魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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説得

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 階下から慌てて駆け上がってきたラムザ枢機卿の言葉を、リータは真剣に聞いていた。そしてリータは旭へと慌てて駆け寄ってくる。
「アキラ様、アベルディがエフェロンらしき男と共に、この部屋に直進しているようです! ここは一旦非難しましょう!!」
 ジェリコが博物館で手にしたものも神具なのだろう。狙いは本当に神具なのだろうか。それにしても神具とはいったい何なのか。
 トラムに尋ねれば良かったと旭は後悔した。
 神具を手にしたついでに俺たちを消すつもりかもしれない。どこから情報を得たのか知らないが、ジェリコがさらに神具とやらを手に入れたら、手がつけられない可能性がある。ラステアの民のためにも、ここでジェリコを抑えなければいけない。そしてそのアベルディとやらも、この暴挙を止めさせないとリータとの確執が延々とくすぶる事になる――。
 短い時間で、ここにあるもので出来ることを旭は必死に考えた。
 ラグラニアに退避したところで、ジェリコに見つかればアウトだ。
 リータの持つ神具を今から俺たちが使用して、ジェリコと戦えば勝ち目があるかもしれないが、性能を確かめる時間が無い。それに、それだとさらに被害が大きくなる可能性がある。出来るだけ無血で事態を収拾する方法――。

 旭とリータ、それに近衛兵が待機する部屋。眩い光と共にリータの部屋の分厚い扉の一部が消えてなくなった。引き込む風に旭は片目を瞑る。自鳴琴という神具は反物質を利用したものの類だろうと旭だけではなく、エディアと山代も思惟した。
 反物質は物質と接触して対消滅を起こし、存在そのものを消す。その威力は反物質1グラムで旧時代の核兵器一発分に相当する。
 リータが言っていたアベルディと思しき男が、くすんだ金髪を指で梳りながら戸口に姿を現す。そしてすぐ後ろにジェリコが現れた。ジェリコは室内を見渡し、3人しかいない事に眉を顰める。
 アベルディは三歩進んで話始める。
「これはこれはリータ様。私に何の相談もせず、犯罪人との契りを発表するなんて、私もとんだ恥をかかされましたよ。それにラステア王家の沽券にも関わります。大人しくその過激派の一味を引き渡してください。後2、3人いると聞いてますが、ジェリコ様の前には無駄な足掻きです」
 鼻につく粘り気のある喋り方だった。リータが毛嫌いするのも分かる気がする。見た目は良いほうかも知れないが、あまり人に好まれる類ではないだろう。
「女性の部屋の扉を破壊して入ってくるなんて、野蛮極まりないですね。それに何を根拠に勝手なことを申しているのですか? 貴方たちがラステアの民を殺戮したのは明白ではありませんか!」
「この鉄壁を誇る王宮騎士団を、草木のようになぎ払うジェリコ様の勇姿を、見せて差し上げたかったものです」
 旭のボディースーツを引っ張るリータの手が震えている。だがボディースーツを強く握って声を出す。
 大丈夫、私にはアキラ様がいるから。
「アベルディ、貴方との婚約は当然破棄します。彼らの引渡しも否です。貴方も将来政治家の一員として、国政を担わなければいけない立場なのですよ。王宮騎士団を半壊させて、しかも王女である私の部屋に無断で立入るとは、どういう処分が下されるか知っているはずでしょう」
 アベルディは怜悧な笑みを浮かべたまま、肩を揺らし笑い出す。
「あははは……、そんなもの神具を手に入れてしまえば、意味を成さない。それに貴方との婚約は腰掛に過ぎないのです」
 無礼に過ぎたアベルディの言葉だったが、リータは見抜いていたのかアベルディを黙視している。
「私が欲しいのは貴女ではなく、王位と神具です。……私の名前をお教えしましょうか?」
「……何を言っているの?」
「私の名は、アベルディ・リガロア・オルフェスタ。この国に併呑されたリガロア王家の末裔です」
「リガロアの末裔……。リガロア王朝は130年ほど前に途絶えたはずでは……」
「ええ、当時のラステア王朝の陥穽に嵌まり、零落されかけましたが、ラステア王朝に対する禍根は、私たち子孫に受け継がれ、リガロアの血を根絶やすことなく生かしてくれました。過激派の仕業として貴女を殺してもいいのですが、私は貪欲でして……。その3人を引き渡し、再び私との婚約を国民の前で宣じていただければ、貴女だけでなく3人の命までは奪いません。さあ、どこに隠したのです?」
