出水探偵事務所の受難

Authentic Line

文字の大きさ
12 / 65
第二章・異国騒音

1話 その旅行者、出水露沙

しおりを挟む
 年間何百万人もの観光客が訪れる超人気スポット、イルデーニャ島。そこには『南国』と言われた際、真っ先にイメージできる物全てが揃っている。透き通る穏やかなビーチ、天を突く巨大なココナッツ、そして蒸し暑く深いジャングル。その全てを味わおうと世界中から多くの観光客が年中押し寄せる人呼んで常夏の楽園、それがイルデーニャ島である。

「チッ…固有種かと思えば、日本にもワサワサいるやつか」
 出水はそう独り言を呟くと、数m先にいる蝶からカメラの照準を外した。
「それにしても、暑いな」
 南国リゾートの中でも最高クラスと名高いイルデーニャ島に行くとなったら、夏に行くに決まっている。そう考えて来てみたは良いものの、実際は暑すぎてストレスが溜まりすぎる。
 出水はため息をつくと、手に持ったカメラを鞄にしまい込んだ。

「それ、本当か?」
 ホテルの中でくつろいでいるところに突然かかって来た琵琶持からの電話に出水は困惑した。
「はい。『雷獣』という能力犯罪者の討伐案件の依頼が来ました」
 討伐案件とは、余りにも手に負えない能力犯罪者を殺害せよと超常的存在から下される案件で、参加不参加は自由であるのが特徴である。
「断ってくれ。私は今休暇中の身だし…そうだな、休暇が終わった頃にまだ討伐が終わってなければ考えよう」
「まぁそうですよね。わかりました」
 通話が切れた。出水はため息をつくと立ち上がってベランダの椅子に向かって歩き、そこに座って眼前の雄大なビーチを眺めた。
「休みに来ているのに…頭から仕事のことが離れないな」
 月曜日に受験を控えている受験生が、土曜日と日曜日にソワソワして寝れないのと良く似た気分を、出水は味わっていた。
「…気分転換に街にでも行くか」
 床に脱ぎ散らかしていた半袖のブラウスとジーパンを手に取って着替えると、出水はすぐに扉を開けて郊外へと繰り出した。

 出水が向かった街はバル・ボルトルリという街で、一般にはBBと呼ばれているらしい。昔は歐洲の侵略者達の漁業や貿易の中心地として栄えていたらしいが、今となっては観光客ありきの、どこか軟派な街となっている。
「あーすいません、そこのドリアンを一つ」
 出水に話しかけられるまで仏頂面だった禿げの店員は、途端に笑顔になった。
「美味いな。匂いはともかく」
 匂いこそ強烈なドリアン、だが味は想像もつかないほどにクリーミーである。これが安く買えるんだから最高としか言いようがない。…欠点といえばこの匂いのせいでホテルに持ち込み禁止ということくらいだ。
 出水がそのような感想を頭の中で呟きつつ歩いていると、不意に誰かとぶつかった。
「おっと、すいません」
 ぶつかった男が言う。
「いえいえ、よそ見しながら歩いていたのは私ですから」
 出水はそう言いながらぶつかった男を見て、少なからず感心した。半袖から露出している腕の筋肉、服を着ていてもわかる胸板の分厚さ、それでいてスタイルがとても良い。無駄を全て削ぎ落としたかのような肉体だ。
 顔はサングラスと深く被った帽子のせいで余り見えないものの、顔の輪郭だけでこの男が端正な顔立ちをしているとわかる。
「それでは…」
 男はそう呟くと、すぐに雑踏へと姿を消した。あの男…何か、何か、見覚えがあるな。何処だったか。いや、わからないな。
 探偵をしていると、人の顔を見る機会が嫌でも多くなるから、輪郭だけじゃ該当する奴が何百人もいる。出水はそう考えた。
「あれ、コレ…ハンカチか?」
 ふと下を見ると足元にハンカチがあった。先程の男が落としたのか。
「はぁ…あいつ、旅行鞄引っ提げてたし、長く滞在するつもりだろうな。次この島で会ったら渡すかな」
 
 もし、出水の能力が未来予知だとしたら、ここで出水はハンカチを捨てていたかもしれない。何故なら、このハンカチは出水にとって最低最悪な休暇をもたらすことになるからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...