出水探偵事務所の受難

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第一章・蝶銃擬羽

8話 空

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出水が目を開けた時、視界に映っていたのはタイル張りの床だった。いや待て、床なら私は今中に浮いていることになる。どう言うことだ。いや、あれは床じゃない。天井だ。出水は目覚めて数十秒後にそう気がついた。
「ハァ…」
 どうやらここは、病室らしい。出水は額に手をやると、また一つため息をついた。熱だ。体感では37度ほどだろうか。『One more time』の弱点は実はまだ一つあり、それは、時間を何度も何度も連続で戻すと、得た情報が頭の中で渋滞を起こし、慢性的な頭痛と熱が起こることである。一回程なら問題ないが今回の場合は、脳が焼き切れるほどに『ここで弾丸を落とす』だったり、『ここで身を捻る』などの情報を得ていたために、この様になってしまったのだろう。幸い、繰り返しの作業で脳を麻痺させていたこともあり、この程度で済んで良かったが。
 そして横のデジタル時計を見ると、なんとあの日から1週間も経っていることがわかった。取り敢えず出水は側の机に置いてある携帯に手を伸ばし、琵琶持に電話をかけた。

 琵琶持は既にイライジャの身柄を鏡の柱に引き渡しており、一千万円の報酬を手に入れた様だった。因みに伊座実から貰った報酬は二十万円程であるらしい。

 出水はぼんやりと窓の外を眺めた。一応の保険で、『私が助けを求めたら駆けつけて共闘して』と明日辺と金銭を交えた契約を交わしたのは、得策だった。しかし、今回の仕事は、相手を甘く見ずに防弾ジャケットを買っておけばどれだけ楽だったろうか…。

「なぁ、琵琶持」
「何でしょう?」
「私さぁ、」
 数日後、探偵事務所があるビルの屋上で出水は缶コーヒー片手に柵に寄りかかり、空を見上げている。
「旅行行くわ」
 出水がそう言いながら後ろを振り返ると、呆れ返った表情の琵琶持がいた。
「本当ですかな?」
「マジ」
 出水は苦労して稼いだ金を貯金するでもなく、旅行に使い果たすという困ったルーティンをかれこれ六回は繰り返しているのだ。
「やれやれ、あなたはまだピチピチの女性だからいいものの、アラサーになった時にだんだん貯金に対して不安になって行くんじゃないですかねぇ?そして40、50と歳を重ねるごとに不安が蓄積して…」
 琵琶持がパンっと手を叩く。
「このように破裂してしまいますよ」
「っさいわねー。私はめちゃくちゃ疲れてんの!たかだか1週間程度の旅行くらい許されて当然だっつの!」
 風になびく自らの髪を弄りながら出水はため息をついた。
「とにかくもう疲れたんだよ私は…」
 風に吹かれた出水の横顔に深い影が差し、その苦労を琵琶持は垣間見た。
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