魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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二人の信念

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 やはりその写真のほとんどが、旭たちの写真だった。旭と香苗の笑顔を写していた。そして旭だけの写真も何枚かある。夏雄がまだ千葉にいる時期で、アルバムに無い3歳以降の写真だ。香苗の部屋で百科事典を開いている横顔、ミルクコーヒーを飲みながら目線だけをこちらに向けた瞬間、そして一番新しいのは小学校に行く前なのか、玄関先で朝日を背に振り向きかけている写真。アルバムにはなかった、そして旭の記憶にない自分だった。ふと写真から香苗を見遣ると顔を歪ませ、ぼたぼたとテーブルに涙を落としていた。

 ようやく泣き止んだ香苗は、目を擦りながら言う。
「旭、……父さんはね、手術や薬を受け入れなかったの……。どうしてだか分かる?」
「ううん……」
 旭はゆっくり首を振る。
「人に定められた寿命はね、神様から与えられたものだから、人間がいじってはいけないと言っていたの。人間が人間の寿命をコントロールするなんてだめだって」
 旭はじっと聞いていた。まじめに話す香苗に圧され、学校の準備を気にするどころではなくなっている。
「母さんは間違っていると思うんだけど、それは父さんが信念をもって守っていたことだから」
「信念……」
 夏雄も言っていた言葉だと旭はすぐに思い出した。
「信念って言葉は、まだ難しいかな?」
 漠然としか分からなかったが、旭は少し背伸びして首を振った。
「母さんにも科学者としての信念はあるわ。旭がもう少し大きくなったら話すけど、自分が信念を持っている以上、他人の信念も同等の価値があるの。そして夏雄は……父さんは他人じゃなくて、私の好きな人だからね、なおさら……。それに間違っていると思ってても、自分が正しいとは限らないし」
 何かなぞなぞのような感じになってきたので、旭は首を傾げる。香苗はそれを見て苦笑し、旭の頭をくしゃくしゃと掻き回した。
「ちょっと難しかったわね、ほら旭、学校遅れるわよ!」
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