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第4話 はじめての声
朝、目が覚めたとき、どこにいるのか一瞬だけ考えた。
天井が少し傾いていて、見慣れない木目が走っている。
「ああ、ここでしたね」
昨夜のことを思い出して、ゆっくり起き上がる。床は少し冷たいが、嫌な感じではない。
外はもう明るい。
扉を開けると、空気がそのまま流れ込んできた。
「……いいですね」
王都の朝とは違う。誰かに整えられていない、そのままの匂いがする。
軽く伸びをしてから、庭へ向かう。
昨日見たままの景色が広がっている。乾いた土、まばらな草、静かな空間。
ただ――
「少しだけ、違いますね」
足を踏み入れたときの感触が、わずかに柔らかい。
昨日、水を落とした場所だ。
しゃがみ込んで、その土に触れる。
少しだけ湿り気が残っている。
「悪くないです」
指先に意識を落とす。
しばらく待つ。
すると、かすかに――
〈……まだ〉
「ええ、まだですね」
昨日よりも、少しだけはっきりしている。
私は頷いて、水を汲みに井戸へ向かった。
桶を下ろして、ゆっくり引き上げる。水面が揺れて、光がちらつく。
それを庭へ運び、昨日と同じ場所に少しずつ落とす。
一気にはやらない。
「驚かせるとよくないので」
半分くらいで止めて、また触れる。
今度は少し早く返ってきた。
〈……みず〉
「そうです、水です」
少しだけ間を置く。
〈……ほしい〉
私は思わず小さく息を吐いた。
「ちゃんと言いましたね」
はっきりとした意思のある形で、言葉が返ってくる。
それだけで、十分だった。
残りの水を、ほんの少しずつ足していく。
土がゆっくりと受け取る。無理に押し込む感じはない。
〈……しみる〉
〈……ひさしぶり〉
「それはよかったです」
短いやり取りだが、それでいい。
私はそのまま庭の別の場所にも移動する。
乾きが強いところを選んで、同じように水を落とす。
しばらくしてから触れる。
……返事はない。
「こちらは、もう少しかかりますね」
焦る必要はない。
戻って、さっきの場所をもう一度確認する。
葉の先が、ほんの少しだけ持ち上がっている。
昨日よりも、わずかに。
「変わりますね」
当然といえば当然だが、やはり直接見ると違う。
私はその場に座り込んだ。
しばらく何もせず、ただ庭を見ている。
風が通る。土の匂いが少しだけ濃くなる。
〈……いる〉
「いますよ」
特に意味はない返答だが、なんとなくそう言った。
〈……おそい〉
「はい、来るのが遅かったですね」
責めているわけではないのはわかる。ただの事実としての言葉。
それでも、少しだけ間が空く。
私は手のひらで土を軽く押さえた。
「これから、やります」
宣言するほどのことでもないが、一応。
返事はない。
けれど、完全に途切れることもない。
その程度の距離が、ちょうどよかった。
私は立ち上がる。
まずは、枯れ草を少し片付けることにした。
引き抜こうとすると、抵抗はあまりない。根が浅い。
「疲れてますね」
無理に引き抜かず、周囲の土を軽く崩してから取り除く。
その繰り返し。
単純な作業だが、嫌いではない。
途中、何度か手を止めては、土に触れる。
少しずつ、反応のある場所が増えていく。
〈……みず〉
〈……ここ〉
〈……まだ〉
「順番にやります」
全部を一度に救うことはできない。
だから、少しずつ。
日が高くなるにつれて、庭の匂いが変わっていく。
乾いただけの空気から、わずかに湿り気を含んだものへ。
私は額の汗を拭いながら、井戸へと向かった。
「忙しくなりそうですね」
誰に言うでもなく呟く。
返事はない。
けれど、さっきよりも静かではない。
それだけで、十分だった。
天井が少し傾いていて、見慣れない木目が走っている。
「ああ、ここでしたね」
昨夜のことを思い出して、ゆっくり起き上がる。床は少し冷たいが、嫌な感じではない。
外はもう明るい。
扉を開けると、空気がそのまま流れ込んできた。
「……いいですね」
王都の朝とは違う。誰かに整えられていない、そのままの匂いがする。
軽く伸びをしてから、庭へ向かう。
昨日見たままの景色が広がっている。乾いた土、まばらな草、静かな空間。
ただ――
「少しだけ、違いますね」
足を踏み入れたときの感触が、わずかに柔らかい。
昨日、水を落とした場所だ。
しゃがみ込んで、その土に触れる。
少しだけ湿り気が残っている。
「悪くないです」
指先に意識を落とす。
しばらく待つ。
すると、かすかに――
〈……まだ〉
「ええ、まだですね」
昨日よりも、少しだけはっきりしている。
私は頷いて、水を汲みに井戸へ向かった。
桶を下ろして、ゆっくり引き上げる。水面が揺れて、光がちらつく。
それを庭へ運び、昨日と同じ場所に少しずつ落とす。
一気にはやらない。
「驚かせるとよくないので」
半分くらいで止めて、また触れる。
今度は少し早く返ってきた。
〈……みず〉
「そうです、水です」
少しだけ間を置く。
〈……ほしい〉
私は思わず小さく息を吐いた。
「ちゃんと言いましたね」
はっきりとした意思のある形で、言葉が返ってくる。
それだけで、十分だった。
残りの水を、ほんの少しずつ足していく。
土がゆっくりと受け取る。無理に押し込む感じはない。
〈……しみる〉
〈……ひさしぶり〉
「それはよかったです」
短いやり取りだが、それでいい。
私はそのまま庭の別の場所にも移動する。
乾きが強いところを選んで、同じように水を落とす。
しばらくしてから触れる。
……返事はない。
「こちらは、もう少しかかりますね」
焦る必要はない。
戻って、さっきの場所をもう一度確認する。
葉の先が、ほんの少しだけ持ち上がっている。
昨日よりも、わずかに。
「変わりますね」
当然といえば当然だが、やはり直接見ると違う。
私はその場に座り込んだ。
しばらく何もせず、ただ庭を見ている。
風が通る。土の匂いが少しだけ濃くなる。
〈……いる〉
「いますよ」
特に意味はない返答だが、なんとなくそう言った。
〈……おそい〉
「はい、来るのが遅かったですね」
責めているわけではないのはわかる。ただの事実としての言葉。
それでも、少しだけ間が空く。
私は手のひらで土を軽く押さえた。
「これから、やります」
宣言するほどのことでもないが、一応。
返事はない。
けれど、完全に途切れることもない。
その程度の距離が、ちょうどよかった。
私は立ち上がる。
まずは、枯れ草を少し片付けることにした。
引き抜こうとすると、抵抗はあまりない。根が浅い。
「疲れてますね」
無理に引き抜かず、周囲の土を軽く崩してから取り除く。
その繰り返し。
単純な作業だが、嫌いではない。
途中、何度か手を止めては、土に触れる。
少しずつ、反応のある場所が増えていく。
〈……みず〉
〈……ここ〉
〈……まだ〉
「順番にやります」
全部を一度に救うことはできない。
だから、少しずつ。
日が高くなるにつれて、庭の匂いが変わっていく。
乾いただけの空気から、わずかに湿り気を含んだものへ。
私は額の汗を拭いながら、井戸へと向かった。
「忙しくなりそうですね」
誰に言うでもなく呟く。
返事はない。
けれど、さっきよりも静かではない。
それだけで、十分だった。
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