魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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突入

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 その時、階上で内臓を突き上げるような音がした。軽く竦んでリータを見る。
「破城鎚で城の扉を力づくで破るつもりです。アベルディも強引にアキラ様を逮捕するつもりですね。アキラ様と私の関係を知っての……」
 リータは、そういって一瞬黙るが、すぐに旭の顔を見て続ける。
「それではアキラ様、私の部屋に参りましょう」
 そう言って踵を返し、元の道を戻る。
 その途中でエディアがリータに訊ねた。
「ねえ、お姫様、剣みたいなのがあるなら私に貸してもらいたいんだけど」
 闘いになるのを予感したのか、エディアがリータに問う。
「婦女子が戦うなど野蛮極まりないですが、一応持っていて下さい」
 あっさりと容認したリータにエディアは一瞬戸惑った表情を見せた。
「この方に細剣の1つを貸し与えて下さい」
 近くにいた従者にリータはそう言うと、従者と思しき壮年の男は足早に去っていった。
「アキラ様を宜しくお願いします」
 リータは深々と頭を下げた。
「エディア、無茶するなよ」
 するとエディアは表情を一変させ、にやにやしながら顔を寄せてきた。
「えへ……、私のこと心配してくれてんの?」
「当たり前じゃないか。いくらボディースーツに防刃効果があったとしても、万が一ってこともあるしな。ジェリコはボディースーツを貫くブレードを持っているし。それに俺は、皆を必ず地球に帰すと決めたんだ。帰って母さんと3人で銀座のミートドリアでも食べにいこうな」
「もちろん! まだまだ行きたい店はあるからね。こんな星で一生を費やしたくないし」

 官憲隊らが待機する、城門横の潜り戸を打ち破って、内側から城門を開けられ、一個中隊120名もの官憲隊は城内に突入した。
 先刻ログゼットへと伝えられた返事は「否」である。
 門扉よりも薄い城扉は5、6回の破城鎚による攻撃で開かれた。官憲隊は広大なロビーになだれ込む。
 ログゼットは指揮棒のように細剣を降り、命令を下す。
「王宮騎士団は手ごわいぞ、2対1でかかれ!」
 ラステア城の1階ロビーで繰り広げられる、丁々発止の剣戟の中、ラムザが遠巻きから叫ぶ。
「ログゼット殿、リータ様に政権はないとはいえ、神聖なる王宮ですぞ! ここは一旦お引きくだされ!」
「ラムザ殿! 申し訳ありませんが、私は官憲庁長官として容疑者確保を優先せねばなりません! 3名の身柄を一時引き渡して頂ければ、すぐに撤退いたしますので、どうかご理解を! 3名は王女の大切な客人ゆえ、無礼の無い様、対応いたします」
 そう答え、今度は自分の部下たちに叫ぶ。
「王宮騎士団及び容疑者の3人に止めは刺すな。武器を奪い、縛り上げて行動不能にしろ!」
 民主化による封建時代の王軍の縮小化に伴い、王軍の大半は官憲隊と王宮騎士団に分かれたため、顔見知りも多い。いくら職務だとはいえ、命のやりとりをするような真剣勝負を出来なかった。
 ログゼットは二階に通じる階段の上方に掲げられたラステア王国のシンボルに目をやる。
ログゼットは後方でアベルディの横顔を睨みながら思惟する。今まで世話になってきた前王、リータの父の王宮に、今度は剣を突き立てている。その謀反に似た感覚が、酒席でのラムザの言葉を思い出させていた。ほろ酔いで漏らした彼の言葉が一瞬士気を鈍らす。だが本分を思い起こした。
 ――もう民主制の時代なのだ。公員の1人である以上、国政を脅かす存在を許してはいけない。そして確かにアベルディの言ったように、3人の服装はマレス街を半壊させた過激派と一致している。前王に対する忠義が葛藤となって、職務に支障を来たしているものの、やはり一度しっかり取り調べをして、自分を選出した民意の元に事件の解決をしなくてはいけない。
「王宮騎士団よ、そなたらこそ武器を置いて道を開けよ! 大人しく3人を渡せば被害は少なくて済む! 私は殉職した部下達のため、ここは退けぬのだ!!」
 アベルディは爪を噛みながら、官憲隊の最後尾でその様子を見ていた。
「まるで剣術の訓練でもしているみたいじゃないか……! くそっ、税金で養っているのに役に立たない者どもが!」
 1人イライラしているアベルディの隣で、フードを目深に被った男の、薄い唇の端が僅かに上がっている。
「要はここまできたら、後は力づくで残りの神具を手にしてもいいんだろ?」
「そう……ですね。強引に行ってもらえますか? 残りの神具を手にされた時点で詰みですから」
 フードを目深に被ったまま、ジェリコは左の袖口から右手でアイボリーのブレードを取り出した。そして剣戟のひしめく中を散歩するように気軽に足を踏み入れる。
 彼は歩みを止めない。官憲たちを掻き分け前線に出たかと思うと、甲冑を着た男たちの腕や首が、血特有の匂いを放ちながら宙を舞う。伸びきった草を刈るようにブレードを振り回し、鮮血を撒き散らす刈草が絶叫や呻き声を上げる。あまりにも作業的な仕草に、官憲隊はおろか騎士たちも動きを止め、ジェリコを凝然と見つめた。
 常勝無敗のログゼットすら、唖然と見ている。
 一部の官憲はジェリコの持っているブレードに見覚えがあり、慌てて城外に飛びだしてこの場を離れた。
 我を失った部下の壊走を見て、「待て!!」とログゼットは隊を制するが、血相を変えて逃げる仲間に釣られて、さらに半数以上の官憲も逃げ出す。その間にも王宮騎士たちは果敢にジェリコに向っていったが、分厚い甲冑をバターのように切断する彼のブレードの、餌食になっていった。
「ログゼット長官! あれは、あの方がエフェロンです!! あの色の剣は間違いありません。早くお逃げになったほうが……!」
「あれがエフェロン……? なぜエフェロンがアベルディ殿と一緒にいたのだ?」
 背後にアベルディを従え、悠々と歩を進めるジェリコをログゼットは見ていた。彼らはやがて階段を昇り、喧騒を引き連れてログゼットの視界から消えていく。
 ログゼットはようやく事態が飲み込めてきた。
 昨晩、神祖の民の3人を取調べるよう説得にきたアベルディは、ただ単に自分の立場を利用しただけということを。合法的にラステア城に乗り込み、王族の、あるいは王妃の何かを狙っている。エフェロンを名乗る男を懐柔もしくは結託して何か企んでいる。
「くそっ……、あの男!」
 数名の騎士が物言わぬ肉塊に成り果て、大半の騎士は身体の一部を欠損し呻き声しか上げられない。そんな血と脂、臓物の匂いが充満したロビーを進み、ログゼットは息を潜めながらアベルディたちを追った。
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