出水探偵事務所の受難

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第二章・異国騒音

10話 カストロと雷獣 その2

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「フー…約束の時間までもう少しか」
 出水は遥か下に広がる夜景を眺めながら、そう呟いた。
「顔までゴム膜で覆っているから、大丈夫だとは思うが…」
 雷獣と戦うことにおいて、一番大事なのはゴムスーツを破られないことだ。何故なら、雷獣が対称を感電死させるためにはゴムスーツを看破するという作業が必要だからである。
「まぁ、『感電死』に限れば、だが」
 雷獣のように、単純明快な能力が一番汎用性が効いて厄介だ。あのリラックス野郎に奴を倒せるとは思えない。
 そうカストロを心配しつつ、出水は手元にある『アルテミス』に、そっと目を向けた。

「シィィィイ‼︎」
「ウォォ‼︎」
 下水道内では2人の戦いが激化していた。雷獣の右手をカストロが左手で押さえると、雷獣のお留守になっている左足をカストロは蹴り上げた。普通なら転ぶ筈だが、雷獣の身体は宙で激しく回転し、ものの見事に着地してしまった。
「シィィ…」
 雷獣の神経が研ぎ澄まされるのを感じたカストロは、すぐさま防御耐性を取った。
「ラッ‼︎」
 瞬間、カストロがイメージしたのは鉄球であった。
 カストロが自分に大きな鉄球がぶつかってきたように感じたと思った次の瞬間には、自分の体は1、2メートルほどぶっ飛んでしまった。
「シィィイィ…三半規管回復まで残り40%、というところかしら。ギアが上がってきた感じがするわ」
 雷獣は、骨があるのかわからないが、首の関節を鳴らした。そして尚も接近した2人は更に拳を打ち合い、互いの体力を削っていく。
「未だ60%の私でも、人類の力は軽く超えている筈なのに、それに対抗出来るとはねぇ」
 そう言いながら雷獣の放った右ストレートは、カストロの左手で受け止められた。カストロは雷獣を睨んだ。
「まぁ、身体を改造しまくったからなぁ‼︎」
 そう叫ぶと同時に、カストロの正拳が雷獣の鳩尾を捕らえた。
「グッ…!シィィィ‼︎」
「そらぁもっと行くぜ‼︎」
 そう叫びつつカストロは顔と胸に一発ずつ拳を入れ、最後は回し蹴りを雷獣の腹にお見舞いした。
「シィィィイッラァくさいわァ‼︎」
 攻撃を立て続けに急所に食らった雷獣は、先程の轟音に負けないほどの咆哮を空間に轟かせた。
「ゼッッタイに殺す‼︎」
 雷獣から発せられる気迫に、カストロは無意識のうちに距離をとっていた。
 雷獣は長い髪をかきあげた。そして現れた雷獣のサンダーフォームの顔にあるものは、瞳孔がない白い目だけであった。が、その形相から発せられるどす黒い殺意だけは、カストロにも容易に伝わってきた。
「ふ…『緊張』してきたな」
 カストロは、ひきつった笑みを浮かべた。
「残り時間30秒‼︎」
 雷獣の三半規管は80%まで回復した。そこから繰り出される雷獣の動きは、カストロの改造済みの目でようやく追えるレベルの速さになった。
「このッ‼︎攻撃がァ‼︎お前にッ!追えるか⁈」
 すれ違いざまに何発もの攻撃を受け、カストロは遂に口から血を流した。
 カストロは目では私の動きを追えているが、体がついていけてない。そう踏んだ雷獣は、更に雨のような連撃をカストロに浴びせた。
「ググッ‼︎」
「シィィィイ‼︎」
 カストロの体はみるみる内に腫れていき、先程まで端正だった顔立ちも、すっかり醜く腫れ上がってしまった。
「ぐ…」
 ゴム膜と皮膚の間に、傷口から出た血が広がって行く。
「ふ、やっぱり顔にもゴムを仕込んでいたとはね。まるでリンゴみたいになってて面白いわぁ。カストロ」
「ハーッ、お気遣いどうも」
 今腰に差している銃を取り出そうものなら、その隙に俺は倒されてしまうな。そう思いながらカストロは、何時間か前に説教ついでに出水に吐かれた言葉を思い出していた。
「お前は正しいよ出水…」
「シィィィイ‼︎」
 出水の戦い方はカウンターが主流らしい。相手の攻撃を自分の能力で避けて攻撃を合わせ、そして勝利する。一方の俺といえば、音を出す穴を絞って、遠くの敵に音を当てるという、スナイパーの真似事をしていたから、まるで正反対だ。
「ぐ…!」
「ホラァ!へばってんじゃねぇぞ‼︎」
 そんな俺がこうやって接近戦をするとはな。でも、やはり、敵がこんなに強いと俺じゃ勝てそうもないよ出水。
「顔行くぞ顔ォ‼︎」
 迫り来る拳を見て、カストロは、ついに自らの死期を悟った。雷獣の本調子まであと10秒程か…。格上相手によく健闘した方だ。もう死んでいい。そんな言葉が頭の中を渦巻き始めた。

 …いや、まだだ。こいつにこのまま殺されたら天国の仲間達に顔向けができない。
 フワフワしていた心がついに覚悟を決めた時、開き直っていたカストロの心は出水が先程言っていた理想的な状態、不安:リラックス=1:1になった。死んでいった仲間達を偲ぶ心が、彼を俗に言う『ゾーン』へと至らせた。
 そして、カストロは無言で右フックを雷獣にしかけた。雷獣はこれを見て、内心大笑いだった。『遅い』のだ。カストロの攻撃が。楽々避けれるような攻撃を『前もって』出す意味がわからない雷獣は、カストロが血迷ったと判断して一瞬気を抜いた。が、それは誤りであった。遅いカストロの攻撃は段々速さを増していった。雷獣がそのカストロのフェイントに気づいた時には、拳はすでに目の前にあった。
「なっ…」
「ゥゥウラァ‼︎」
 カストロが描いたのは芸術的な『十字』だった。雷獣の左腕とカストロの右腕が交差して十字を描き、雷獣の顔面を貫いた。
 クロスカウンターをまともに食らった雷獣は、脳みそを揺らされ、思わず地面に手をついてしまった。
「ぐ…っ2…」
「ハァ、ハァ…いくぞ…!」
 千載一遇の隙を見せた雷獣に、カストロは腰のホルスターから銃を抜いた。弾はもちろんゴム弾である。
「死ね!」
「2分経過…」
 カストロが引き金を手にかけた時には、雷獣は『そこ』にはいなかった。
「残念だなカストロ」
 そして、次にカストロが感じたのは、背中から襲った衝撃であった。
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