行があってですね、事件当時は十五人の修行僧達がその修行をしていてですね、私は彼らにに食事を運ぼうと修行寺に向かっていたんです。すると…」
「すると、何ですか?」
伊座実は膝の上の拳をわなわなと震わせながら答えた。
「修行寺から大きな悲鳴が聞こえてきたんです。慌てて寺に駆け込んだところ、そこは一面血の海でした。死体が折り重なり、皆出口に向かって仰向けに倒れてました」
すると、琵琶持がそばにあるティーポットから茶をコップに注ぎつつ口を挟んだ。
「ほう…それは大変でしたね。確か凶器はサブマシンガン、だとか」
「はい。寺の片隅に転がっていたそうです」
出水は目の前の憔悴しきった坊主を見て思案を巡らせた。この銃乱射事件が世間に与えた衝撃は凄まじく、出水も大体のことは覚えていた。寺の外の防犯カメラに犯人の姿が一切映っていないため、一時期カルト好きたちが「透明人間だ!」と大騒ぎしていた事件だ。確か寺の中の修行僧の誰かが血迷って犯行を犯し、その後自殺した、というのが通説だったか。そう考えながら出水が質問する。
「ところで、悲鳴は聞こえたんですよね?銃の発泡した音は聞こえなかったんですか?」
「はい。全く聞こえませんでした」
「銃の先端にサイレンサーのような物はついていましたか?」
「えぇと、確か、ついていなかったと、言われました」
出水は情報を整理しながら伊座実と話しを続ける。
「それで?何故この事件をあんたは調べたがるんです?」
「それは…」
途端に、これまで饒舌だった伊座実が黙った。何かもごもごと言いにくいことがありそうな態度だ。
「どうしたんですか?」
「出水さん、多分彼は疑われておるのですよ」
琵琶持が、伊座実が飲み終わった後のカップを片付けながら呟いた。
「彼は修行僧達の配膳係。配膳時に銃を隠し持って行くことも可能でしょう。ただ、あまりにも証拠に乏しいので警察には手を出されずに済みましたが、残念ながら今は仲間内で疑われている、というわけじゃないですかね。伊座実さん?」
伊座実は自分に嫌疑がかかっていることに気がつき、観念したのか本音を話し始めた。
「まぁそうですね。私は疑われていますよ。仲間内どころか上司、果ては末端の部下までもね。私はこの現状にもう、うんざりなんですよ。貴方達には私の嫌疑を晴らして欲しいのです」
「成る程」
出水は鞄から書類を取り出し、伊座実に引き渡した。
「わかりました。その依頼、私たち出水探偵事務所が受けましょう。それでは書類にサインと拇印をお願いします」
「はっきり言ってねぇ、あんたのその案件を受けるのは無理なんですわ」
「そ、そんなこと言わずにお願いしますよ!」
「無理なもんは無理なんですよ住職さん」
目の前のいかつい顔をした青柳という探偵にそう言われ、伊座実は俯いた。警察から見放され、しょうがないので腕利きの探偵として名高いこの男に相談したのにも関わらず、このように見捨てられることになるとは思ってもみなかったのだ。
「まぁ、その案件は無理ってことですよ『わしらには』ね」
何やら含みのある青柳の言い方に、伊座実は顔を上げた。
青柳は周囲の事務員が離れるのを見て、伊座実に向かって手招きし、顔を近づけるように促した。
「コレは秘密の話なもんでしてねぇ他言は無用です。それでも聞いてくれますか?」
「も、もちろんですよ!」
伊座実はガバッと身を乗り出した。
「まぁまぁ、落ち着いてくんなさい。不可解かつ解決が難しい案件専門の事務所があるんですわ。ただねぇ…その事務所の捜査方法が違法、というか不思議なもんでね、わっしら探偵、そして警察でさえその探偵事務所やこういう案件には触れたがらないんでさぁ」
そう言うと青柳はそばのメモ帳になにやら走り書きをしはじめた。
「まぁ、違法捜査、と言いましても、奴は解決して見せますよ」
青柳が渡してきたのはその事務所までの地図だった。
「あんさんの、その依頼でさえスパーッとね」
神奈川県横浜市の横浜駅の南口を出たところに、独立した飲食店が立ち並ぶエリアがある。そのエリアは裏横浜と称され、仕事帰りの大人達が酒を飲み明かすグルメ街として知られている。その裏横浜の薄暗い路地裏を縫って歩いた先に、小さなビルがある。その入り口前に伊座実は立っていた。