「それでラステアを乗っ取ろうということなんですか? ラステア国民はすでに自分たちの頭で考え、自分たちの足で動いています。私はこの国の象徴でしかありません。人々から崇め奉られても私は何も施すことが出来ず、ただベランダに立って民の様子を見ることだけ。私は自分の進みたい道を歩むことすら許されてないのです。その飾りだけの玉座が欲しいのでしたら差し上げます」
 アベルディは軽く首を振る。
「分かってない。私が望むのはリガロア王権の復興なんです。女王の弱みを握り、外交を楯にとって、貴女と婚約の了承を貰ったまでは良かったのですが、神祖の民が現れて予定が狂いました。ここにある神具で、再びラステア及び周辺地域を力で治め、ラステア城を礎にリガロア王朝を復興させる。これこそ私の求めている最良のシナリオなんです。私自身ラステアに怨みは無いのですが、曽祖父の切なる願いでしたのでね」
「なぜ貴方が神祖の民という言葉を……」
 リータは再び強く旭の袖を握ってきた。
「……力で押さえつけては、ラステアとリガロアのように再び禍根が芽生えるだけです。それにあなた自身ラステアに怨みは無いのなら、その禍根を断ち切る強い意志は無いのですか? 力で治めると、さらに禍根を産み、その負の連鎖は何の罪もない子孫に受け継がれるのですよ。争いは指導者の判断ミスによって惹起されるのです。そして、何も関係ない民の血が一番流される。あなたの子孫がその災禍に巻き込まれるなどとは考えてないのですか?」
 アベルディは鼻を鳴らす。
「そのための神具なのです。圧倒的な力、それこそが世を平和に統べる力なのです。あなたの言っていることは理想論に過ぎない。奇麗事ですよ!」
 嗜虐性を窺わせる笑みを彼はこぼす。
「理想論かもしれません。ですが神祖の民アキラ様の住んでいる星でも、負の連鎖を断ち切るのに苦労されているとの話です。こんなに優れた力をお持ちでも、戦争を止めることが出来ないなら、その切欠を作らないことに尽力すべきではないのですか? そのための併呑だということに気づかないのですか?」
「話が合いませんね。私は力でラステアを併呑して、リガロアの復権を願っているだけなのに……」
 そう呟いて、アベルディはジェリコを見遣る。
「ジェリコ様!」
 ジェリコは1歩前に出て、黒い立方体を掲げた。
「アキラ、退かないと死ぬぞ」
「もうやめるんだ、ジェリコ! これ以上この国と人々を傷つけるな!」
 ジェリコの手に持つ黒い立方体が反物質を生成しているのだろう――、と旭は思索した。
「優しいな……。やはりお前を消すのは惜しいが、さすがに2度も殺意を向けると仲直りというわけにはいかないな」
 どこか寂しげにジェリコがそう言うと、その立方体から白いカプセルのようなものが旭に向って飛び出した。
「避けろよ」
 ジェリコは呟く。
 軽く放たれたそれは反物質の威力を秘めていることが容易に想像出来る。旭はリータを抱きかかえ、すぐに転がるように左に避けた。そのままカプセルは、背後のケースに着弾する。そしてガラスケースが白光とともに一部消失した。
 するとそのタイミングに合わせてアベルディがガラスケースに走り出す。そしてその中にあった腕輪ぐらいの漆黒のリングを手に取り叫んだ。「起動せよ」その言葉はダグラニ神書で見たトラムの道具を起動するための言葉だった。すると途端にそのリングは白く輝きだした。
「キドウ、せよ……?」
 リータが呟く。
「はは……、やったぞ! ようやく神具がこの手に!」
 興奮していたアベルディが、その腕輪を左手首に嵌めたとき、欠けた扉からラムザとログゼット2人の影が現れた。
「廊下でラムザ枢機卿と共に、貴様の会話を聞いていた。政治家のガキが俺だけでなく、国民をも謀ったな! 王族に対する名誉毀損、国家転覆罪それに神具所有の罪でアベルディ・オルフェスタを逮捕する!!」
 お仕着せの服のボタンを片手で外しながら、ログゼットは剣の柄を握る。
「私に対してなんと言う不敬な態度だ。まずは神具の力、とくと見せてやる」
 説得できなかったリータは、自分の非力さに嘆きながらも、もう片方の手を上げた。
 部屋に待機していた近衛兵が部屋の隅に垂れ下がる紐を引いた。すると同時に爆発音がし、広いリータの室内は白煙に包まれた。
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