「ここ…か」
伊座実は意を決してそのビルに入り、地下へと続く階段を降り始めた。
「地下三階を降りた先の、廊下の突き当たりにあるドア…」
ドアを開けた先に居たのは、初老の男性だった。
「…おっと、すいませんね。そこのソファに掛けて少しお待ちください」
老人はそう言うと、部屋の奥のドアの向こうへ姿を消した。それから2分後、黒いスーツをピシッと着こなした若い女性が自らを呼びに行った老人を後ろに引き連れて部屋から出てきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
互いに挨拶を交わした後、女性は伊座実の向かいのソファに座り、自己紹介を始めた。
「どうも、私はこの出水探偵事務所の探偵を務めている出水露沙と言うものです。こちらの事務員は琵琶持と言います。貴方の名前は?」
「伊座実悠一と申します。住職を勤めております。ここに来たのは、その、不可解な事件がありまして…」
「成る程…貴方、どーせ青柳の紹介でここに来たんでしょう?」
「い、いえ」
青柳に口止めをされているため、一応、伊座実はそう否定した。
「はぁ。それで、どんな御依頼でここに?」
「はい。二ヶ月ほど前に起きた、修行僧達が集団で死亡した事件を覚えていますか?」
「あぁ、確か銃を乱射したとかいう…」
伊座実は重々しい口調でその概要と顛末を話し始めた。
「私たちの宗派では山奥の寺に三日間こもるという修行があってですね、事件当時は十五人の修行僧達がその修行をしていてですね、私は彼らにに食事を運ぼうと修行寺に向かっていたんです。すると…」
「すると、何ですか?」
伊座実は膝の上の拳をわなわなと震わせながら答えた。
「修行寺から大きな悲鳴が聞こえてきたんです。慌てて寺に駆け込んだところ、そこは一面血の海でした。死体が折り重なり、皆出口に向かって仰向けに倒れてました」
すると、琵琶持がそばにあるティーポットから茶をコップに注ぎつつ口を挟んだ。
「ほう…それは大変でしたね。確か凶器はサブマシンガン、だとか」
「はい。寺の片隅に転がっていたそうです」
出水は目の前の憔悴しきった坊主を見て思案を巡らせた。この銃乱射事件が世間に与えた衝撃は凄まじく、出水も大体のことは覚えていた。寺の外の防犯カメラに犯人の姿が一切映っていないため、一時期カルト好きたちが「透明人間だ!」と大騒ぎしていた事件だ。確か寺の中の修行僧の誰かが血迷って犯行を犯し、その後自殺した、というのが通説だったか。そう考えながら出水が質問する。
「ところで、悲鳴は聞こえたんですよね?銃の発泡した音は聞こえなかったんですか?」
「はい。全く聞こえませんでした」
「銃の先端にサイレンサーのような物はついていましたか?」
「えぇと、確か、ついていなかったと、言われました」
出水は情報を整理しながら伊座実と話しを続ける。
「それで?何故この事件をあんたは調べたがるんです?」
「それは…」
途端に、これまで饒舌だった伊座実が黙った。何かもごもごと言いにくいことがありそうな態度だ。
「どうしたんですか?」
「出水さん、多分彼は疑われておるのですよ」
琵琶持が、伊座実が飲み終わった後のカップを片付けながら呟いた。
「彼は修行僧達の配膳係。配膳時に銃を隠し持って行くことも可能でしょう。ただ、あまりにも証拠に乏しいので警察には手を出されずに済みましたが、残念ながら今は仲間内で疑われている、というわけじゃないですかね。伊座実さん?」
伊座実は自分に嫌疑がかかっていることに気がつき、観念したのか本音を話し始めた。
「まぁそうですね。私は疑われていますよ。仲間内どころか上司、果ては末端の部下までもね。私はこの現状にもう、うんざりなんですよ。貴方達には私の嫌疑を晴らして欲しいのです」
「成る程」
出水は鞄から書類を取り出し、伊座実に引き渡した。
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